5話 握るのは石か手か

「ッアアア!!!アアアアアア——!!」

「(こらこら動かないでよ。あともうちょっとの所なんだか……あ、やば)」

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 やっちゃた…。テヘ!


 やあ皆、こんにちは。どうもクズです。


 皆は『汝らのうち、罪なき者まず石をなげうて』という言葉を聞いた事があるかな。あの世界的にも有名な神様の言葉だね。


 罪を罰する資格がお前達にはあるのか、と多分言いたんだと私は思う。実際ところこの解釈で合ってるかは知らん。


 まあつまり、クズが他人の間違いにケチつけて攻撃するなってこと。


 で、私は初めの頃に言った通りクズで、言うなれば罪人だ。そして問題だ。


 


「…っ…にいぃ…ちゃ…ぁ…」


 ああ…!どうすればいいのか!こいつは数多くの人間を拐い、私利私欲の為に貶しす悪の組織のNo.2。どっからどう見ても悪人!


 しかも信頼していた実の兄に腹を刺され蹴り飛ばされた挙句、大好きなママへの恨みを呟かれそれを止めることも出来ず火の海の中で見送るしかないなんて!


 え?なんで密室での出来事をまるで見てたかのように語ってるのかって?そりゃあこっそり屋根裏から見てたからだよ最初から、最後までをね。


「(可哀想に、可哀想に)」

「…ぁって…、いかない…で…」


 まるで子供の様な姿は見るに耐えないね。救いは、悪党クズには神も仏も手を差し伸ばしてくれないのかっ!


「…いぁ……いや…だ…」


 そうだもんね。この世は悲しみで一杯で求めても助けは来ないなんて当たり前として皆が生きてる。でも、だからこそ助け合い、肩を組んで今日も暗い道を進んでいるんだ。


 この男にも肩を組み一緒の道を歩んでくれる人が必要なんだね。うん、でもさっき見捨てられてたね。うーん困った困った。


「(じゃあー私が手を貸すしかないな!)』


 石を投げるのでは無く手を伸ばせと神は言っている、気がする!前から少しずつ練習していたこの泥の身体の『能力』なら必ずこの男は救われるだろう。兄弟の絆を取り戻し、母の意思を守る。大丈夫!私、いや私達なら出来る。ね?だから——


「…こわい、こわいのが、…はいって…!」

「(ふふふふふふふふふっ…)」


 その身体、ちょうだい?







 燃える施設は黒い煙を生み出しあらゆる物を灰にせんと勢いを増していた。無事な地上の階層は既に無く、中の者達の多くは荷物を持ち出し脱している。


 しかし彼等の大移動から外され取り残された者達も居た。待機を命じられた怪我人、そして拘束され避難できずにいる実験体として連れられた人間達である。


 人間の調達は彼等人外には困難であり、その為1人ごとに細心の注意を払い収容されていた。だが、彼等は“変えが効く”と判断され牢の鍵は未だ固く閉まっていた。


 生きる事を諦めた者、死を目の前に泣き叫ぶ者、正気を捨て去り笑い始めた者。彼等は皆、共通しているは1つ『もう助からない』と現実を見定めていること。


 3階層分を使い出来た地下牢、下の階である事が幸いし火の手は遅かったが逃げられなければその時間は無価値であった。


 だが、彼等の中にも死を前に逃げる事を諦めずにいた男が居た。彼が此処に来た経緯は他の人とは違っていた。


 人攫いや奴隷移送時の襲撃、どれもこの森の外で捕まった者が多い。しかし男は自らこの森へと足を踏み入れやって来た。


 ちまたで広がる噂、その真偽の調査。それが彼と彼の仲間達が受けていた依頼である。


 されど結果は失敗と後悔に塗れた現実である。腕に自信のある者たちであっても得体の知れない化け物が連携を取って戦闘を行ってくるので、なす術もなく拘束された。


 既に燃える火は牢のから見えるとこまで接近しており、同じく収容された者達の悲鳴や呪詛がこだましている惨状で男の心は限界を迎えようとし———


「な、なんだ…?」


 上の階層から何やら鉄を打ち付ける音がした。上の階の誰かが半狂乱に鉄格子に体を当ててるのかと思ったが、何やら様子が違う。


 向こう側の牢の人達が上の階にあるを目で追っていた。


 それはとても大きい音を繰り返し鳴らすと何処かへ消え、少しするとまた戻り音を鳴らした。


「まさか!」


 誰か助けに来たのか。そう思い焦る心を落ち着かせる。


 男は自分の番が来るのを近づく音から感じとり、鉄格子の隙間からその者の姿を確認しようと近づく。


「離れろっ!」


 その瞬間、顔の真横を固く閉ざされた扉が吹き飛んでいった。


 振り返ると歪んだ鉄格子の扉が横たわっており、とても人間技ではないことに気づく。


「生きたいのなら手をつかめ」


 煙の中から伸びた筋肉質な男の手は焼き焦げ皮膚がただれていた。しかしその声は力強く語り掛け、男は自然とその手にしがみついていた。


「うおぉ!」


 握り返された拳は男を軽々と牢から引っ張り出し脇に抱え込む。謎の人物と頭を反対方向に抱えられた為顔は見えなかった。しかしそれよりも目立つ物が男には見えていた。


 腰の途中から黒い体毛が生え始めたその姿は身体が半分馬であることを示し、自分達をこの地獄にぶち込んだ張本人であった。


「もう時間がない。加速するぞっ」


 何を企んでいるのか。そう訝しむ思考は浴びる強風により掻き消えた。後ろ向きの為目を開けていられたが、その以上な速さは周囲の景色を引き延ばす程で、風に慣れる頃には男は眩い光に目を瞑っていた。


「え?え?あ…ちょ、うわっ!」


 すると脇挟まった状態から突然草原に投げ飛ばされ、男はぶつけた頭を抱えて悶絶する。


 身長が軽く大人2人分はあるだろう巨漢の脇から落とされれば当然であった。


「此処を真っ直ぐ行くと馬車がある。数は三台。一つは先行の者達が使っている。お前達は2台目に乗り北へ向かえ。そこには小さな村がある。後は好きにしろ」


 半人半獣の巨漢は淡々と同じく広場に投げ出された者達に指示を出すと再び燃える施設へ向かって行く。


「ま、待ってくれ!あんた、あんたは!」


 男は思わず遠ざかる背中に声を掛けてしまう。異形を恐る周りの人達が男を睨み付けるが怯まず続ける。


「なぜ、俺達を助けた?お前達は人を弄んだ。なのに…どうして」


 男の質問に異形は立ち止まらず、煙の中へと入って行く。だが確かに奴は答えた。


 『生きろ』と。


 その言葉にどれ程の意味が込められているのかは分からない。だが彼が助けてくれた事実はこの場の全員が認めていた。


 その後、足の不自由な者に方を貸しながら言われた通り移動し、茂みに隠された馬車を見つけその場を離れた。


 三台目も使い一早く逃げようとする者が居るのではと男は警戒したが、最後までその様な者は現れなかった。

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