第33話 運命のレース・前編
12月22日、阿波カートランド。
カートレース四国選手権の第9戦が行われるこの日の早朝から、選手たちは異様な熱気と、悶々と渦巻く情念に心震わせていた。
その原因は、パドック前に陣取る大勢の撮影スタッフと、その機材や専用のワゴン車に描かれた『NHKt徳島放送局』のロゴだ。
(やっべ、俺全国のTVに映るかもー)
(クリスマスイブ放送なんだよな……彼女のいない俺の聖夜に潤いをくれえぇぇぇ)
(ここで活躍したら、全日本の強豪チームからスカウト来るかも……)
(F3、いやF4のチームでいい。俺の実力が目に止まれば、未来が開けるかも!)
そう。このレースは日本の国営放送である『日本放送協議通信』ことNHKtに全国放送されることが決まっていたのだ。と言っても全国ニュースの終わりの15分程度の『地方の話題』にさくっと流される程度の物でしかないが、それでもやはり個人のインスタやSNSとは段違いの重みがある。
そんなメジャーな放送に映るかもしれないという淡い期待が、また
「やれやれ……みんなさすがに燃えてるなぁ」
頭を掻きながらそうこぼしたのは美郷学園のエース、イルカこと
「ワタシも燃えてマスヨー!」
「僕はプレッシャーでしんどいですよ、デビューがこんな目立つレースだなんて」
今回の美郷学園の参加はイルカとベガ、そしてレース初参加のガンちゃんの3人だ。と言ってもガンちゃんも夏の耐久レースには参加して優勝までしてるので今更ではあるのだが。
「こういう時こそ平常心だよ。体はヒート、心はクールに、だ」
「「はいっ!」」
黒木コーチの激励に全員が応える。そう、余計な気負いで実力以上の事をしようとしても失敗するのがレースというものだ。例え新テクに挑むにしても、その原理や技術をしっかりと理解しておかないと破綻するのは、イルカもベガも夏から秋にかけて学んだばかりだ。
一方でこの状況を作った張本人は、彼らを見ながらしてやったりの表情でアゴを撫でてほくそ笑んでいた、それは誰あろう国分寺高校の斉藤である。
(あの文化祭でNHKtのヒトが隣に座って来た時、二人の事を教えたのは大正解だったようだな!)
そう。斉藤はあの演劇の時、あの劇の主人公とヒロインがレーシングカートやってますよと教えたのだ。それは単に自分たちのやってるスポーツをNHKtにもっと広めて欲しいと思ったが故なのだが、まさかこうまでトントン拍子に放送してもらえるとは思っていなかった。
ましてフレッシュマンクラスの優勝に手がかかっている彼にとって、もしそれが実現して優勝+全国放送なんて展開になれば、いろいろとオイシイ結果を期待するのも無理の無い事だ、国分寺高校の部長として、自分たちの部活と学校の知名度を上げられれば学校のヒーローとなり、内申書の評価もうなぎ上りだろう。
(今回こそ、絶対に勝つ!)
今回のレースはNHKtの取材という事もあり、特別なスケジュールが組まれていた。いつもはタイムアタックの後で2回の予選ヒート(各10周)があり、その結果で決勝25周のスタート順が決まるのだが、今日は番組の取材時間を取るための時間短縮措置として予選ヒートが無く、代わりに決勝が30周でのレースとなる。
つまり、タイムアタックがそのまま決勝のスタート順位に直結する、といういわけだ。
あと、決勝レースは
四国選手権のポイント争いが続けられているオープンクラスを優先して終わらせて、万一に番組の撮影が長引いて天候が悪くなっても影響が無いようにと考慮されたのだ。
いよいよタイムアタックのスタートだ。カーナンバー1のイルカ、2のベガ、そして3のガンちゃんがピットロードに車を並べ、スタートの時を待つ。
ベガの押し掛けを担当する美香がリアバンパーに手をかけ、そしてベガに顔を近づけてウインクしながら激励を飛ばす。
「ベガパイセン、男どもなんざぶっちぎっちゃってください♪」
「OK、マカセテ!」
そう、美香だけは知っているのだ。ベガの走り、特に1コーナーのテクが飛躍的に上がっていて、最後の方にはファーステストラップまで叩き出した事を。
イルカも、斉藤も、そして他の強豪選手も知らない優勝候補が、ここにいる事を!
スタートフラッグが振られ、イルカがコースインしていく。ほどなくフラッガーがベガの前に立ち、日の丸を目の前に掲げて「READY」のサインを示す。
ベガはフルフェイスのヘルメットを被ったままこくりと頷き、美香もそれを見て心をワクワクさせながら、その合図を待つ。
ばばっ!
「サァ、行きマッスヨー!!」
――彼女にとっての運命のレースが、いよいよ幕を開ける――
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