第32話 機械の国の王子様と、魔法の国のお姫様

「美郷村のゆずを使ったゆずソフトクリーム、おいしいですよー」

「地元の卵と徳島名物金時豆の入ったお好み焼き、いかがですかー」

「川田川上流で採取したキレイな石の数々、インテリアや園芸に是非どうぞ」


 11月中旬。美郷学園文化祭の日、グラウンドの通路に並んだ屋台から生徒たちの威勢のいい呼び込みの声が来校者の興味を引き、人だかりを作っている。


「カート部屋台、有田ラーメン提供のモツ煮込み、ベリーエクセレントデスヨー」

 我らがレーシングカート部も、有田ラーメンの協力を得てのモツ煮込み鍋を売り上げるべく、呼び込みと調理に精を出す。地元ではお馴染みの飲食店の協力だけに、他の部の屋台には負けられない所だ。


「お、やっとるなぁ」

「Hi、オショーさん、イラッシャイマセー」

 白雲夫妻が早速モツ煮込みを買いに来てくれた。まぁ手には缶ビールを持っているあたり、ツマミになるのは明白なのだが。

「オサケとタバコは所定の場所でオネガイシマスネー」

「ほいよ、二人前あがったよー」

「600円にナリマース」


 美郷学園の文化祭は実はかなりガチなイベントだ。全校生徒がわずか53名の私立高校である当学園は度々廃校のピンチに立たされてきたのだが、それを回避するためにはやはり話題作りしかない。

 文化祭のこの日に限っては『過疎高校の文化祭への取り組み』というフレコミで、地元の雑誌やTV局が取材に来る事もあり、生徒たちも全員で真剣勝負モードなのだ。


 そんな学園の頑張りに加えて、地元の住民にとっては娯楽の少ない村での年一イベントを楽しみにしており、毎年なかなかの盛況ぶりで話題になっている。

 もちろん生徒たちも知り合いや他校の部活仲間へと声をかけた事もあって、今年も十分な集客が見込めそうだ。


「ようイルカ、来てやったぜー」

「モツ鍋ておっさんかよ、渋っ!!」

 カート部のライバル、国分寺高校の面々もやって来た。県内でたった二校残ったマイナー部活同士のお情けで、毎年律義に顔を出してくれている。もちろんこちらも向こうの文化祭にはちゃんと顔出ししているので、ウィンウィンな関係と言えるだろう。


「ようイルカ。今年はお前ら二年が演劇なんだろ、楽しみにしてるぜ」

 部長の斉藤がモツ煮のスチロール椀を受け取りながら顔をニヤつかせてそう声をかける。文化祭のメインである演劇は二年生の担当で、毎年レベルの高い舞台を披露していて、来客たちの大きな楽しみの一つだったりする。


「イルカは主役デーッス! 楽しみにコウゴキタイ、デスヨ!」

「こらこらベガ、ネタバレ禁止だっつーの!」

「OH、ソーリー」


 ちなみに1年生の出し物は校舎一階の教室と廊下全体を使ったお化け屋敷だ。各教室が迷路になっていて、入場してすぐにお化けに扮した一年生が追いかけて行き、出口まで逃げきれれば商品が出るという鬼ごっこ形式になっていて、毎年人気のアトラクションとなっている。

 まぁ小さな子供には追跡をゆるゆるにし、大人にはガチで追跡、カップルは閉じ込めたり挟み撃ちにしたりしてたっぷり怖がらせる、というお約束のハンデはもちろんあるのだが。

 今頃ガンちゃんと美香も、気合の入ったお化けコスプレで入場者を追いかけまわしている事だろう。


 3年生は来客の案内や駐車場の誘導、迷子の保護や会場のゴミ拾いなど、全体の運営に当たっている。受験でリハの時間が取れない都合もあるが、やはり社会に出る前にこういった経験を積むのが大事だという方針でそうなっている、これも毎年の恒例だ。


 正午のチャイムが鳴り、お化け屋敷の営業が終了してガンちゃんと美香が戻って来る。これからお昼時という事もあってモツ煮込み屋はここからが売り上げの勝負タイムだ。


 ベガ、イルカ、ガンちゃん、美香の四人が大忙しで売りまくった結果、無事に販売ノルマを達成して鍋を空にする事が出来た。

「じゃ、お二人はそろそろ演劇に向かわないと」

「ですねー。後かたづけ終わったら見に行きますよ」

 ガンちゃんと美香にそう声をかけられるベガとイルカ。現在午後一時半、二年生の演劇は二時半開始なので、そろそろ体育館に行って準備を始めなければならない。二人はエプロンを外して後片付けを後輩に任せ、2年生の教室へと向かう。


「サァ、いよいよデスネ、イルカ!」

「あー、まぁ頑張るしかないわな。たのむぜプリンセス!」

「ヤハハー、そう呼ばれるとヤッパ照れマス」


 情報はまだ未公開だが、実はこの二人主人公とヒロインだったりする。2学期になって委員長になった(※立候補!)ベガがみんなをぐいぐい引っ張って檄を盛り立てていき、そのテンションに乗っかった2年生全員が本番までに例年以上のクオリティに仕上げてきている。

 さぁ、あとは本番のみ!


  ◇         ◇        ◇


――ご来場の皆様、大変お待たせいたしました――

――只今より美郷学園二年生による演劇――


――『機械の国の王子様と、魔法の国のお姫様』を上映いたします――


 幕が上がると同時にアナウンスされた演劇タイトルに応えて満員の観客が拍手する。さてさて、今年はどんな劇を見せてくれるのかな?


――昔か今かはたまた未来か、とにかくどっかの世界に、大変美しい魔法の国のお姫様がおりました――


「イェアー! ハァーイ♪ アイムウィッチプリンセスーッ!」

 テンションMAXで登場したのは、なぜかプ〇キュアやセーラー〇ーンを思わせる魔法少女コスで登場した金髪の美女だ。


 続けて同じようなきわどいコスチュームをした女子が2名登場してお姫様の左右を固めると、うやうやしくかしずいてから、なぜか手にしたハリセンで、すっぱあぁぁぁん! と姫の頭をハタく。


「いけませんお姫様、こんな所に来ては機械の国の兵隊にさらわれます」

「あと名乗るの禁止! 私達の影武者の意味が無いではありませんか」

「エー、それじゃショーニンヨッキューが満たされませんヨ」


 満たしてどないすんじゃい! と再度ハリセンでシバかれるお姫様。西洋風の舞台に魔法少女コス+どつき漫才というつかみに、客席のあちこちからクスクス笑いが起こる。

 もちろん姫はベガで、脇を固める二人はクラスメイトの尾根と横羽だ。普段は大人しいこの二人だが、主役にこうもはっちゃけられては彼女たちも本気を出さざるを得ない。



 場面転換し、今度は機械の国のお城のステージとなる。



――その魔法の国と長き戦争を続ける機械の国。ここにはたいへん男前イケメンの王子様がおったそうな――


 夜のステージ。アナウンスと同時にライトアップされた城のテラスに現れた王子様をお客が見て、見て……


 大爆笑が巻き起こった。


「ぎゃはははははっ!」

「イケメンってそれかよ!」

「オイオイオイ機械の国ちょっと待てや」


 乱れ飛ぶツッコミも無理なき事。登場した王子様とやらはなんと人型をしたロボット。それもいかにも昭和チックな、四角の頭にブリキっぽい胴体や手足。顔は目がランプで口が吸気口か排水溝のような檻デザインで、頭の上にはいかにもなアンテナが取り付けられている。

 しかもカクカク歩くたびにガッシュガッシュと機械音をたて、立ち止まったらプシューと蒸気を吹き出す。口からはコーホーコーホーと呼吸音がやたら主張しており、彼をイケメン王子様と称するのは人類にはあまりに早すぎだ。


「アー、ウルワシキ、マホウノクニノオヒメサマ。ゼヒイチド、オアイシタイ」

 月を見上げて両手を合わせ、乙女チックなポーズで祈るブリキロボット。


「なりませぬ、なりませぬぞ王子様!」

「魔法の国の姫は怪しげな術を操ると聞いております。そんな者に近づけば……」

 何故か姿で現れた、白衣を纏った部下らしき2名が王子の傍らに付き、そこからオペラやミュージカルよろしく観客に向かって歌い上げる。


「あの魔法の~♪ 国のセンス~、最悪~なれば~♪」

「この美しく~♪ 最先端のスタイルの王子の姿が~、いかがわしく変えられてしまう~うぅぅぅぅぅ↓」

「「せっかく我らが~、デザインした~、この美しいお姿がぁ~、だぁいぃなぁしぃぃぃ~♪」」


 ちなみに二人はクラスメイトの土坂と西園だ。なるほど白衣にスパナやドライバーを手にした彼らは、いかにも王子をこのダサい姿に変えた張本人っぽく見える。


 まぁ事実彼らが戦争の黒幕なのだが。



 そこから先のお話は、シリアスをスチャラカで分断しつつ、真面目なテーマにコメディを存分にふりかけたような内容だった。

 魔法少女軍団と昭和ブリキメカ軍のひたすら噛み合わない戦いとか、王子と姫の逢瀬のシーンで黒幕が王子をリモコンで操って心に無いセリフを吐かせるとか、姫がメテオフォールの呪文を唱えたら上からタライが落っこちて来て黒幕二人に直撃、遅れて王子と姫にもタライが豪快に直撃して姫が眠りにつくとか、その目を覚まさせるために魔女が用意した毒リンゴを王子が胸に装備しているミキサーで絞って解毒ジュースにするとか、それを口移しで飲ませようとしてロボットの口が開かずに姫にゲロをかけたような汚い絵面になるとか、それで目覚めた姫が怒りの鉄拳を王子に食らわせたとか……


 まぁ、一言でいえばカオスな劇であった。


 そしてカーテンコール。大いにウケた劇に観客の絶賛の拍手を受けながら、2年生16名が居並んで見てくれたお客さん達に頭を下げ、皆で手を繋いで笑顔で声援に応える。



 やがて幕が下り、その裏で吉野先生はじめ2年生全員がお互いの頑張りを称えて握手したりハグしたりしていた。


 そんな時だった。その舞台袖に、一人のサングラスをかけた男が入って来たのは。


「あ、あの、今は立ち入り禁止てすよ?」

 吉野先生が対応するも、男は「まぁまぁ」と友好的な態度を示しつつ、胸ポケットから一枚の名刺を出す。


「ええと、鐘巻 英樹かねまき ひできさん……え、NHKt徳島支部の、部長さん?」

「はい。先程の演劇楽しませていただきました。後日バッチリTV放映させて頂きますよ」

 思わずサプライズに生徒たちが色めき立つ。地方のローカルTVのみならず、国営放送のNHKtの地方番組として取り上げてくれるのだから、無理も無い事だった。


「いやったぁ、全国放送に映る!」

「マジっすか、これは録画必須やねぇ」


 と、その男はベガとイルカを交互に見やって、ふふん、と笑顔を見せた後、ふたりに声をかけた。


「観客の人から聞きました。今回の主役のお二人さん、レーシングカートをされているとか」

「あ、ハイ。俺とベガはカート部ですけど」

「Yes! 12月にもレースがありマスヨ!」

 大人の雰囲気にちょっと押され気味なイルカと、笑顔でむん! と胸を張って自信を覗かせるベガ。


「それは面白そうだ。お二人をメインにしたそのレース放映の企画、立ち上げてみましょう!」


 さらりと出たそのセリフに、居合わせた全員が思わず顔を見合わせて、そして絶叫した。


 ――えええええええーっ!?―― 



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