第51話 1ON 1
『えー、それではいよいよ、最終レースのルール発表を行います』
昼休みも終わり、大谷社長からいよいよ本日の最後のレースのルールが発表される。またイロモノルールなのか、それとも今度こそ真っ当なレースになるのかと、参加者たちが息を飲んで発表を待つ。
『最後は
その発表に会場がざわつく。大勢で走るのではなく、一対一のマッチレースを行うと言うのか?
『こちらの判断で、出来るだけ実力の似た組み合わせを決め、各人10周のタイマンバトルを行ってもらいます』
詳しい説明が社長からなされる。二人一組でコースに出て、一周だけの助走ラップからのスタートで、10周走って勝敗を決めようというシンプルなルールだ。
ただ、その一組だけでレースをすると、全員が終わるまでに都合100周以上もかかるので、コースの半分まで行った所で次の組もスタートするそうだ。
『ちなみに21人ですので、ひとりだけ2回走ってもらう事になります。本日の主役、ベガ・ステラ・天川さんには最初と最後に出てもらいますよ~』
「Oh! ラッキーデス。でもイインデスカ?」
驚くベガの周囲から、いいよいいよと拍手が沸く。今日のイベントは間もなく日本を去るベガの為に企画された突貫レースだ。なら彼女が最後を走るのはある意味当然と言えるだろう。
『もちろん最後は今日の発起人、
その言葉にベガの、そしてイルカの背中にぞくっ、とした何かが走った。あの日同着ゴールした二人の続きを今日、無条件でつけられるというのだから、否応なしにアドレナリンが湧き上がって来る!
「よっし、やるかベガ!」
「この勝負を待ち望んでマシタ!」
闘志あふれる笑顔で向かい合ってそう言葉を交わす二人。ベガもイルカも、この相手と一緒に走るのは何よりも楽しく、そして求め合う物でもあった。
ただレースという混戦ではそうそうタイマンが出来るはずもない。その枷を取ってふたりだけのレースが出来るというのだから、まさに願ったり叶ったりなルールだ。
『で、ベガちゃん。最初の相手は誰にしますか?』
最後がイルカなら、彼女はもう一人、最初にタイマンを張る相手がいるわけだ。その相手を彼女自身が指定していいらしい。
ウーン、と腕を組んで思案するベガ。その周囲では「自分が選ばれないかな」と期待を寄せて彼女に注目する。この一年でサーキットの華となったベガに指名されないかとのワクワクを込めて。
「じゃあ、カタツムリの椿山サン、お願いシマス!」
ベガの指名と共に周囲からは「ええ~」と不満げなため息が出る。なんであんなオッサンと走りたいんだよ、と。
「お、嬉しいねぇ。ご指名ありがとう!」
ベガの前に出た椿山が周囲にドヤ顔を振り撒きながら握手の手を出す。それを握り返しながらベガは、燃えるような目で相手を見据えてこう返した。
「手加減ナシでお願いシマスッ!」
レースを始めてからベガは、この椿山選手と何度かの縁があった。時にはシップを貼ってあげ、レースでは背後について走りを学び、そのペースに付いて行ったお陰で何度もポジションアップをさせて貰った。
そして何よりベガの知る限り、今日ここに居るレーサーの中でも1,2を争う実力者。その彼に挑むベガの負けん気が、握手の時の表情や言葉からも十分に読み取れた。
「分かった。最後だし、手加減無用でぶっちぎってあげよう」
「その言葉、そのままお返しシマス!!」
◇ ◇ ◇
「それでは第一組、スタート!」
日の丸が振られ、ベガと椿山のマシンが押し掛けからコースインしていく。ルールとして先にエンジンを始動してインを取った方が、そのままインからスタートできる方式だ。
「マズはハナを貰いましたヨ!」
軽量なベガは中年太りの椿山より始動時のエンジン負荷が少ない、先に1コーナーに取り付いたベガが実質上のポールポジションを得た事になる。
そのまま1周、タイヤを丁寧に温めながらローリングラップをこなし、ついに最終コーナーから並走したまま、勢いよく飛び出してくる2台!
ッカアァァァァーン!
軽快なエキゾーストを響かせた2台が、コントロールラインを突き抜けていく。そのままインから1コーナーをクリアしたベガがまずレースリーダーとなった。
が、椿山得意の3コーナーで例の体重ドリフトで距離を詰めると、そのままベガの背後に付けて、5コーナーの突っ込みであっさりとインを取って前に出て見せた。
「サスガ! でもここからデスヨ!」
2周目の1コーナー。ベガはスリップストリームから得意のブレーキングドリフトでインを取り抜きにかかる。が、椿山はアウトからスムーズに大回りのラインを取り、そのまま切り返しの左カーブであっさりと前に出て、オーバーテイクを許さない。
「上手いなぁ……あれで前に出られないのか」
「ラインを潰された時の対応が完璧だな」
ピットから見ている面々が、そのいぶし銀の走りに思わず称賛の声をこぼす。単にベストラインを走ってのタイムだけじゃなく、バトルの最中で理想のラインが取れなくなった時の対応、修正能力が、学生たちとは段違いに上手いのだ。
4周目、5周目と、じりじり引き離されていくベガ。それでも懸命に体を揺さぶり、スリップに入って体を縮め、その姿を視界から逃すまいと懸命の追撃を続ける。
「行けー、がんばれーっ!」
「負けるなベガー」
「もっと前に、もっと速くっ!」
観客席からクラスメイト達の、白雲夫妻の声が響く。明らかに格上なレーサーに対して懸命に抵抗を続ける彼女の姿に感化された彼らが、じわっとした感動を覚えながら声を張り上げる。
(ミンナ……サンキュッ!)
そんな声援をも闘志に変え、前を行く椿山の走りを懸命にトレースしていく。その甲斐あって6周目以降は差を広げられる事無く、10mほどのビハインドをキープする事が出来ていた。
(ついてきてるな……いいねレースクィーンちゃん)
椿山が後ろのベガとの距離を確認してそうこぼす。対戦相手に指定された時は意外な気がしていたが、こうして走っていると彼女の意図が見えてくる。
(最後の彼氏との走りに備えて、学べる事を学ぶつもりだね)
そう。ベガの狙いはまさにそこにあった。最後にあるイルカとの対決に悔いを残さないように、この場で1,2の実力者の走りを少しでも盗もうと彼を指定したのだ。
特に彼得意の3コーナーの体重をかけたドリフトテクニック。イルカたち男子は何とか取得しているが、女子の彼女には体重が足りなくて出来ないでいたワザをどうにかモノにしたくて、ベガはその姿勢やハンドルさばき、タイミングをかろうじて視界に収め続ける。
9周目、ベガは1コーナーの飛び込みでベストといえるドリフトを決めて見せ、椿山との差を少しだけ近づけて見せた。
(サァ、最後デス。しっかりと見せてもらいマスヨ!)
ギュイン、キュワアァァァーッ!
椿山がアウトに体重をかけ、一気にマシンの姿勢を変えて、狭い縁石のスキマを見事に抜けていく。
それを見たベガがその目を輝かせて思わず叫ぶ。
「エクセレーントッ! オール・アンダスタンッ!」
「あー、ここまで、か」
「離されたなぁ……1コーナーで詰め寄ったから、ここで食い付けばラストのスリップでチャンスもあったかも」
ピットにて、美郷学園の面々もさすがに勝負あったかと嘆く。残り1周と少しの時点でこのビハインドはさすがに取り返しようが無いであろう、と。
が、ただ一人。イルカだけは戦慄を感じていた。あのベガが今日トップの椿山を指定したその意味を、最後に一緒に走るイルカだけはよく理解していたのだ。あのベガという女の子の性格を考えたなら!
ファイナルラップ。ベガは1コーナーでドリフトを決め、最高の状態をキープしたまま2コーナーを抜け、最大の目標であり目的でもある3コーナーへと突っ込んでいく!
「ココッ!」
ステアリングを切り込むと同時、彼女の腰とお尻がシートを強烈にアウトに引っ叩く。それと同時にフルカウンターを当て、コーナー入り口の縁石を真正面に捕らえる!
ズギャッ、という短いスキール音と共に瞬時に横を向くホタル号。その目の前には、左右の縁石の真ん中に走る一本の走行ラインがまさに門を開けて、フルスロットルを待っていた!
「GOッ!!!」
シュッパアァァァーン、という空気を切り裂く音と共に、切り立った縁石をかすめていくベガのホタル号。
あの日に無謀な挑戦をしてクラッシュしたそのテクを、彼女は今度こそ、ついにモノにして見せたのだ。
(やりゃあがった……今の、俺に、勝てるか?)
イルカが腕組みしたまま、ベガの走りを見て冷や汗を流す。手にしたストップウォッチを構え、最終コーナーを抜けてくるホタル号に狙いを定める……。
カアァァァーン!
コントロールラインの通過に合わせてカチリと時計を止めるイルカ。周りの皆が「負けたかー」と嘆く中、イルカは今しがた測定したベガのファイナルラップタイムを目にして、ごくりと唾を飲み込む。
32秒89。オープンクラスでも滅多に出ない32秒台突入に、彼は最後の勝負に想いを馳せるのであった。
さて、どうしてくれようか――
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