第40話 ストーリー・テラー

 12月31日、大みそか、午後11時30分。

 素通寺にて、これより毎年恒例の行事が始まる。


「えー、これより皆様の来年の厄を除くべく、除夜の鐘の打ち鳴らしを始めます。ご一同様は鐘を突く前に一礼、後に一礼をしてからご参拝頂きますよう」

 住職の白雲三太夫が数十人の参拝客に向かって笑顔でそう述べると、真夜中の寺に拍手が沸き起こった。


 ここ素通寺では、大みそかから元旦にかけて参拝客自由参加の除夜の鍾突きが行われている。町中の寺や格式高い寺なんかでは普通の人が鐘を突くことはできないが、この山あいの寺では騒音の問題も無く、誰でも自由に鐘が鳴らせる事もあって、子供たちを中心にわりと多くの人が集まって来る。


「カネツキは必ずサンパイの前にオネガイシマーッス!」

 居候のベガ・ステラ・天川もお寺用の白衣を着こんで案内に当たっている。ただ、カリフォルニア育ちの彼女に日本の冬の寒さは堪えるらしく、インナーをもこもこに着込んだ上からの白衣なので、いつもの色気は無かったりする。

 とはいえ彼女の金髪ポニテがひょこひょこ揺れるのはかなり目立つので、案内人にはぴったりというわけだ。


 除夜の鐘というのは必ず参拝前に突くのがならわしだ。参拝した後に突いてしまうと『戻り鐘』といって縁起が悪くなる、なので順番待ちをめんどくさがったお子さんが先に参拝しないよう、その旨を何度も繰り返しアナウンスする。


「よ! 相変わらず日本を堪能してるな」

「ちーっす、ベガパイセン」

「ってか着こみすぎでしょ!」

「アハハ……日本の寒さはコタエマス!」


 美郷学園カート部の面々もやってきた。こっちは別に毎年恒例でも何でもないが、ベガのお誘いを受けて今年は全員で参拝に来たという訳だ。

(ホント……彼女が来てから何もかも変わったよな)

 イルカがベガを見てしみじみとそう思う。去年までなら部活仲間で初詣に来るなど考えもしなかったし、ましてこのマイナー寺で金髪美人が出迎えてくれるなんて想像もしてなかった。彼女が留学して来てから、この山あいの村に今までとは違った活気と華やかさが確かに生まれていたのだ、そのウーマンパワーには感心と感慨を感じずにはいられない。


 だから、もし、彼女が居なくなったら?


「Hi、イルカ! 来てくれましタカ!」

「いや、俺が来なくちゃあかんやろ」

 そう言ってハイタッチを交わし、その後ぎゅっ、とハグをする。彼女流のコミュニケーションも、もうすっかり慣れっこになっていた。

 まぁ、いつもと違ってもこもこに着込んだ彼女とハグをしても色気は感じられないのだが。


 ――ゴォーン――


 最初に住職の三太夫が一発目を鳴らし、一礼して鐘楼を降りる。ここから年越しまで恒例の鐘突き大会のスタートだ。

 まずは素通寺の檀家の皆様が鐘を鳴らし、続いて楽しみにしていた子供たちや親子連れが、普段鳴らせない特大の楽器(?)を嬉々として鳴らしていく。


 年明けが近づいてきたあたりでカート部の出番が来た。吉野先生を先頭に黒木コーチ、黒木部長に星奈、美香、ガンちゃんが次々に鐘を鳴らしていく。

「イルカは鳴らさないんデスカ?」

「あー、俺な。なぁベガ……その、最後に一緒に鳴らさないか?」

「ア、ソレ駄目ですヨ。ボンノーをハラうための鐘ツキですカラ。一緒にやるとワタシのラヴァーハートが消えちゃいマス!」

 すっかりお寺の事情通になったベガにそう言われて、しぶしぶ一人で鐘を突くイルカ。彼としてはこの3月で離ればなれになる彼女に、出来るだけ恋人として振舞いたかったのだが、変な所でハズしてしまったみたいだ。


 そして108発目、ラストでいよいよベガの出番だ。鐘楼に登って一礼すると、鐘突き棒の綱を握ったまま、新年の訪れを待つ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!


「新年あけまして、おめでとうございまーす」

「「おめでとうございまーっす」」

 三ツ江夫人の言葉に、檀家の面々やカート部の皆が唱和し、訪れていた他の参拝客も応えて新年の挨拶を交わす。


「ソレジャ、行きますヨ!」


 ――ごぉーん――


 威勢よくベガが鐘を突き、山河に響く音が新しい年の訪れを告げる。



 除夜の鐘が終わると、ベガには次の仕事が待っている。境内の一角で行われる粕汁の炊き出しだ。

「ハイハーイ、参拝を終えたヒトから順番デーッス」

 焚き火の上に大きな台を据え、その上にドラムカンを置いて(無論消毒済み)汁物を煮るという、この寺伝統の振る舞い物だ。パチパチと火が弾ける焚き火と暖かい粕汁は、冬の寒さに凍えた参拝客を体の内と外から温めてくれる。


「しっかし、よく働くなベガちゃんは」

「ホント、日本を堪能してるっていうか……」

 汁をすすりながらカート部の面々が感心している。あの留学生、ベガ・ステラ・天川という人物はいつも一生懸命で、なおかつそれを存分に楽しんでいる節がある。

 行ってみればバイタリティにあふれ、裏表がなく、かつ人間好きという欠点の見当たらない、誰もが引き付けられるような魅力を持っていた。

 実際彼女が来てから、その影響を一番受けているのは他ならぬカート部の面々なのだ。彼女の性格に当てられて、全員のコミュ力やポジティブさが格段に引き上げられているのを嫌でも感じるが、それでもまだ彼女には及ばないでいた。


「有田先輩、ちょっといいスか?」

 ガンちゃんがそうイルカに声をかけて来た。「何だ?」というイルカに対して、ガンちゃんは少しだけうつむいてから、イルカの正面に向きなおってこう問うた。

「先輩、ベガさんとの仲、このままでいいんですか?」


 イルカはその問いに対する答えを持っていなかった。言われるまでもなく、彼女と一緒にいられる時間はあとわずかだ。相思相愛ではあるのだが、このままいけばまさに織姫と彦星のように、二人は引き離されることになるだろう。


 そして彼女のキャラクターを考えたら、帰った彼女を向こうの男たちが放っておくはずもないのだ。向こうにはベガ以上に情熱的なナイスガイだっているだろうし、そんな男たちに言い寄られ続けたら、いつかはイルカのほうが思い出になってしまう可能性は高いだろう。


「ンなこと言ったって、どうしようもねーよ。俺に彼女を引き留める手段なんて無い」

「あ、そうじゃなくて……先輩。ベガさんにずいぶん色んなものを貰ってますよね」

「へ? いや……クリスマスの時にプレゼント貰ったくらいだけど」

「モノじゃないですよ」

 勿体ぶったガンちゃんの言葉に、少しイラッとしたイルカが「じゃ、何なんだよ」とキツめに言葉を返す。


 が、次のガンちゃんの言葉に、イルカは絶句せざるを得なかった。

「ドラマっすよ」


 そう。彼女が持つドラマチックな行動力に巻き込まれて、自分もカート部の面々も、この一年を実にドラマチックに生きて来た。まさに彼女を起点にして、かけがえのない時間を生み出してくれていたのだ。


「だから、有田先輩も彼女に贈るべきなんですよ、ドラマチックな何かを。そしたら別れが来ても、きっと上手くいくッス」


「……ドラマを、『物語』を、贈る、か」


 確かに。今さらベガにプレゼントとか贈っても、彼女から受けた充実の日々に比べたらちっぽけなものだろう。

 でも、もし自分自身がプロデュースして、彼女にドラマチックな日々を提供できたなら、あるいは彼女との絆が揺るぎないものになるかもしれない。


「とはいうもののなぁ……今から彼女に匹敵するドラマを演出するってっても」

 さすがに頭が痛くなる。大した取柄もない自分が果たしてあのベガに、ドラマチックな展開なんて味あわせてあげられるのだろうか。


「今日は元旦だし、願掛けでもしてみたらどうっすか?」

 言い出しっぺのガンちゃんんからして仏さん頼みかい! と呆れてはみたが、確かにそれでもやらないよりはマシかもしれない。やってみるか、と本堂に向かい、もう一度礼をしてお賽銭を入れ直し、両手を合わせて拝み直す。


(素通寺の仏様、どうか俺にドラマチックな物語を生み出す力をお授け下さい)


 そう願掛けをして、ふと思った。ベガはアメリカ人なんだし英語で頼んだ方がいいのかなぁ、と。

(えーと、物語を生み出す、つまりストーリーメイカー? いや、語呂が悪いな。どうせならテラーの方がいいか、『ストーリーテラー』、よし、こいれでいこう!)


 もう一度本堂にリターンバックし、賽銭箱にまたお金を投げ入れて拝む。

素通寺すどおりてら様、どうか俺を『ストーリー・テラー』といえる人物に……あ、あれ?)


「ぷっ、くっくっく……あはははは! なんだそりゃあっ!!」

 そう、ストーリーテラーって、まんまこの寺の名前そのものじゃないか! いやこれはきっとご利益アリアリだよ、こんな偶然あるんだなぁ。


「ちょ! 有田先輩、どうしたンすか?」

「さっきから何回お参りしてんの? 欲張りねぇ」

「イルカパイセンってお賽銭はケチらないんスか?」


 合流した仲間にいぶかしがられるも、イルカは妙に晴れ晴れとした気分で、未だお鍋を振舞い続けるベガを見て、にっ、と口角を釣り上げた。


(待ってなよベガ。お前が俺に色んなものをくれたように、俺もきっとお前を驚かせる『物語』を送ってやるぜ!)


 もちろん何か案があるわけではない。だが自らが目指す『ストーリー・テラー』を同じ名前のお寺にお祈りした事で、根拠のない自信が湧き上がっていくのを感じていた。


 残り3カ月余り。二人が紡ぐストーリーは、どんな結末を迎えるのか――

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