第28話 速さへの糸口

「と、いうワケで、モットモット速くなりたいんデスヨ! 今のイルカに張り合えるくらいに!」

「えーっと……私受験勉強中なんだけど、ねぇ」

「まーまーお姉ちゃん。息抜きがてら後輩のアドバイスに応えるのもいいじゃん」


 修学旅行から帰ったベガは、お土産を渡すという名目で坂本家を訪れた際、さっそく星奈に上達のアドバイスをせがんでいた。


 星奈は9月のレースで3位表彰台をゲットして引退したばかりで、当然腕に関しても今のベガよりずっと上だ。彼女にしたら教わる事はまだまだあるだろう。

 何よりそろそろベガのドラテクが頭打ちなのもあって、何か一発大きなレベルアップを果たさないと、イルカを追いかけるのは叶いそうもない。


「でもさ、いきなりイルカに追いつくのはやっぱ無理だよ。あいつこないだのレースでいきなり33秒台に突入しちゃってたしねぇ」

「だよねー」

 あの時知る事が出来た3コーナーのドリフト。チームカタツムリの椿山選手から教えてもらった力づくの技法テクを会得したのは、皮肉にも聞き出したベガではなくイルカのほうだった。

 シートに自分の腰と尻を叩きつけて無理矢理にマシンの向きを変えるその技は、女子の体重や体幹そして柔肌では実行するのは無理があったのだ。


「ま、それとは別の方法でタイムを稼ぐ方法はあるけどね」

「ホントウですか!? ぜひ、是非教えてクダサイッ!」


 引退時の星奈のタイムは34秒台、対して今のベガは35秒台。つまり星奈からしたらまだまだ詰める余地はあるのは当然だろう。


※ 舞台となる『阿波カートランド』レイアウト(近況ノート画像)

https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16818093082430820972


「ね、私の走りで、1コーナーから2コーナーへ向かう時とか、5コーナーとかでやってる事知ってる?」

「エーット、ドッチも左カーブですネ……ホワット?」

「あー、あそこねー。お姉ちゃんアレやらせる気?」


 右回りの阿波カートランドで左コーナーは4と5のふたつ。あと1と2の間のゆるい左曲がりも入れて3つだけだ。


「そこでね、私は体重を思いきり右にかけて、左のリアタイヤをちょいのよ」

「ア! 思い出しマシタ。初めてセナの走りを見た時、アソコのシャチョーさんがそう言ってマシタ……アレって、その二か所だけなんデスカ?」


 ベガが初めてカートに乗ってクタクタになり、その後で星奈の走りを見た時、彼女の全身を使ったダイナミックな乗り方に驚かされた記憶がある。その時に大谷社長から教えられた言葉が「カートは腰で、お尻で乗るんだよ」だった。


 イルカは3コーナーで例のドリフト、そして星奈はそのふたつの左コーナーでの『三輪走行』で、まさにその言葉通りの走りを実践していたのだ。


 カートは駆動輪である後輪が一本のシャフトで直結している為、アクセルを踏めば左右同時に同じ力で路面を蹴飛ばす為、ひたすらに真っ直ぐ走ろうとする。

 が、もしコーナーの途中でアクセルを踏んだ時、イン側のリアタイヤが浮いていれば、地面を蹴飛ばすのはアウト側のリアタイヤだけになる為に、そこから巻き込むように曲がりながら加速する事が可能なのだ。


 とはいえどのコーナーでも使えるわけではない。カートは重量物のエンジンが右に乗っている為、左リアは持ち上げられても右リアを持ち上げるのはまず無理だろう。また4コーナーは直角で曲がりの時間が短いので浮かせてもあまり意味が無い。


 結果、阿波カートランドでこのテクが使えるのは、星奈の言う二か所だけになるわけだ。


 余談だが、全日本に出場するような強者カートレーサーには、なんと片輪を思いっきり浮かせて右の前後タイヤだけでフラフラと片輪走行するツワモノもいるらしい。もちろんレース中にやるんじゃなくて単なる一発芸の類ではあるが、その際も浮かせるのは必ずエンジンの無い左側なのだ。


「ソレ、教えてクダサイっ!」

 ベガがガバッと頭を下げて頼み込む。彼女の後頭部の金髪ポニーテールがぴょこんと跳ねて、ホウキのように畳をさわっ、と掃く。


「じゃ、今週末にでも早速練習に行きますか」

「だーかーらー、私は受験勉強中なんだけどー」


  ◇        ◇        ◇

 

 週末の土曜日。さっそくベガは美香&ガンちゃんと一緒にカートランドへ練習に出向いた。ちなみに星奈はさすがに来ていなくて、スマホでリモートワーク的にアドバイスをしてもらう事になっている。

 ちなみにイルカは自宅ラーメン屋のバイトで欠席、ガンちゃんは二人のメカニックとしてセッティングを担当、走らないので走行料金ナシでの参加だ。


「えーっと、まず右側リアのフレーム剛性を落として、リアトレッドを広めに取る、と」

 メカが得意なガンちゃんがホタル号のセッティングをイジッていく。コーナーで横Gを利用してリアを浮かせるには、マシンがある程度しなる為の剛性ダウンが必要だ。加えてタイヤの左右が広い方がより浮かせやすくなる。


 が、そう言ったセッテイングの変更は、今まで慣れ親しんだベガのドライビングを狂わせる可能性も高いのだ。ふたつのコーナーの速さを上げる為に、他のコーナーやストレートが遅くなっては意味が無い。


 ――ビイィィィィーン――


 それでも現状を打破すべく、今までと違うマシンセッティングでコースを攻めに出るベガ。その様をスマホで撮影し、星奈に送ってアドバイスを返信してもらい続ける。


……


「ハァッ、ハァッ、ハァ……上手くいきまセン、ネ」


 何度もトライ&エラーを繰り返したが、思うような三輪走行は出来ないでいた。そして案の定、セットを変えたベガの走りはいつもよりぎこちなく、ついにタイムを37秒台まで落っことしてしまっていたのだ。速く走る為にスタイル改造して、逆にタイムを落としてしまっては意味が無い。


 開き直ってセッティングを戻し、自力で思いっきり体重を外にかけて三輪走行を試みたが、それでもタイムアップには繋がらなかった。


『体重は私よりあるんだから、もう少しコーナー進入のスピードを上げられれば、横Gも増えてタイヤ浮かせられそうなんだけどねぇ』


 星奈のアドバイス通り、マシンの剛性を戻したホタル号で後輪を浮かすには、あと少し横にかかる遠心力、つまり突っ込み時のコーナースピードが欲しい所だ。

 かといってより浮かせやすくしようと剛性を落とせば、今度は前のコーナーの脱出速度がさらに落ちてしまう。


 ひとつを伸ばそうとすれば、別の所でデメリットが出てしまう。それはレースに限らず、あらゆるスポーツでアスリートたちが日々悩んでいる、大きな課題であり『壁』なのだ。

 スタートの姿勢をほんの少し変えるだけで短距離走のリズムが崩れ、フォームを少し変えればゴルフのショットがまっすぐ飛ばなくなるように。


 ベガ・ステラ・天川もまた、この大きな壁に進歩を阻まれていた。


 そして11月初旬。特に成果の無いまま、ベガにとって3度目のレースの日が訪れる――

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