第37話 I Love You

※舞台となる『阿波カートランド』のコースレイアウトです

https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16818093082430820972


―――――――――――――――――――――――――


「サイド・バイ・サイドっ!!」


 1コーナーから這い出てきた2台を見て、誰もがそう認識して息をのむ。


 イルカがインベタから、ベガがその外側から姿を見せ、2コーナーへと向かうゆるいカーブを並んだまま加速していく。


 ゴッ、ガガン! キュキュッ!


 サイドカウルが接触してこすれ合い、押し合った両マシンのタイヤが軽く悲鳴を上げる。両者一歩も譲らぬまま、2コーナーへと突き進んでいく!


「イルカ! 負けまセンヨーッ!」

「やって、くれるなぁ、ベガっ!!」


 左カーブのインにいたベガが半歩のリードを得たまま、切り返しの2コーナーに突入する。インとアウトが入れ替わり、ベガは外からかぶせるように、イルカはインから突っ張る形で狭いコーナーへと飛び込んでいく!


 ドン!!


 会場中に響くような激しい接触音が鳴り響く。両者譲らぬ突っ張り合いから、イルカは細かいハンドル捌きソーイングで、ベガは体をゆすってマシンを安定させて、変わらず並走したまま抜け出してくる。



「うっわ、激しっ!」

「まだ……並走か!」

「次の3コーナーが決着だぞ!!」


 ピットで、観客席で見守る面々が決着を予想する。さすがに次の3コーナーは二台が並んで通れるほどの幅が無い、どちらが先にコーナーへと飛び込むかですべての決着がつくかと思われた。


 そしてそれは、当然インをキープしているイルカにこそ優先権があった。


「もらったあぁぁぁっ!!」

 インベタから得意の体当たりドリフトでマシンを横に向け、クリッピングポイントを舐めつつアウトのゼブラ直前まで横っ飛びして完全に進路を塞いで見せる。もしベガがアウトから来たなら、それこそ弾き飛ばさんばかりの勢いで!


「イェアァァァァァーッ!」

 だが、ベガは外からかぶせにはいかなかった。元々例の1コーナードリフト以来、全体のテクが底上げされているベガは、この3コーナーはよりアウト・イン・アウトを極端に取る走りを得意としていた。


 今回もイルカに突っ込みで敵わないと見るや、コーナー侵入で左のタイヤをダートに落とさんばかりに回り幅を大きくとって、イルカを行かせた後で掠めるような交差クロスラインを描いて、出足で再び並びかける作戦に出たのだ。



「まだ来るかぁっ!」

「逃がしまセンヨ、イルカアァァァァッ!!」


 鬼門の3コーナーを抜けてなお、未だ並走を続ける2台。



 場内はもう誰も声が出せなくなっていた。とっくに終わるはずのデッドヒートは未だにサイド・バイ・サイドのままである。もうどっちが抜け出すかを誰もが心待ちにして息を止め、ドキドキハラハラしながらバトルを注視する。


(左直角の4コーナー、インの俺は大きく流れる危険があるッ!)

 イルカは瞬時に判断した。普段はハーフスロットルで抜けるコーナーだが、インに押し付けられている今、やや減速を多くしてでもインベタで回らないとアウトにすっ飛び、今度ベガにクロスラインを取られたら抜きどころの5コーナーでインを奪われてしまう、つまり……負ける!


 ギュギュンッ!


 限界まで突っ込みつつ深くブレーキを踏み、ゼブラゾーンをまたぐようにしてインベタで4コーナーを切り裂いていくイルカ。

「よし、もう貰った……って、アウトからあぁぁぁ!?」


「逃がさないと、言ったハズ、デスッ!」

 ここの侵入時には3コーナーと同じくクロスラインを取ろうとしたベガだったが、直前で外からかぶせる作戦に切り替えたのは次の5コーナーを意識してのことだった。

 あそこは星奈直伝の内側リアタイヤ浮かせが使えるコーナー、だけどインベタで回ると速度や遠心力が合わずにタイヤを浮かせられない。


 だったら外、外と攻めていってアウトからの巻き込み走行でかぶせに行けば、続く6コーナおよび最終コーナーでインが取れると読んでの瞬時の判断だった。


 同じ所をぐるぐると回るサーキット走行は一見すると単純だが、その実ひとつのラインを変えるだけでたちまち全体像が一変する奥の深いものなのである。ましてバトル中なら相手とコースの両方に対応する判断が求められるのだ。

 ベガもイルカも、常にその『つながり』を意識して、先の先まで展開を読んでのバトルを演じている。


「ブレーキング勝負っ!」

「巻き込んで、前に出マスッ!!」


 今日のレースの終盤、ベガはこの5コーナーでさんざんインを奪われて抜かれている。

 だが今まではともかく、この周回に限ってはずっとサイド・バイ・サイドを続けていたためにスピードが乗っていない。

 ならば飛び込みよりも脱出速度をメインにすれば、次のコーナーでインとアウトが入れ替わって自分が前に出られる、いわばカウンターアタックが決められると目論んで、あえてインを明け渡してイルカを誘い、それを抱き込むようにかぶせていく。


 ギャギャッ!

 ビイィィィィーン―


 スキール音を響かせてメリハリのあるストップ&ゴーを見せるイルカと、外側をレールを走るように覆いかぶさっていくベガ。


 5コーナーを抜けてなお、2台は並走を続ける。残るコーナーはあと、ふたつ!


 観客が総立ちで、残り僅かな勝負の行方を食い入るように見つめる。

 漆黒のマシンのコーナーを切り裂くようなソリッドな走りと、黄金のマシンに乗るカラフルな服を着た少女の、マシンとダンスを踊るように体を振り続ける走りを。



「行かせるかあぁぁぁっ!」

 今度はイルカがアウトから対応する番だった。ベガをインに押し込むように幅寄せをしておいて、直前で目一杯アウトに振ってから、窮屈になったベガが6コーナーをクリアして外に膨れたところを、すかさず空いたインに飛び込む!


「流石デス、イルカッ!」

「捕らえたあぁぁぁっ!」


 とうとう最終コーナーまでサイドバイサイドが続いていた。アクセルをほぼ踏み抜いて曲がる高速の最終コーナーは道幅が広く、ふたりが同時にコーナーに入っても少々の余裕はある。


 なのでもちろん、二人とも引く気は全くない。


 半車身速く飛び込んだアウトのベガ。アクセルを踏み抜いてハンドルをギュッとこじり、わずかなテールスライドを誘発してエンジンの回転を落とさずに、高速のコーナーへと飛び込んで行く。


 有利なインからやや遅れて侵入するイルカ。少しだけアクセルを抜き、ハンドルを効かせてマシンを出口に向け、グリップロスなくインの頂点をなめ、アクセルを蹴り込んで最短距離を抜けようとする。


 そんな高等テクニックを披露し、高速の最終コーナーを曲がりながら、二人は……


(イルカ! サイコーのランデブーデス!)

(とんでもねーなぁ、ベガちゃんは、ホント!)


 横目で、お互いが見つめ合っていた。



  ◇      ◇      ◇


「きたきたきたきたぁーっ!!!」

「どっちだ、どっちが前だーっ!?」


 美郷学園のスタッフ全員がコースサイドのガードレールに張り付いて、最終コーナーを並んで立ち上がって来る2台のマシンに注目する。

 漆黒の弾丸と黄金の流れ星が、折り重なるようにして並走して、ゴールラインへと向かう!


 ――シュパアァァァァーン――



 並んだままゴールラインを駆け抜けた2台に、大きくチェッカーフラッグが打ち振られる。30周の長丁場を走り切った二台が、まさに激烈なバトルを最後まで演じきったのだ。


「うおぉぉぉぉー、ナイスレースっ!」

「よーくやったぞー、二人ともーっ!」

「ヒューヒュー」


 観客から、ピットクルー達から、拍手と歓声が鳴り響いた。


 ファイナルラップの最後の最後までデッドヒートを演じた二人。しかも同じチームの、まだ高校生の、しかも織姫と彦星の異名を持つ少女と少年が、サーキットという大舞台でここまでの大立ち回りを見せてくれたのだ。


 上のレースのカテゴリー。つまりフォーミュラーやGT選手権ではまず見られないバチバチのバトル。

 スポンサーやチーム員としての立場に縛られず、あくまで個人として走る、モータースポーツ最下層のレーシングカートならではの抜きつ抜かれつの鍔迫り合い、名バトルを演じてくれた二人に、誰もが惜しみない拍手を送る。


 これぞ、まさにモータースポーツだ、と。



「やーれやれ、今回は主役になれなかったなぁ」

「くっそー、イルカめぇ、おいしいところを持っていきやがって!」

「ふー、天川さんってマジ上手くなったなぁ」

「終わったーっ! って僕何位なんだろ、最後の方はサインボード全然出してくれなかったし」


 小笹や国分寺高校の斎藤、渡辺。そして美郷学園のガンちゃん達が次々とゴールして緊張を解き、それぞれの決勝レースの感想を述べる。

 が、観客やピットクルーは彼らに注目するだけの余裕はなかった。素晴らしいトップ争いを演じていた二人をたたえるのと、そして、もうひとつ重要な気がかりがあったからだ。


(で、どっちが勝ったんだ?)



 少なくとも目視では勝敗は全く分からなかった。ただカートレース参加者のカートにはセンサーが備え付けられており、コンマ001のタイム差まで測定できるようになっている。だから大会本部のパドックからほどなく放送があるはずなのだが……。


 イルカとベガは、チェッカーを受けてから速度を落としてなるべくゆっくりと並走し、時折ハイタッチなど交わしていた。ベガはバイザーを上げてニッコニコ顔でイルカに笑いかけていたが、イルカのほうはやはり勝負の決着が気になっている。


 何しろこの後は優勝者のウイニングランがある。だから優勝した者は旗を持ってもう一周回り、負けた方はそのまま車検場に直行しなければならない。


 結局優勝者の放送がないまま、イルカとベガはコントロールラインまで戻ってきてしまい、そこで並んでカートを止めた。


 ――ヒィーン――


 スピーカーのハウリング音のあと、お待ちかねの場内放送、結果発表が始まった。


 ”ただ今のレース結果です。優勝は――”


 全員がかたずを飲んで、その発表を待つ……!




 ”こまけぇこたぁええんじゃ、同着で両者優勝じゃあーいっ!!”



 ここの社長、大谷郁郎の滅多に見せないハイテンションな審判に、ひと呼吸遅れてカート場全体が歓喜に揺らいで揺らぎまくる!


「おっけーい! ナイス裁定ーッ!」

「ええねんええねん、それで正解やー!」

「ベガちゃーん、イルカー、優勝おめでとおぉぉぉぉーっ!!」


 誰もが手を叩いて躍り上がり、優勝した二人と、社長の粋な計らいを褒め称える。


 うん。みんな分かってる。千分の一秒まで同時なんてどんなレースだってありえない事だ。今のフィニッシュもどちらかがほんの少し先だったはずなんだ。


 だけどそれは無粋ってもんだろう。このフレッシュマンクラスは上のオープンクラスと違って年間ポイントなんて集計していないので、少々の着順差にこだわってもしょうがないのだから。


 ましてNHKtのキャスターが解説したように、織姫の名を持つ少女と彦星っぽい名前の響きの少年が、絡み合いながらコースという天の川を駆け抜けたのだ。これで順位の優劣をつけるなんて実に味気ない裁定だ、むしろそんなもん投げ捨てた運営の粋な計らいに、その場の全員がヤンヤの歓声を送り続ける。


「さ、ウイニングランよ。もう一周行ってらっしゃい」

「日米美郷学園パレードだ、楽しんで来い!」


 イルカが日の丸を、ベガがチェッカーフラッグを受け取り、部長や星奈、美香やコーチに押し掛けしてもらって、二人が勝者のパレードに出発する。


 時に並走し、時に前後を入れ替えながら、旗を大きく掲げてコースを回る二人。


 星条旗をイメージしたレーシングスーツに身を包んだ金髪少女がチェッカーフラッグを掲げ、並走する黒いマシンの男子が日の丸を振って歓声に応える。


 なんとも絵になるふたりのウイニングランが、見ている人みんなの心を躍らせる。うん、サイコーのレースだったよ、と。



 カートレース四国選手権第9戦、フレッシュマンクラス結果リザルト


 優勝(同着):有田 依瑠夏あらた いるか(美郷学園)、ベガ・ステラ・天川てんかわ(美郷学園)


 3位:小笹 信彦こささ のぶひこ(カタツムリ)

 4位:鈴木 一生すずき いっしょう(MSB)

 5位:斉藤 勇真さいとう ゆうま(国分寺高校)


 7位:渡辺 久わたなべ ひさし(国分寺高校)

 9位:御堂 元太みどう がんた(美郷学園)



  ◇        ◇        ◇


 表彰式。1位から3位までの選手はお約束の凸形の表彰台に立つのだが、なんせ今回は優勝者が二人なので、頂点の狭いスペースに二人が上がることになるのだが……。


「ヒューヒュー」

「見せつけてくれるねぇ」

「おーい彦星、お前さんも抱きつけよー」


 なんとベガがイルカに密着ハグを決めて立っているのだ。確かに二人が並び立つには狭いお立ち台の上なのでこうしていると安定はするのだが、こうも堂々と男女が密着していると冷やかさずにはいられないのが人情という物だろう。

 まぁ、イルカのほうも真っ赤になって目を反らしているのだが。それでも引きはがさないあたり悪い気はしてないのだろう。


 それを見上げている観客たちの内、美香が姉の星奈に心配そうに話しかける。

「ねぇ、ベガパイセン、なんか様子が変じゃないですか?」

「……確かに。なんか目がトロンとしてるし、酔っ払ってるみたいに見えるわね」

 てっきりバテバテでそうなってるのかとも思うが、なんか彼女の表情には今までにない色っぽさ、つやっぽさがある。


 表彰状とトロフィーを受け取り、それを美香たちに預けた後、特別イベントという事でNHKtの春柳リポーターがマイクを持ってインタビューに訪れる。


「まずは優勝おめでとうございまーす。いやぁ熱いレースと、そしてお・熱・い、表彰台ですねぇ♪」

 ニヤニヤ顔でインタビューする春柳嬢。さすがに彼女も今回はこのレースが放送のメインで、自分がカートに乗ってはしゃぐシーンが負けている事を悟らざるを得ない。

 なのでせめてもの意趣返しとして、やや下世話に二人に質問攻めをする。


「あー、はい。ベガ……天川さんと熱いレースができましたんで、楽しかったです」

 目を反らして頬をかきながら、なんとかごにょごにょと答えるイルカ。


「ハイ、そして熱いハグをしてる天川さん。有田選手にここで一言!」

 スッ、とマイクを向けられたベガは、それをトロンとした目で眺めた後、ふにゃっと表情を緩めて、マイクに向かって甘い声でこう囁いた。


 ――I Love You――


 もちろんマイクでサーキット中に声が届いている状態で、である。


 まさかの衝撃の告白に、会場全体がどおおおおおっ! と湧いたその瞬間、ベガはイルカの両頬を両手の平で包んで……。


 ちゅむっ、とイルカの唇に、自分の口で吸い付いた。



 この瞬間沸き起こった歓声が、野を超え山を越え、村中に響き渡ったのは言うまでもない――

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