第39話 織姫と彦星の距離

「ワオ! 徳島駅初めて来ましたケド、ケッコー都会じゃないデスカ!?」

「あはは、ここだけここだけ。市内外れればたちまち郊外だし」


 12月25日。ベガとイルカは朝から一緒に(徳島)市内へお出かけしていた。付き合い出してから初めての本格的なデートだ。

 冬休みに入った駅前はやや寒いながらも、やはりどこか浮かれ気分の人たちで賑わっていた。と言ってもクリスマス気分はイブの方が強いみたいで、今日はもうアクセサリーやケーキの販売からお正月商戦へと切り替わりつつあるのだが。


「じゃ、さっそく駅前名物行くか」

「OH? 何でショウ、タノシミですネー」

 徳島駅名物と言えば知る人ぞ知る、南側にある大判焼き店だ。皮が薄くぎっしりとあんこの入ったアツアツの焼き立てがひとつ百円で買えるとあって、今日も朝から行列が出来ている。


「ハフ、ハフッ。コレ本当にオイシイデス!」

(クリスマスにケーキじゃなくて大判焼き頬張って歩くカップルってのもなぁ)



 定番の大判焼きに二人して舌鼓を打った後、西側の商店街に向かう。

「ほら、ここが例のアニメイベントが開かれる商店街だよ」

「ヘェー、なんだかビルのトンネルって感じデスネ」


 徳島で有名なイベント「街★遊び」が行われる名物商店街へとやって来た。ベガは意外と日本のアニメや漫画に興味のあるタイプで、向こうにいた時から聖地巡礼とかやりたかったらしい。

 徳島が舞台のアニメや漫画はほとんどないんだけど、地元ゆかりの某アニメ会社が主催する年一のイベントは知ってたみたいなので、そこに案内したというわけだ。

 ま、まぁイベント時以外はわりと普通の、ややさびれた商店街でしかないんだけど。


 それでも書店やゲーセンに立ち寄って、グッズやクレーンゲームを楽しんでいく。他にも服屋に寄ったりして、何かプレゼントになるような物がないかと物色を続けるイルカ。


 が、あまり成果の無いまま、商店街のトンネルを抜けてしまった。うーん、別の場所に期待かなぁ、と心で溜め息をつく。


「ア、アレ? イルカ……アレって、もしかして?」

 ベガが抜けた商店街の先にある学校を指さして目を丸くしている。あー、あっちに興味が行っちゃったか。

「ああ。あそこが国分寺高校だよ」


 美郷学園カート部のライバルである国分寺高校は、ウチとは違って県内有数のマンモス高だ。部活動も盛んで、甲子園やきゅう国立競技場サッカー花園ラグビーなんかもわりと常連だし、マイナーな部活もそれなりに有名だったりする。


「ワオ! ネ、ちょっと寄って行ってミマショウ!」

「他校に? 不法侵入で警備員さんに捕まっちゃうよ」

「ダイジョーブ、カート部の交流というコトにしておきマショウ」


 結局守衛さんに学生証を見せ、事情を話してここのカート部にとりなしてもらう事になった……デートなのに結局カートに行くんだなぁ。



「ちーす、お邪魔するよー」

「ミナサン、コンニチワデス!」

 顧問の岩田先生に案内されて訪れた立派な部室内には、しっかりとカート部員全員が勢揃いしていた。部長の斉藤をはじめ2年生7人、1年生6人の大所帯だ。

「げ、イルカ! しかも留学生のネーチャンまで……何しに来たんだよ」

 早速毒を吐く斉藤を、一人の女子部員が背後から羽交い絞めにしつつ「どーぞどーぞ」と笑顔で二人を招き入れる。


 イルカはともかく、ベガは国分寺高校の面々にとっても話題の異国人だ、まして先日のレースでダブル優勝して表彰台でキスまでした二人の来訪は、退屈な部活に思わぬ面白さを提供してくれそうだと、全員が作業の手を止めて歓迎してくれた。


「っていうか今日も部活か? しばらくレースもないのに」

「じゃかぁしい! お前らが今年3人も優勝者を出すから、ウチの部が成績不振で予算削られかねないんだよ!」

 国分寺高校はカート部もわりとガチの部活で、ちゃんと成績を上げないと部費が出ないらしい。

 いわば学校そのものが国分寺カート部のスポンサーともいえるわけだ。バイトで部費を捻出している手弁当の美郷学園と比べていかにも『レース活動』らしさがある。


「で、そっちはデートですかー、あれから進展しましたか~?」

「昨日はイブでしたもんね。そりゃもう熱い一夜を過ごしたんでしょうねぇ」

「いや、鍋パーティしただけだけど」

「デモ、今日はデートに誘ってくれたんデスヨ!」


 女子の面々の冷やかしに対して、努めてクールに流そうとしたイルカの腕にベガが抱きつく。キャーキャーと色めき立つ女子部員たちに対して、男子部員は皆が「リア充爆発しろ」なジト目を向ける。


 そこからしばらくは懇談の場となった。ベガは来訪のお礼も兼ねてあの1コーナーのブレーキングドリフトのテクを解説して皆の関心を集めたり、別部の自動車工学部に預けてある彼ら全員のカートを見て予算の差を見せつけられたり、歴代の表彰状やトロフィー、そして上のカテゴリーまで行ったOBの写真やサインを眺めたりして時間を潰していった。


「しゃーない、メシくらい奢ってやるよ、感謝しろよ」

 斉藤の鶴の一言で、全員が彼の実家の『踊るラーメン』で昼食会をすることになった。

 学校から少し歩いた所にある、派手な看板が目立つラーメン店に入って、各々が好きな物を注文にかかる。


「トンコツにミソにショウユ、ソルトにツケメン、ギョカイにタイ……バリエーションスゴイデスネ」

 そう。イルカの家が徳島ラーメン1本なのに比べて、ここは様々なタイプのラーメンが味わえるのがウリだ。ベガはミソラーメンに舌鼓を打ち、イルカは種類の多さに「節操がねーなぁ」などと言いつつも、新作の牛骨ラーメンを堪能する。


 食事も終わり、斉藤をはじめ国分寺の面々にお礼を言って、お返しに散々冷やかされてから別れ、二人はバスで次のデートスポットの水際公園へと向かった。


「ココ、恋人ラバーズスポットなんデスネ」

「あー、まぁなー」

 ここはカップルだらけのデートスポットという事もあり普段は絶対来ないんだけど、今日は彼女連れだからと気合を入れて来た甲斐もあり、ベガも上機嫌でくっついて来る。とりあえずベンチに座って、冬の太陽を反射する水面を眺めつつ……。


 イルカは、今日彼女をデートに誘った本当の理由を切り出した。


「なぁ、ベガ」

「Hi、ナンデスカ?」

 天真爛漫な表情で返すベガに、イルカは真剣な顔で向き直り、本題に入る。


「俺達って、どこまで付き合っていいと思ってる?」


 そう。あのレースから恋人同士となった二人だが、来年の3月末には彼女はアメリカに帰ってしまうのだ。深い仲になればなるほど別れが酷になるし、遠距離恋愛にもさすがに国境を、しかも太平洋を超えるとなると若い二人には限界があるだろう。


 一方でベガの家の恋愛観として、『付き合うなら結婚を前提として』というのを耳にした事がある。もし自分との恋愛もそうなら、高校卒業後にベガを日本に連れてきて結婚するか、イルカ自身がアメリカに渡って向こうで働いて生活していくという事になるのだ。


 だからイルカにとってベガとのお付き合いは、その距離感をどうするのかが大事になって来る。あと三カ月とちょっと、このままお気楽な即席カップルで終わるのか、それともより深い仲になって、本当に織姫と彦星のように、それこそ年一でしか会えないような遠距離恋愛を続けていくのか……。


 さすがにベガもそれは分かっているのか、少しの間考えてはいたが、やがて意を決したように指を立ててウィンクしながらこう発する。


「ダメですヨ、イルカ。もっとパッションで行動しまショウ!」

「へ? お、おいちょ、ングッ!」

 そのままイルカにキスして言葉を止めるベガ。しばらくそのまま固まった後、ちゅぽん! と唇を離した彼女は、その青い瞳をうるませてこう提案する。


「ネ、これからカタツムリやMSBのショップに行きまショウ!」


「……へ?、な、何で?」

「モチロン、私たちのラブを見せつけに行くんデスヨ! ホラ日本のアニメでもよく言うデショウ、『ソトボリを埋めてイク』ッテ!」


 つまりあちこちに仲の良さを見せつけることで、公認のカップルの立場を確立しようというのだ。

 確かに二人の『縁』が周囲の面々にも広く周知されれば、例え距離が離れていてもその絆が続く可能性は確かに高くなる。

 どちらかが浮気でもすれば、たちまちその人達に裏切り者のレッテルを張られるのだから。

 

 ベガが日本に来てから学区外の付き合いと言えば、レース関係の人たちが中心だ。なのでライバル達のショップにも立ち寄って、自分たちが公認のカップルである事を見せつけて回ろうと言っているのだ。


「チョウド国分寺高校にも行けましタシ、他にもアチコチ回って私たちのラブを見てもらいまショウ!」


「ちょ、ちょっと! それやったら俺がなんかすっごく嫉妬されそうなんですけどー!」

 ベガが阿波カートランドのレースクイーン、いわゆる華である事は周知の事実だ。で、学生はともかく社会人のカートレーサーなんて当然ながら男ばっかしなのである。

 そんな中に学生カップルのイチャイチャを見せつけに行くとか、イルカにとっては針のムシロにも等しいイベントなのだが……。


「サァ、ゼンはイソゲデス! 行きまショウ、イルカッ!」

 立ち上がっているかの手を取り、引っ張りながら駆け出すベガ・ステラ・天川。


 その金髪少女のポジティブな行動に、イルカたちはいつも引き付けられ、そして引っ張られてきた。今日もまた恋の悩みや未来への不安を、その笑顔でいとも簡単に蹴っ飛ばして先へと進んでいく。


(ホント、すげー女の娘だよ。ただなぁ……)

「おいベガー、バス亭は逆方向だって!」

 イルカのツッコミに振り返って、舌を出してテヘヘと笑うベガ。


 その姿がまたすごく魅力的で

 背景の水際公園と相まって


 ――まるで絵画のような、神話のような美しさを見せてくれていた――

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