第45話 ガンちゃんと美香、頑張る!
マラソンスタートの後の一周目を終え、トップグループがホームストレートに戻って来る。
「おおおっ! ガンちゃんと美香ちゃんがワンツーですよ!!」
吉野先生の興奮した声の通り、美郷学園の1年生コンビがハナを切ってコントロールラインを駆け抜けていく。
「さてさて、トップのプレッシャーにどこまで耐えられるかな?」
黒木コーチが腕組みしたまま、1コーナーに飛び込んで行く二台を見送ってそう呟く。確かにかけっこスタートで首位に躍り出た二人だが、後に続くのはより経験豊富な国分寺高校の3台、そしてオープンクラスへの進出を果たしたカタツムリの白瀬やベガやイルカや斎藤、加えて一時は受験のためにカートから離れていたとはいえ実力上位の黒木部長や星奈。
つまりこのレース、後ろに行くほど腕が上の面々が控えている形になっているのだ。ここからはアコーディオンのように上位と下位が密集し、よりデッドなバトルが予想されるだろう。
「クッ! 前が詰まってて後ろからも追い込まれマス!」
「皮肉ね、この渋滞を最初に抜けた人が逃げ切るパターンになりそう」
9、10位を走る星奈とベガがテールトゥノーズを演じながら、前後を走るカートとプレッシャーの応酬を繰り返していた。後ろ程ペースが速いこの状況は、ある程度の速さで走れる選手が抜け出してトップに立ったならその選手ががぜん有利になる。抜き去った遅い選手が、さらに後方のより速い選手の壁になってくれ、その隙にどんどん逃げる事が出来るからだ。
――グワワァァァァーーーン、ビュンビュンビュン――
7周を経過した時には、まるで通常のレースのローリングラップであるかのように、先頭から最後尾までがぎゅっと詰まった隊列になっていた。
誰もがベストラインを走れず、追い越しラインを他のマシンに塞がれた状態でひとつのカタマリになり、爆音を響かせてストレートを駆け抜けていく。
「ちょ、流石に危なくないですか、アレ」
吉野先生の言葉通り、あれだけ密集している状態で誰かがクラッシュすれば、後続のマシンが続々と巻き込まれる可能性がある。レースとは普通そうならないようにタイムアタックをして、速い順からスターティンググリッドに並ぶはずなのだが。
「だが、これぞレース、とも言える」
「同感ですな。デッドヒートの無いレースは、選手を育てはせんからな」
黒木コーチと国分寺の岩田監督が居並んでニヤリとしながら語る。共に長くカート部の指導をしてきた彼らにとって、このレースは生徒のレーサーとしての資質を図る絶好の状況なのだ。
勇敢なレーサーを指して『タイガー』と称する事がよくある。人力を遥かに超えたパワーのマシンと、投げ出されれば死にすら繋がるレースの世界で生き残り、そして上に行くには何より闘争心が求められる。
周囲を蹴散らし、自分こそが勝利者にならんとする闘志を持つ『タイガー』は、果たして誰か?
「はあぁぁぁーっ! トップ、トップ、トップーっ!!」
先頭を走る御堂 元太、通称ガンちゃんがハンドルを握りしめて、もう何度目になるかもわからない言葉を吐き出していた。
夏の耐久レースでも彼のチームは優勝したが、アレは最後の逆転劇があったからであり、今のようにトップを走るレースリーダーになるのは初めての経験だ。そのプレッシャーと後ろの追い上げに負けないように、声を張り上げ自身を奮い立たせて逃げにかかる。
「うにゃあぁぁぁぁん! いつまで続くのよこの状況ーっ!」
そのガンちゃんを涙目になりながら追いかけているのが美香だ。彼女とガンちゃんは得意コーナーがそれぞれ違う箇所になっていて、そのために車間がくっついたり離れたりしている。それが幸いしてか後ろの車も抜きどころを定められず、なんとかかんとかワンツーを維持できている状態なのだ。
彼女としては後ろの3、4位が無駄に争って軽いクラッシュでもしてくれれば気が楽になるのだが、生憎後ろは国分寺高校のチームメイト達、ライバル校である自分達をまず堕とさんと、ぐいぐい迫って来る!
10周目を過ぎた頃から、そこかしこでオーバーテイクが起き始めた。本開催ではない模擬レースで無理をする必要はないと引く者と、密集上等! バトル楽しや! でガンガン行く選手たちの差が出て来ていたのだ。
中でも躍進目覚ましいのがカタツムリの白瀬選手、そしてその背後に付けている星奈とベガ、そして彼らの後方のチームMSBの二人だった。
「貰ったよ、学生さん達!」
白瀬が国分寺の渡辺と川奈を1コーナーの突っ込みでまとめてぶち抜くと、その後ろにスルスルと続いた星奈が立ち上がりの左カーブで得意の『左後輪浮かせ』でアウトから被せて行き、すぐ後ろに連結された電車のように続くベガも並びかけていく。
「アト、5台ッ!」
2コーナーで6位まで上がったベガ。前にいるのは星奈と白瀬選手、黒木部長にガンちゃんと美香!
13周目。トップから4位までが一本の線になり、ピタリとスリップストリームに入る。星奈とベガは少しだけ距離を置いて、1コーナーでの混乱のスキを伺う。
「貰ったぜ一年!」
「ここでトップに出て振り切るっ!」
黒木と白瀬がスリップから抜け出してインとアウトに飛ぶ。それに呼応するように美香もガンちゃんのスリップから抜け出して、アウト側からノーズをせり出しにかかる!
「4台が、ヨコ一線にっ!」
観客やピットクルーが一斉に色めき立つ。1コーナーのブレーキング競争に向かって、インから黒木、ガンちゃん、美香、白瀬の4人が横一列になって突っ込んでいく!
ギャアァァァァッ
一斉に鳴り響くスキール音の次に響いたのは、マシン同士が激しく衝突する『ドンッ!』という音だった。
「うぉ!?」
「行かせるかあぁぁぁっ!!!」
なんとガンちゃんがインの黒木に体当たりしてインベタに張り付け、次の瞬間アウトに切り込んで回りしろを小さく取ると、そのまま覆い被さるようにして前を塞ぎ、見事に抑え込んで先を取った。
「ちょ、お嬢ちゃん無茶だよっ!」
一番アウトにいる白瀬がクロスラインで美香をかわそうとしたその瞬間、美香はベガ直伝のブレーキングドリフトを繰り出して、内側のラインを塞いで見せたのだ。滑る彼女のマシンのリアに自分のノーズをヒットされた白瀬は、文字通り彼女に蹴散らされる形でダートまで弾かれてしまった。
「残したよおぉぉぉ!」
「あの二人……立派なタイガーになりやがった」
なんと実力上位の二人をも蹴散らしてトップをキープし続ける一年生たち。ガンちゃんの「トップを死守したい」という執念と、美香のここまでの粘りの走りでの2位を保ち続けて来た事が二人を覚醒させたようだ。思わず感嘆の声を漏らす吉野先生と黒木コーチ。
が、そのスキをついて後ろにいた二台のマシンが、まるで一本の線のように白瀬と黒木を躱して、トップのふたりに肉薄せんとしていた。
「やるじゃない、美香! あの白瀬選手を蹴散らすなんてね」
「ガンちゃんスゴイデス、部長をノックアウトしちゃいましたヨ!」
残り6周と少し。未だ上位と下位が密集状態にある中、果たして誰がトップチェッカーを受けるのか。
真の『タイガー』と成るのは、誰か――
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