最終回 海の向こうからの招待状
7月7日、阿波カートランド。
お昼12時過ぎ。今日開催のレースである四国カートシリーズ第4戦、その予選ヒートが今終了し、選手たちがお昼の休憩に入っていく。
「お疲れ様ー、初めてのレースはどうだった?」
美郷学園レーシンングカート部、部長の御堂元太と副部長の坂本美香が、午前中のオフィシャルの仕事を終えて自陣のピットへ戻り、レース初参加の1年生3人に声をかける。
「あーもう、手も足もガクガクですよ」
「同じくー」
「ワタシはまだ心臓バクバクいってます~」
昨年まで6人いた部員だが、3年のふたりが卒業、2年のふたりはアメリカへ帰国&留学したせいで、残されたふたりで引き継いだカート部。
懸命の新入部員勧誘が実って、男子2人と女子1人の新入生を迎え入れ、無事に部活動としての存続を得ることが出来ていた。
で、5月のレースは上級生2人だけでレースに出たが、この7月のレースは新人3人に出番を譲っていた。ガンちゃんも美香もまだ2年生、まだカート部でいられる時は長いので、ここは後輩たちに経験を積んでもらっているというわけだ。
ちなみに大学生になったOBの黒木流星と坂本星奈もしっかり参加しているし、隣のピットには例によって国分寺高校の斎藤以下、お馴染みの顔ぶれに新入生も加わっている。ここの常連のカートショップチーム、カタツムリやMSBも相変わらず参戦していた。
アメリカに行った二人を除けば、あまり代わり映えのしない面々に加えて、両校の一年生がニューフェイスとして加わっている、という感じだ。
それぞれが昼食のお弁当を広げようとしたその時だった。場内放送でここの社長、大谷氏の声がスピーカーから響き渡る。
――12時30分より、パドック内にて特別ドライバーズミーティングを行います。選手の皆さんはどうか振るってお越しください――
「特別ドラミ? 何それ」
「ふるってお越しください、って、強制じゃないの?」
なにか違和感のあるその告知に、逆に何事かと興味をそそられ、いそいそとお弁当をかっ込んでパドックの売店内に向かう選手たち。
参加選手やクルーたちが、狭いパドック内にすし詰めになって、そのミーティングとやらを待つ。
やがて現れる大谷社長。皆の前に立つと、手にしたリモコンのスイッチを押して、背後にあるTVを点けた。
「お! ちょうど今からだね。はい皆さん注目~」
その言葉に全員が「はぁ?」という顔をする。TVったってチャンネルは国営放送のNHKtだし、たった今お昼のニュースが終わった所じゃないか……この後は世界の報道番組だし、今日のレースに何の関係があるのだろう?
『はーい、こちらリポーターの春柳黒鈴でーっす! 今日はアメリカのカリフォルニアから、地元の高校生たちがなんと自動車レースのコース、つまりサーキットを作ったという話題をお送りしまーす!』
「あ、春柳リポーターだ!」
「え……サーキットを、作った?」
『ご紹介します! アスナ・マグガイア・ハイスクールのサーフィンクラブの皆さんでーっす!』
『「「イェーァーッ!!」」』
「「ぶーーーーーーっ!!!?」」
その画面を見た時、ガンちゃん達をはじめとする常連一同が一斉に噴き出した。10人ほどの学生の輪の中心にいるのが、去年までここでよく見知った二人だったからだ!
ベガ・ステラ・天川と
彼らの周りにいるのはいかにもアメリカらしい、様々な人種のカラーを持った若者たちだ。ベガ同様のアメリカンなタイプはもちろん、飴色の髪をしたヨーロッパ系の美男子や、東南アジアを思わせる人懐っこい笑顔を見せる女性、アフリカンを想像させる黒人男性、北欧系の銀髪を備えた子役モデルさんのような少女もいる。
その輪の真ん中で、ベガとイルカはぴったりと肩を組んで、カメラにピースサインと笑顔を向けていた。
『私が去年12月にリポートしたカートレースに出場していたベガさんと、現在ここに留学中の有田君。このカップル二人が中心になって、ここアスナ・マグガイアのゴルフ場跡地にレーシングカートのコースを作り上げたんです! すっごいですねー』
「えええ、マジかよ!」
「なにやってんの、あの2人……」
『どもー、日本から留学中の有田イルカです。本当はサーフィンや水泳やるつもりで来たんですけど、今年はなんかサメがうようよ沸いてて遊泳禁止になっちゃったんです』
『デ、ワタシが留学中に日本で経験したレーシングカートをやってミヨウというコトになって、このゴルフ場のカートロードをカイゾウしてコースにしちゃいマシタ!』
マイクを向けられたイルカとベガがドヤ顔でそう話す。なんでもベガの日本でのカート話にサーフィンメンバー達も大いに乗り気で、廃れて営業していないゴルフ場のオーナーに相談を持ち掛け、クラウドファンディングを立ち上げて資金を集め、わずか3か月でそこをカート場に作り替えて見せたというのだ。
『なんと全長13kmという、類を見ない長さのカートコースがここ、カリフォルニアに爆誕しました! 新たなモータースポーツの形として、大いに盛り上げていきたいと思います!』
「じゅ、じゅうさんきろ……だと!?」
「なんちゅうロングコース。リタイアしたら戻って来るの大変じゃん!」
「てか、走ってるんじゃなくて作るとか、どんだけー」
この企画が成功した裏にはいくつかの幸運があった。まずここのゴルフコース自体が、池に生息していたワニの噛傷事件のせいで評判を落とし閉鎖された事。
そこのオーナーが経営に余裕のある大金持ちで、廃れたコースを「じゃあ好きにしてみろ」と改装する許可があっさり下りたこと。
それをうまく話題に乗せ、最後はクラファンの大口融資者としてそのオーナー自体を引っ張り込んだことが決定打となった。
資金が出来ればあとはトントン拍子だ。ゴルフのカート用道路をアスファルトで幅増ししてカートコースに仕立て、オフィシャルの待機ポイントを少し整備するだけで、ゴルフ場らしいアップダウンを生かした超ロングサーキットの誕生となったわけである。
レンタル用のカートも数多く購入し、誰でも気軽に訪れてモータースポーツを体験できる場所として、そしてレースの日には本格的な競技の場としての体制を整える事が出来ていた。
ちなみにワニ達はカートのエンジン音がお気に召さなかったらしく、いつの間にかいなくなっていた。
……場内入り口にワニ肉のバーベキュー屋台が出店しているのは無関係らしい。
そして先日ついに完成し、プレオープンの日である今日(正確には昨日の録画)、NHKtが取材に来て、こうして放映しているというわけだ。
『このコースでのファーストレースが、来たる8月3日に開催されます。地元の皆様はもとより全米、全世界からのご参加をお待ちしていますよ~』
『ア、ワタシが留学した日本の美郷学園カート部にも招待状は送りマシタヨ~、ミナサンふるってご参加クダサイナ♪』
「「え、えええええーっ!?」」
ガンちゃんと美香が目を丸くして叫ぶ。同時に大谷社長がバッグから封筒を二枚取り出し、ふたりに向けてぴらぴらと見せる。
「預かってるよ~、往復の航空券と宿泊チケット、あとレース参加のための承諾書ね」
「マ……マジっすか!」
「あああああ、憧れのアメリカ、行く、いきまーすっ!!」
「ちょっと、OB枠はないの?」
「ベガちゃんに色々教えた私にも是非!」
「おい椿山! アンタにアメリカは似合わんから温泉でも行っとけ!!」
「うおぉ俺も俺も、アメリカアメリカアメリカーっ!!」
たちまちのうちに我も我もの大騒ぎである。その様を見て大谷社長がぱんっ! と手を叩いて皆を黙らせ、注目を集める。
「で、ここにあと10枚ほどの招待状があります。本日のレースでのフレッシュマンとオープンクラス決勝の上位5名に、これを商品として進呈したいと思いまーす♪」
「「うおぉぉぉぉぉぉーーっ!!」」
一同が歓喜の雄叫びを上げ、一斉にパドックから飛び出してマシン整備に取り付く。まさかの海外旅行のタダ券ゲットのチャンスに、全員の背中から炎が焚けんばかりに闘志をみなぎらせていた。
そんな一同を眺めながら、大谷社長はクスリと笑って、遥か東の空を見上げてこうつぶやいた。
あの日、金髪をポニーテールにしてふりふり揺らしてここに現れた、織姫の名を持つ少女に想いを馳せて――
「やれやれ……あの日から本当に、楽しませてくれるねぇ。あの娘は」
美郷学園レーシングカート部、金髪の織姫(ベガ)
―完―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます