第46話 いつの時代も……

 ※舞台となる『阿波カートランド』のコースレイアウトです

https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16818093082430820972


―――――――――――――――――――――――――

 レースは15周目に突入。上位四人が一本の線となり、ホームストレートを通過していく。


「く……こりゃ抜きにくいわね、美香ったら!」

 3位の星奈が2位の妹に食らいつきながら毒づく。美香は抜きどころである1コーナーや5コーナーへの突っ込み速度が速いため、オーバーテイクがどうしても難しくなっている。

 ならばとこちらの方が速い場所で決定的な体制を作ろうとしても、そこは逆にトップのガンちゃんが得意なコーナーの先で、少し距離を開けられた美香がより大胆に前に詰め寄れる場所になっていた。


 もし二人の走りが同じような性質なら、よりハイペースな星奈やベガが一台ずつパスしていくのも可能だろう。が、ここぞという時には前の二台がほぼ並走になり道を塞ぐか、あるいは思い切りのいい美香のブレーキングで並びかけることをさせてくれない。

 図らずも一年コンビによるチームプレイのごとくの走りが、3位以下を見事に抑え込んでいる状態なのだ。


 さて、どうしよう、と星奈が息をのんで1コーナーのブレーキングに入った時、そのインに金色のマシンが割り込んできた!

「セナ、モラッタヨッ!」

「うわ、ここで来る?」


 前の二人の様子見に入っていた星奈の一瞬のスキをついてインを奪い、前に競り出るベガ。

「いいわ、貴方があの2台をどうかわすか、見せてもらうわよ!」

「サァ、あとは1年の二人ダケデス、イザ尋常に勝負ッ!」


「お姉ちゃんの次はベガパイセン? ホントにもう、うちの部の女子は後輩にキビシーんだから!」

 美香は追撃して来るのが姉からベガに変わったのを確認して気合を入れなおす。この一年で初心者からあっさりと自分を追い抜いた留学生ベガに対して、せめて一矢を報わんとの思いでアクセルを踏み抜いていく!

(勝つのは私か、ガンちゃんのどっちか……いつまでも脇役はゴメンなの!)


 難所の3コーナー。トップのガンちゃんはイルカ直伝の体重掛けドリフトで美香を突き放す。前にスキマが出来た美香、ベガ、星奈の3人は、そこから一本の蛇竜となってベストラインをトレースしていく。そして……。


「ココで勝負デス!!」

 抜きどころの5コーナーでインを突き、美香とのブレーキング勝負に出るベガ。目前に迫るループコーナーの奥の奥までブレーキングを我慢し、前に出るためのチキンレースで競り合う二人。


 ギャッギャギャアァァーッ!


 スキール音と白煙を上げてコーナーに突っ込む。両者ともクリッピングポイントを通り過ぎ、アウトに膨れながらも並走してハンドルを切る!

「くっ、パイセンそこまで粘りますか!」

「ここで二人を分断シマス!」

 並走してコーナーに入った以上、前を取るのは当然インにいたベガだった。が、明らかに遅すぎるブレーキングだった為に、必要以上の減速を迫られてよろよろとコーナーを立ち上がる羽目になる。


「おっ先ー♪」

 当然そのスキを星奈が見逃すはずもない。アウトに膨れた二人のインを悠々と差して、あっさりと2位に浮上する。



「性格の違いが表れてますねー」

 吉野先生が一連の流れを見て黒木コーチに漏らす。自分で無理をせずにベガに攻めさせて、その結果生まれた隙を逃さずにモノにする星奈の冷静クレバーな走りと、あくまで自分で困難にトライし、例え自分が不利になるような無茶をしてでも状況を打破しにかかったベガのエキサイティングな走りはまさに対照的だった。


「こうなるとガンちゃんは辛いな、今までは美香ちゃんがいい壁になってくれていたが、それが無くなったとなると……」

 黒木コーチの予言通り、16周目のストレートでガンちゃんのスリップストリームに入った星奈は、お手本のようなオーバーテイクで彼をパスして、ついにトップに踊り出て見せた。


「さぁ、あとは逃げるだけよ!」

 2コーナーに向かう左カーブで得意のタイヤ浮かせを披露しながら後続をチギリにかかる星奈。

「くっそおぉーっ! さすが先輩、速い!」

 抜かれたガンちゃんもまだまだ諦めない。唯一の得意コーナーである3コーナーで体重ドリフトを決めて差を詰め、続く直角の4コーナーの出口でインに入る。

 星奈はペースで言えばガンちゃんより速い。ここを彼女を逃がせばもう彼にトップの望みはない、勝つための最後の勝負に意を決して5コーナーのブレーキングに向かう!


「勝負っ!!」

「やっぱここで来たわね、押さえて私が勝つ!」

 インに鼻先をねじ込んだガンちゃんのマシンに、覆いかぶさるようにしてかぶせ込み、出口を封じにかかる星奈。サイドカウルが接触してゴンゴンと音を立てながら、ひとつのカタマリとなってクリッピングポイントを舐めるように抜けていき……。


 ビイィィィィーン


 インで競り合う二人の外側を、ベガのホタル号が包むようなラインで外から躱しにかかる。

「ベガ先輩、アウトから!?」

「こっちがインに詰まってる隙に、片輪浮かせで外からっ!」

「イイェアァァァァーッ! 貰いマシタヨ!」


 ベガには星奈と違って様子見するという思考がまずない。デッドヒートが大好きでそこに身を置くことにエクスタシーすら感じる彼女は、前の二台が張り合っているならそこに積極的に飛び込んでいくタイプだ。1周前はその気質が災いして星奈にパスされたが、今回はそれが功を奏して一気に並びかける!


「ベガちゃんが……出る!」

 黒木コーチの予想通り、3人の中で一番外を大きく回ったベガが、エンジンの回転数を一番落とさなくてすんでいた。5コーナーから6コーナーへの上り坂で一番トルクを稼いでいる彼女が、インで窮屈な二人の前に出るのは当然の結果だ。


 17周目のメインストレートを、ホタル号が爆音を響かせて通過していく。その背後には星奈の深紅のマシンがぴったりと続き、少し遅れてガンちゃんと美香のカートが懸命に追いかけていく。


「さぁ、勝負よベガ!」

「ドンドン来るがいいデス」


  ◇        ◇        ◇


「あの金髪娘がトップに立ったか!」

「「行け! 行け! ベガちゃーん!」」

「よっしゃあぁー! そのまま逃げ切れっ!」


 観客席でラーメン有田の常連が、ベガのクラスメイトが、そして白雲和尚が色めき立つ。今日は彼女の最後のお披露目ともいえるレースだ。そこでしっかりとトップに立って見せるその姿に、彼女を知る者たちは誰もがエキサイトして声援を送っていた。



 そんな光景を眺めながら、大会主催者でありここの社長でもある大谷は、手を腰に当ててふぅ、と息を付き、ふたりの少女レーサーの魅力に思いを馳せる。


「レースの奥深さを知らしめる星奈ちゃんと、会場を沸かせる資質のベガちゃん、か」


 一年前、ここで出会った二人の少女。

 かたや真面目かつ堅実な走りや理論構築を得意とし、それが思わず口から洩れるほどの理論派レーサー、坂本星奈。

 一方、ここに迷い込んでカートと出会い、意気揚々と挑んで散々振り回された挙句に「面白いデス」なんて意地を張れた、遠い国からやって来た美女、ベガ・ステラ・天川。


 一年の時を経て、二人はついに競い合う間柄ライバルになっていた。



 様々な個性が寄り集まるレースの世界。その歴史を振り返ってみれば、いつの時代も必ずこういう真逆のタイプのレーサーが並び立っているものだ。


 天才とプロフェッサー、荒獅子と戦略家、ファイターとテクニシャン。


 そんな対比を今日もここで、こんな草レースでも見せてくれる、だからレースは面白いんだ。



 誰にでも挑みかかるタイガー・ベガと、冷静にスキを狙うハンター・星奈。


 この美しく若い二人の少女。先に栄光のチェッカーを受けるのは、果たしてどちらか――

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