第49話 追撃のハイペースメーカー

 4コーナーでコースアウトを喫したベガ・ステラ・天川の横を今、最下位のマシン二台が抜き去っていく。

(ありゃりゃ、今日の主役娘ちゃん止まっちゃってるよ)

「おいおい小笹の奴、容赦ねーなぁ」

 その2台、MSBの岩熊とカタツムリの椿山のオジサンコンビは、一気に最下位に落ちてしまった彼女を見て思わず息を漏らす。


 彼らは本来今日の参加者の中でも実力はトップクラスなのだが、1stファーストレースのマラソンで体力を使い果たしてビリになってしまったのもあって、もう今日は単なるお祭りレースとして残りをゆるゆる楽しむつもりでいたのだ。


 が、本日の主役のはずの金髪娘ちゃんが自分たちの後ろの最下位に落ちたせいで、失ったやる気にちょっと火が付くのを感じていた。

「ッと、やっぱここは混むか」

 続く5コーナーの入り口は大渋滞と化しており、多くのカートがペースダウンを強いられている。順走だと最難関の3コーナーになるここは、逆走だと左右に切り立ったシケインに真っすぐ飛び込めるためにそう難しいコーナーではない。反面、進入ラインが一本しか無いので、並走して飛び込むのが不可能になっている。なので事故を避ける為にやむを得ず引くマシンが多く出て、まるで高速道路の料金所のような渋滞になってしまっているのだ。


 そしてそれはスピン&ストップしたベガにとっては幸いだった。本来なら半周近く差を付けられてもおかしくない状況で、なんとか再スタート後に椿山の後ろに追いつくことが出来ていた。


「お! 来たなレースクィーンのお嬢ちゃん。じゃあ特別に見本を見せてあげますか」

「道を作ってあげるから、しっかりついてきなよ!」

 オッサン二人が後ろに付けた女の子にええ恰好をしようと、萎えた闘志に火をつける。最終コーナーを抜け、前を行く国分寺高校1年の本田のテールに迫って行く。


「ナッ……あっという間にハナサレテイク!?」

 椿山の後ろに追いついていたベガだが、直線に入った瞬間にみるみる彼のテールが遠くなっていく。この直線は下りなので嫌でも速度が乗る為、同じエンジンを積んだカートでそう差が出るはずはないのだが……。


 ストレートエンドで岩熊が本田のアウトに並びかけ、1コーナーの奥へと飛び込んで行く。本田が出口のクリッピングポイントをタイトに掠めてアウトに膨れたのに対し、岩熊は回りしろを大きく取って、クロスラインを描きながら本田のインを取る、その背後には椿山もピタリと張り付いていた。


「はい、まず1台」

 抜きどころである2コーナーで絵に描いたように綺麗なオーバーテイクを披露する岩熊。そしてそれに続いて椿山もインに割り込み、まるで連結している電車のように縦に連なって本田を置き去りにしていく。


「ワタシもーッ!」

 その椿山のケツに噛みつくように飛び込んで来たベガも、2コーナーの出口で辛うじて本田に並びかける。並走したまま3コーナーに下って行き、なんとかハナを押さえたベガが本田の前に競り出てみせた。


「うっわ、一気に三台に抜かれるってどんだけー」

 抜かれた本田が嘆くがそれも無理のない事、2コーナーでインに割り込まれ、外から外へのコーナリングを強いられた彼は、どうしてもエンジンの回転を落とさざるを得なくなっていたのだ。

 したたかに続いた椿山や、少し離れていた事で車速を落とさずに追いついてきたベガとは速度差があり過ぎた、というわけだ。


 岩熊と椿山は登りのコーナーでもベガをぐんぐん引き離しながら、そのまま前のカートに呆気なく追いついた。さすがにコーナーでの抜き所は無く、ストレートに入るまでにベガもそれに追いつくことが出来た。


 そして直線に入る。またも異常な加速でベガを引き離し、前を行くカートに襲いかかって行く。

「ア! ソッカ。キャブレター!!」

 ベガはここに来て彼らの速さの秘密に気付いた。二人ともエンジン際のキャブレターのニードルを調整していて、それがより速い速度を与えていたのだ。その経験のないベガや下位のマシンたちとの差は、まさにそこにあった。


 そして1周目と全く同じパターンで、あっさりと前の車をパスしていく2人。ベガもまたさっきのトレースのように、もたつく前の車をパスしていく。

 

「今度はキャブレターを逆にイジっているんデスネ!」

 登り区間を追いかける時も、前の二人はエンジンに右手を持って行き、そこからぐんぐん坂を登って行く。やがて前の車に詰まるとストレートが来るまで待って、そこからまたキャブをいじって伸びをつけ、同じようなパターンで下位の車を呆気なく抜き去って行く。


 直線の下りでエンジンが高回転になりすぎると速度が頭打ちになり、最悪エンジンブローもありうる。なのでその際は燃料を濃くしてエンジンの回転に燃焼を追いつかせる事で、よりぶん回す事が出来る。

 逆に登りでエンジンが息継ぎしている時は、燃料が濃いとカブってしまいパワーが出ない。こういう時は燃料を薄くしてやるとより力強さが増すのだ。


 この阿波カートランド、普段は直線が登りでコーナーが下りだ。なのでどちらも燃調固定でごまかしが効くのだが、こと逆走になると事情は一変する。燃料の濃い薄いを調整できるかどうかで、まさに雲泥の差が出てしまうコースへと変貌してしまうのだ。


 こうして毎周1台ずつオーバーテイクしていく二人。ベガも懸命に食らいつき、どうにかこうにか離されずに付いて行く。

 そして……その後ろでも面白い現象が起きていた。抜かれた面々がこぞって綺麗に一列に並んで、まるで一本の蛇のように連なっている。抜かれた彼らも岩熊や椿山、そしてベガのラインをトレースしていき、引き離される事無く追いかけ続けていたのだ。

 まるで岩熊と椿山が講師の、レース講習会でもやっているかのように。


 そして10周目までで美郷学園のイルカ、黒木、国分寺高校の斉藤、果ては美香と星奈、ガンちゃんまでもが二人の餌食になっていた。ここまで来るとさすがにベガも彼らに習ってのオーバーテイクは出来ず、イルカの背後に付けて混戦に身を置かざるを得なかった。


 ここしか知らない美郷学園カート部や、ここと香川県のコースしか知らない国分寺高校カート部では、やはり各地のコースを経験し、燃調の調整を心得たショップ所属の連中には及ばない、ガンちゃんが抜かれた時点で下位グループは完全に両校の部員で占められる事になった。


 かくして残り五周、図らずも美郷学園vs国分寺高校の、カート部総力戦対決が繰り広げられる事となるのであった――

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