第52話 紅に染まる世界で

 1on1タイマンバトルは続く。ベガ&椿山と半周遅れでスタートした第2組の星奈は、相手のMSB岩熊を見事に振り切って見せた。岩熊はさっきの逆走レースでキャブニードルをイジリすぎたせいでネジがヘタったのが災いしたようだが、それでも星奈の格上食いの金星に会場は大いに沸いた。


 第3組で出た美香は残念ながら国分寺高校の川奈さんに粘り負けしてしまった。だが元々あまりカートに興味の無かった彼女が最後までデッドヒートを繰り広げたあたり、確かな成長が感じられる。本人もすごく悔しがっていたから猶更だ。


 第5組は黒木部長と国分寺高校の斉藤。部長対決となったこの1戦は、やはりブランクがあった黒木が斉藤に歯が立たずにチギられてしまった。

 半周遅れでスタートした第6組のガンちゃんは、やはり国分寺の本田と対戦。共に無理なブロックをせずに抜きつ抜かれつの接戦の末、ハナ差で勝利をもぎ取って見せた。


 8,9,10組はいずれもチームカタツムリとチームMSBのカートショプ対決。高度な駆け引きや熾烈なデッドヒートがギャラリーを大いに沸かせる。


 それにしてもこのタイマンバトル、大勢で走るレースとはまた違った魅力がある。社長のチョイスで似た実力同士を当てているのもあり、単純に速く走るだけではなく相手の動きを見て対応するテクが求められる。

 お互いの得意なポイントを生かして逃げにかかり、後ろにいる者は前の走りをじっくりと吟味して、どこで仕掛けるかを模索してアタックしていく。


 それを見ているギャラリーもまた、どこでオーバーテイクが見られるのかとワクワクしながらバトルを目で追う。あちこちに注意を広げなくていいだけに、見ている方もより集中ができ、知らない者達のバトルでも予想や応援に力が入っていた。


 が、欠点もある。なにせ2組4名ずつの10周レースだけに時間がかかるのだ。既に日は西に傾き、空がうっすらと茜色に染まり始めた時、ようやく10組目のバトルがフィニッシュを迎えた。


 そして暮れなずむサーキットにて、最終11レースを戦う2名がコースに並び立つ。


 ――ベガ・ステラ・天川  VS  有田 依瑠夏あらた いるか――


 このイベントレースの主役と発起人、そしてお互い想い慕い合う、織姫と彦星。


『さぁ、いよいよラストレースです! 二人とも、熱いバトルを期待しますよ!!』

「マーカセテ!」

「もちろん!」

 社長のアナウンスに応えて拳をぎゅっ、と握って答える二人。そしてお互い向かい合ってコツン、と拳を合わせた時、その背景の西の空は鮮やかな夕焼けに染まっていた。


「うわー、まさに黄昏の対決ってカンジ」

「これは絵になるな。紅に染まる世界で織姫と彦星の競争、か」

 選手や観客たちがスマホやビデオカメラを構える。これで見納めになるベガちゃんの最後の雄姿と、そのお相手をするイルカの戦いに相応しい舞台を、まるで春の夕暮れがプレゼンテーションしたかのようだ。


『では、カウントダウンいきまーっす。5・4・3……』

 大谷社長が日の丸スタートフラッグを掲げ、二人の間に立ってカウントを始める。インにはベガ、アウトにはイルカが並び、共に左手でハンドルを、右手でリアバンパーを握りしめ、押し掛けの体勢に入る。


 まるで徒競走の、クラウチングスタートのように!


(手加減シマセンヨ、スタートで先を取ってイッキに引き離しマス!)

(悪いなベガ……1コーナーは絶対に取る!)

 二人とも狙いは同じだ。ベガはどちらかというとイルカ限定では追いかけられる方がエクスタシーを感じる。愛しの君が死力を尽くして自分に迫って来るシチュエーションをこそを望んでいるのだ。

 一方のイルカは、先程のベガと椿山のレースで彼女がまた一つレベルアップした事を見抜いていた。恐らくラップタイムではベガに敵わない、ならば何としても先手を取って、抑え込むレースをやらない限り勝ち目は無いと踏んでいた。


『2・1……スタートッ!』


 旗が振られるのと同時、両者はリアを持ち上げて勢いよく前に向けて走り出し、降ろしたリアタイヤの回転を介してエンジンが呼吸を始めた瞬間に、二人全く同時にひらりとマシンに飛び乗る。

 ちょうどボブスレーのスタートを思わせるそのアクションから一歩先んじたのは……。


「もらったぜ!」

「イルカ!? なんであんな早く?」

 前に出たのはイルカだ。ベガのマシンがまだバタバタバタ……と呼吸を始めた時点で、彼のエンジンはバララララーンと回転数を上げ、飛び乗った直後には完全に前に出ていたのだ!


「そうきたか、イルカ君」

 黒木コーチが腕組みしたまま、(やるな)という表情で感心の声を上げる。

「え……今、何をしたんですか?」

 吉野先生や生徒たちが、イルカのロケットスタートの謎を知りたくてコーチに注目する。

「アクセルワイヤーを引っ張って、踏んでない状態でも少しコックを開けてたんだよ……押し掛けでヨーイドンするレースなら確かに有効だ!」


「「なっ!?」」

 黒木部長が、星奈が、そしてエンジンに詳しいガンちゃんが驚きの声を発する。

 つまりイルカはアクセルを踏んでいない状態で、少しだけアクセルを開いた状態になるようにしていたのだ。この状態なら確かに押し掛けでエンジンが回り始めた瞬間、飛び乗らなくてもアクセルを煽った状態に出来る。


 というかもし飛び乗り損ねたら、そのままマシンに置いて行かれることすらあるのだ。


「なんてこと……それって危険じゃないんですか?」

「確かに。走ってる間中、完全にアクセルがオフにはならないって事だからな……!」

 ガンちゃんの疑問に部長が答える。カーレースというのは直線番長じゃあ話にもならない。よく加速し、良く曲がり、そしてよくというのが必勝法と言ってもいい。

 だが今のイルカのマシンは、例えアクセルをオフにしてフルブレーキングをしても全ての作動が車を止める方向には向かわない。勝手に開いているアクセルと踏んだブレーキが、進むぞ止めるぞのケンカをしながらコーナーへと突っ込んでいく事になってしまっているからなのだ。


 『止まる』という要素を犠牲にしてまで、押し掛けで前に出る事にこだわったイルカが、まずは先手を取って見せる。


「よし、このまま押さえ切るっ!」

「こーのイケズー! ゼッタイ追い抜いてミセマスッ!!」


 紅に染まる世界の中、二人の最後の勝負が、織姫と彦星の逢瀬が始まった。


 一番星となって輝くのは、果たしてどちらか――

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