第44話 まさかのルール

(さぁ、いよいよだな……みんな、ありがとう!)

 阿波カートランド社長、大谷の開会宣言を聞きながら、イルカは今日ここに集まってくれた人たちの全てに心から感謝していた。


 あの日、ベガに自分からの物語ストーリーを何か贈ろうと考えたのだが、結局はレースをプレゼントしようという色気の無い結論しか出なかった。


 が、その発想はまさに大正解であった。彼女がこの一年で関わった人たちは多かれ少なかれ、このレーシングカートでの縁であったのだ。そしてそれが結果的に、今日これだけの人たちを集める事が出来たのだから。

 部活仲間はもちろんの事、ホタル号をプレゼントした白雲和尚や夏の耐久レースを楽しんだクラスメイト達も、このイベントに積極的に、かつ彼女ベガには秘密にしてノッてきてくれたのだ。


 そしてそれ以上に協力的だったのがここの大谷社長だ。実はベガの隠れファンだった彼は、話を聞いてすぐにカートショップのカタツムリやMSBに連絡を取り、参加者を募ってくれていたのだ。

 そしてショップの選手たちも、昨年のクリスマスに顔を出してくれた彼女がもうすぐアメリカに帰ると聞いて、彼女のラストランに付き合うべくスケジュール調整をしてくれたらしい。


 顧問の吉野先生や黒木コーチもその案に乗り、国分寺高校に連絡を取って参加をお願いするとともに、余剰カートをレンタルしてもらえないかも打診していた。何せ今部員は6名だが、カートは3台しかないのだ。最後くらい部員全員が同じレースに出てみたいという希望を、国分寺の岩田先生は快く了承してくれ、予備のカートを3台貸してくれた。


 かくして参加者21名(美郷学園6名、国分寺高校8名、カタツムリ3名、MSB4名)の模擬レース開催と相成ったのである。


  ◇        ◇        ◇


『さてみなさん。せっかくの突発大会なのですから、本日は特別ルールで進行したいと思いまーす♪』


 ドライバーズミーティングの最中のその社長の言葉に、イルカを含む参加者全員が思わず「へ?」という顔をする。まぁ確かに公式の大会じゃないし、多少は面白味を出すのもアリだろうと、その時は全員がそう思っていたのだが……。


『まず1stファーストレース! オールド、ル・マン方式のスタートで20周で行います!』


 その宣言に会場のほとんどは「?」と首を傾げるだけだが、一部のベテランレーサーや黒木コーチなどの年配者の方々は「おおおおお!」と歓喜の声を上げた。


 世界的に有名な自動車レース、ル・マン24時間耐久レースで古くから行われてきた独特のスタート方法。それは一列に並べられたマシンにある程度距離を置いて待機した選手たちが、スタートの合図とともにマシンに向かって全力疾走、乗り込んでエンジンをかけた者から早い者勝ちでスタートするという方式だ。

 選手たちの脚力やエンジン始動のスムーズさが求められるこのルールは、押し掛けでエンジンを始動するカートではさらに顕著になるだろう。


 ざっと説明が成された後、大谷社長の指示により参加選手のカートが最終コーナーの奥の車検場にずらりと並べられる。あとは選手たちがどこから駆け出してマシンをスタートさせるかだが……。


『えー、選手はスタートラインから、自分の足でコースを1周して頂き、最終コーナーのカートに乗り込んでもらいます』

「ええええええー!?」

 なんと1周700mもあるカートコースを自力で走り抜いてからカートを押し掛けしてスタートするという、なんとも体力、脚力勝負のスタートをしろと?

 普通のル・マンなら道路の幅、足で走るのはせいぜい20mくらいのものなんだが。


「マラソン……いや中距離走じゃねぇか!」

「年齢ハンデは! おっさんのビール腹ハンデはないのかーっ!?」

「これじゃル・マンじゃなくてトライアスロンだよ!」


『ハイハイ、カートはモーター”スポーツ”ですから、みなさん頑張って下さーい』

 選手たちの不満は社長の正論であっさりと却下された。今日の参加者にはベガ達以上のオープンクラス常連もいるが、その大半は社会人で学生の時の体力や脚力をキープしている選手はそうはいない。


「これはチャーンスっ!」

「スタートする前からぶっちぎりに引き離せる、かも」

 逆に色めき立っているのがガンちゃんや美香、そして国分寺高校の中でも脚力達者な面々だ。イベントレースとはいえ一番に走り切ってカートに飛び乗れれば、初優勝の栄光も見えてくる!


  ◇        ◇         ◇


 かくして全員がコントロールラインに居並んで、まさかの運動会スタートの号砲を待ち構えることに相成った。


 ――パァーン――


 スタートの合図と共に全員が一斉に走り出す。絵面はまんまマラソンのスタート光景であり、観客席で見ているギャラリーからは思わず笑い声が沸き起こる。普段カートでかっ飛ばしているストレートからの1コーナーを、自分達の足でどたばたと駆け抜けていく選手たち。


「ハッ、ハッ、ハッ、こーゆーのもいいデスネ!」

「冗談じゃ、ない、わよ……こっちは受験勉強で、体力、落ちてる、のに」

 ベガは星奈と居並んで走っていた。とはいえ別に体力の落ちている星奈に付き合っている訳じゃなく、単純にベガは走るのがあまり速くはなかったりするのだ……胸に大きなオモリをふたつ下げているのが主な原因ではあるのだが。


 ちなみにトップグループはやはり学生の面々だ。イルカやガンちゃん、美香、そして国分寺高校の斉藤や渡辺、本田、川奈さん達がレーシングスーツを着こんだまま、自慢の健脚を披露していた。

 が、5コーナーを抜け、登りのラインに差し掛かったあたりでイルカと斉藤のラーメン息子サンズが遅れ出す。

「たく……いつもなら、いっしゅん、なのに、ゼーヒーゼー……」

「この、後、押し掛け、かよ……マジでしんどい」

 どうやらお互い、意地を張り合って前半で飛ばし過ぎたツケが回ってきたようだ。


「アハハ、マラソンでスタートダッシュしてバテるナンテ、オヤクソクですネー」

「あんたらホントにいいライバルだわ」

 ペースの落ちた二人を抜いていくベガと星奈。マイペースで走り続けた彼女らはようやく6コーナーを回り切り、マシンの待つ車検所へと向かう。


 ――ビイィィィィー……ン――


 その時、1着でゴールイン……もといスタートした選手のマシンがついにコースインして行った。

「あれは……ガンちゃん! 確かに足速いらしいけど、やったわね!」

「ニバンテもミカですヨ! イッケーッ!」


 続いて国分寺高校の本田と川奈、渡辺とウチの黒木部長、カタツムリの白瀬選手が次々とスタートを切っていく。ようやくホタル号に辿り着いたベガも、シートに放り込んでおいたヘルメットをかぶり、アゴひもを締めて押し掛けに入る。


『ヘルメットやスーツはきちんと着用してください、不完全なままスタートすると失格になりますよー』


 コース脇に立っているオフィシャルさんがメガホンでそう叫び続けている。実は本家のル・マンでも、シートベルトを締めずに発進して重大事故を起こす者が出たので、このスタート方式が禁止になったといういわれがある。なので今回ソレに対するルールは厳しめだ。


「スウゥゥゥゥ……エイヤァッ!」

 今まで何度も何度もやってきた推し掛け。カートの中でもいちばんしんどい作業を今日もこなして、ひらりとホタル号に乗り込むベガ。バラバラとグズるエンジンにアクセルを煽って、新鮮な混合気体を点火プラグにぶち込んでいく。


 クワアァァァァァァーッ!


 最後の日ラストデイの今日もホタル号のエンジンは元気に回転を始める。

 最後の日の、最初のエンジンの咆哮エキゾーストノートが、ベガの心の芯を引き締めていく!


 ストレートを駆け、日の丸スタートフラッグをくぐり抜け、1コーナーのアプローチに入った時、彼女のインに真紅のマシンが切り込んで来た。


「セナッ!!?」

「一度ベガちゃんと競ってみたかったのよね。さぁ、一年間の成果、見せてごらんなさい!」


 一年前。初めて乗ったカートで、蛮勇とビビりを繰り返してシャクトリムシのようにみっともなく走ったベガと、同じマシンで見事なスポーツ走行を見せた星奈。


「OKデス! 去年カートに乗せてくれたお礼、今シマスッ!!」


 日米ふたりの麗しき女子高生が、一年の時を経ての今日。


 ――ついに、デッドヒートを演じる時がやって来た――

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