第50話 美郷学園vs国分寺高校

逆走コース解説


https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16818093087631155482


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 11周目のコントロールラインを今、8位以下のカートが連なって通過していく。その全員がなんと美郷学園と国分寺高校の生徒たちだ。

 上位の7名はすでに2コーナーへと差し掛かっており、彼ら社会人グループと学生グループで完全に別のレースをやっている印象すらある。逆走コースの性質上、キャブレター調整が出来る者と出来ない者では、実質マシン性能からして違い過ぎていたからだ。


 だが、その差が残り5周で図らずも、ライバル校同士の総力戦を展開する事になった。


 現在の8位以下の順位は以下の通り。

・渡辺一真(国分寺高校1年)

・黒木流星(美郷学園部長、3年)

・坂本美香(美郷学園1年)

・斉藤勇真(国分寺高校部長、2年)

・御堂元太(美郷学園1年)

・坂本星奈(美郷学園3年)

・川奈優子(国分寺高校1年)

・宮本美月(国分寺高校2年)

・羽田誠 (国分寺高校2年)

有田 依瑠夏あらた いるか(美郷学園2年)

・ベガ・ステラ・天川(美郷学園2年)

・本田秀樹(国分寺高校1年)

・荒巻ヒビキ(国分寺高校2年)

・陽川陽介(国分寺高校1年)


「サァサァサァ、楽しくなってキマシターッ!」

 この一年間で何度も張り合って来たライバル校と、今日初めてフルメンバーが同じレースに出そろった美郷学園の全員でのガチレースに、ベガのテンションはダダ上がりだ。

 それは他の学生たちも同じで、県内に僅か2校残ったカート部の全員バトルともなれば、その中で自分がどれほどのランクにいるのかを嫌でも意識する。


 ベガとイルカは前の1周、2コーナーの飛び込みで張り合い過ぎた結果、・宮本と羽田の二人にスルスルと先行を許してしまっていた。今まで自分が椿山たちの後に続いて順位を上げていた戦法を、逆に二人に使われてしまったのだ。

 おかげで下位まで落ちたベガだが、この壮観な学生密集状態を見てハイにならない彼女ではない。意を決して1コーナーに飛び込み、再び前を走るイルカのインに飛び込む!


 が、その数メートル前で斉藤とガンちゃんが接触、斉藤は何とか止まらずに復帰できたが、コースアウトしたガンちゃんは最下位まで落ちてしまった。そのあおりを食って多くのマシンが右に左にロスのある走りを強いられる。そこを……。

「ハイハイハイハイ、貰ったデスヨーッ!」

 まさに他車の間を縫うように、ベガのホタル号が金色の航跡を描いてすり抜けていく。

 勇敢と無謀は常に紙一重だが、そこに飛び込む度胸ハートがなければ、そもそもその領域に進めもしないのだ。この混乱はベガにとって、まさにうってつけの舞台とも言えた。

 一気に星奈、美香の姉妹まで追いついたベガ。その後ろにはベガをずっとマークしてきた本田、イルカ、そして復帰して来た斉藤が続いている。


 例によって料金所のような5コーナーで1列に整えられた面々が、最終コーナーからのストレートに向けて加速を続け、高音を響かせてコントロールラインを踏み越えていく!


 12周目に突入。ここでも上位から下位まで各マシンが高速の1コーナーから2コーナーにかけて入り乱れるように左右に飛んで、オーバーテイクとブロックの応酬を演じる。

 さすがに初めて走るコースであっても、ここまで走ればここが唯一の抜き所である事は誰もが知っていた。逆に後ろから来るマシンをここで押さえれば大きく引き離す事が出来る事も周知の事実、つまり決定的な勝負所なのだ。


 ベガの前を走る星奈が美香のインに入り、インとアウトを塞いで2コーナーに入っていく。

「フタリまとめて、イッタダキマーッス!」

 そのさらにイン、半ばダートに片輪を突っ込ませながら飛び込んで行くベガ。前の2台のさらに前には、ややペースの遅い渡辺が黒木を押さえていたため、どん詰まりになると見越して強引なアタックを仕掛けたのだ。


「ちょ、ベガちゃん無茶しすぎ!?」

「ベガパイセンっ!」

 星奈と美香をアウトに押し出すように2コーナーをクリアしていくベガ。そしてそれに便乗して本田、斉藤、イルカまでが連なって2台を次々とパスしていく。


(なるほどね、こりゃイイや)

 ほくそ笑んだのはベガの背後に付けている国分寺の本田だ。混戦でアタックするのはどうしても危険が伴う、ならば突撃型の選手の背後に付けていれば、無理をしなくても彼女が道を開いてくれるのだ。万一彼女がミスったら、自分がそのスキをつけばいいだけの事だ。


 学生グループのトップにいた渡辺は、毎周のように黒木の猛追に脅かされていた。実力では格上の相手とはいえ、ライバル校のエースと張り合えるとなれば彼も引く気はない、このまま国分寺高校のトップを切ってのフィニッシュがどうしても欲しかった。


 各人の思惑を乗せたまま、13周目、14周目と過ぎていく。例によって各車が2コーナーで順位を細かく入れ代えながら、ついにファイナルラップを迎える。

 ベガはこの時点で渡辺、黒木、に続く学生組3位、総合10位のポジションにいた。その背後には本田がつけ、イルカと斉藤もそのすぐ後ろにいるはずだ。


 が、1コーナーで彼女のインに飛び込んできたのは、あまりにも意外な人物だった。

「エ、ガンちゃんッ!?」

 なんと11周目で最下位にまで落ちたはずのガンちゃんが、本田ごとベガを躱してぶっちぎって行く。今までとのあまりのスピードレンジの違いに思わず目を丸くするベガ。


 彼はそのまま2コーナーで黒木のインに飛び込んで抜くと、続く3コーナーで渡辺のアウトから並びかけ、直角の4コーナーまでで前に出て見せた。

 そしてその様を見ていたベガも、他の抜かれた選手たちも、彼のその豹変ぶりの秘密に気付いていた。

「キャブ調整、モノにしたのか!」

「おいおいおい、あのカート借り物だぞ、壊すなよ~」

「Oh! ガンちゃんヤリマスネー!」


 そう、上位の選手がやっているコーナーごとのキャブレター燃調調整を、彼もまたぶっつけ本番でモノにしていたのだ。11周目でスピンして最下位に落ちた事が彼を開き直らせていた。

 元々機械いじりが好きな彼はエンジンもよく分解整備しており、キャブのイジリ方も理論、構造的には心得ていた。そして今日、大人たちの格好のお手本を目にして、最下位に落ちたのを機にやって見る事にしたが、それがドンピシャハマった形になった。


 結局、順位はそのままで全員がチェッカーを受けた。学生組は美郷学園のガンちゃんがトップ、国分寺高校の渡辺が2位だ。これからの両校を背負う1年生がワン・ツーを決めて見せたのだった。


  ◇        ◇        ◇


 レース後の昼休み。全員がピットに戻り、両校交えてのレースの感想を話し合っていた。

「レースって奥が深いねー」

「ウチでもキャブ操作、解禁しようかな」

「ゼンッゼン違いマシタネ、ガンちゃんスゴイデス!」

「ほんっと、違うマシンみたいでしたね」


 セッティングひとつでマシンはガラリと変わる、そんな当たり前のことをまざまざと見せてくれたこの逆走レース。それはお互いのカート部に新たな課題を提案してくれる経験となったのであった。


 来年へ、将来へ向けて、若者はまたひとつ殻を破って行く。

 そんな進歩のひとつひとつが、ここでも、そして世界のどこかでも起こっている。


 そしてそれは、やがてモータースポーツの未来へと続いていく――

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