第38話 クリスマスお鍋パーティ

”きゃあぁぁぁぁー、カートってすっごく早いです! 遊園地のとはぜんっぜんちがいますうぅぅぅぅー”


 12月24日、クリスマス・イブ。夜の7時のNHKtニュースの後番組で、人気キャスターの春柳黒鈴アナがカートに試乗して、ぎこちなくも可愛らしい走りを披露していた。


「あーあ、やっぱこっちがメインになっちゃったか」

「まぁ、さすがにアレはねー」

 ベガのホームステイ先の素通寺、その一角の和室にて、TVを眺める黒木部長や星奈がその番組を見てしみじみと嘆く。


 あの日の撮影。この人気アナの映像を遥かに上回るレースがフレッシュマンクラスで行われ、その絵面の素晴らしさやふたりの高校生のファイナルラップの死闘、そしてその片方がアメリカからの留学生ともなれば、当然放送もそっちがメインになると思われていたのだが……。


 結局、表彰式での未成年同士のキスシーンが台無しにしてしまった。今時のコンプライアンスを考えると完全にNGだし、あの後で今後の二人の人生に悪影響があってはいけないと、NHKtの方から写真や動画の拡散の自粛も呼びかけられた。

 まぁ、そのへんの気遣いはさすが国営放送と言った所だろう。これが民放ならさぞ二人は吊るし上げられていただろうから……まぁベガはアメリカ国籍だし、下手すると国際問題になっちゃうのを恐れただけかもしれないけど。



 今日はベガの提案と白雲和尚の了解を得て、この素通寺でのカート部の鍋パーティ開催となっている。

 日本じゃクリスマスと言えば恋人同士がイチャつく『性なる夜』と化してしまっているが、キリスト教圏内のベガにとっては家族や仲間に日々の感謝を伝え、共に楽しく過ごす一日を送るのが習わしだ。

 ちょうどそれに合わせて実家カリフォルニアからスノウクラブ(ズワイガニ)の足と七面鳥のローストを送ってくれたことから、日米混合のお鍋パーティーで皆に日ごろの感謝を示そうという訳だ。


「いーんですか? イルカパイセンは」

「あー、まぁ彼女の流儀に合わせるよ」

 ちなみにイルカはあの後、正式にベガと付き合うことになった。元々女っ気のない性格の彼だけに、ああもアプローチされたらさすがに応えたくなる。元々美人だとは思っていたし、『高値の花』のイメージはあったが、お付き合いできるならむしろ願ったり叶ったりではある。

 ただ、彼女は来年の三月末にはアメリカに帰ってしまうのだ。なのでそのへんの距離感をどうするか、どこまでの関係になるのかが見えてこないでいた。

 クリスマスイブの今日はその答えを得られるかと思っていたが、今日が恋人のイチャイチャの日だと思っているのは日本人だけだったようで、がっかりという思いと助かったという思いが彼を微妙な心境にしていたのだ。


「サァ、出来ましたよ~。スノークラブの足タップリのカニ鍋デス!」

「こっちはベガちゃん希望のスキ焼きよ。おかわりあるからいっぱい食べてね」


 ベガと三ツ江夫人が部屋に鍋を抱えてやって来る。それに応えてみんなもお椀や卵、カラ入れや飲み物などを長テーブルに配り、ふたつのコンロの上に鍋を設置して弱火を入れる。


 参加者はカート部の面々に吉野先生と黒木コーチ、そして白雲夫妻の計10名だ。


「えー、今年は黒木君と有田君、そして遠くアメリカから来たベガちゃんが、我が部創立以来、初の優勝を勝ち取る事が出来ました。来年もまたこのカート部がさらなる活躍をする事を願って、かんぱーいっ!」

 顧問の吉野先生がそう挨拶して乾杯の音頭を取ると、全員がグラスを掲げて「かんぱーい」と唱和し、チンチンとグラスを打ち付ける音が響く。


「うまっ、このカニ美味っ!」

「ジャパニーズスキヤキ! 是非一度食べてみたかったんデスヨ、うーんデリィシャス!」

「七面鳥の丸焼きって初めて見ました……淡泊だけどイケますねー」

「うむうむ、ビールが進むわい」

「和尚さんなのに肉食っていいんですか?」


 それぞれが鍋や料理に突撃し、初体験の味に舌鼓を打つ。異国の食材を使ったお祝いの料理は、場の空気も手伝ってより一層美味に感じられた。


 宴もたけなわになった頃、黒木コーチがビールをちびちびやりながら、ベガにしみじみと話しかける。

「しっかし、ベガちゃんが来てからウチも変わったねぇ」

「そーなんデスカ?」

「そーだよ。こんなパーティなんて君が居なけりゃ無かっただろうし、そもそも部の空気が変わったよ」

 その返しに、その場にいるベガ以外の全員がうんうんと頷く。


「確かにそーねぇ。ベガさんが来る前は練習とレース以外はあんまりこういうの無かったし」

「蛍のカートがまた走るなど想像もしとらんかったがな」

「そもそもこんな片田舎によく来ましたよねぇ、東京とか大阪とか名古屋とかの選択肢なかったの?」


 口々に言う彼らの通り、ベガ・ステラ・天川という女子がここに来た事で、この場にいる全員の運命が大なり小なり変わった事は確かだ、それもかなり良い方向に。

 遠くアメリカの西海岸からやってきた、天真爛漫で人間が大好きな金髪美少女の存在は、田舎に住む日本人の陰の気を消し飛ばす陽のエネルギーを持っていた。

 積極的で、明るくて、人の感情を正す『笑顔』という武器をもって、仲間も保護者もライバルも、みんなをポジティブな空気に塗り替えて行っていたのだ。


「アハハハハー、ミンナほめ過ぎデスヨー。ワタシはフツーの女学生デスヨ?」

「はい出ました、無自覚人たらしのお約束♪」


 美香のツッコミに笑いが起きる。戸惑うベガをよそに、その場の全員が同じ思いを共有していた。

 唯一、ホタルの光のように輝く金髪を備えたこの少女の特別さが、自分たちをもまた明るくしてくれていた事を。


「なぁベガ。よかったら明日、市内(徳島市)に行かないか、二人で」

 イルカのそのお誘いに、場の全員がざわっとざわめいて、すぐにヒューヒューというはやし立てに代わる。

「おー、デートのお誘いキター」

「不純異性行為は厳禁ですよ!」

「ちょうどええわい。明日は檀家さん回らなあかんので、行ってきたらええ」


 それぞれの感想が飛び交う中、ベガは最初きょとんとしてイルカを見ていたが、やがてその青い目をキラキラと潤ませて、イルカにずずいと詰め寄ってその両手をがっしりと握りしめた。


「ゼヒ! 一緒に生きまショウ! ものすごく楽しみデス!」

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