第27話 憧れのザ・ニッポン!

「「いぇ~い、フッジッサーンーッ!!」」


 静岡県三島市、三島スカイウォークにて。ベガ・ステラ・天川は、おのぼりさんのクラスメイト達と一緒に、間近に見える日本の象徴、富士山を仰ぎ見て大はしゃぎしていた。


 10月某日。美郷学園二年生は修学旅行の真っ最中だ。三日かけてここ静岡県の三島スカイウォーク、富士山と駿河湾が一望できる風光明媚な公園へとやって来ていた。


 明日にはここを発ち、いよいよ東京へと向かうことになる。日本の象徴のフジサンを体験した翌日に、待望のトーキョーへと向かうともなれば、彼女がテンションMAXになるのも無理はないだろう。


 スカイウォークの名の通りの、高い高い一本橋をキャイキャイはしゃぎながら渡り切った後、早速ここ一番のアトラクションにトライするベガ。


 ――イヤッホー! アイキャンフラーイ、アーアア~ッ――


「うわ、怖っ!!」

「あ、あたし無理~」

 名物のジップスライダーを堪能するベガを見て、同じ班の尾根 理久子おね りくこ横羽 一美よこば かずみが思わず顔をしかめる。言ってみればただのターザンロープなのだが、なんせ山と山の間を繋いだ300mもの長距離で、高さは100m以上にもなる空中散歩だ。度胸が無ければチャレンジする気にはなれないだろう。


 往復して帰って来たベガに、横羽達が声をかける。

「おつかれー」

「なんか観光客の外人も多いから、ベガちゃん高校生って思われないかも」

 一応学生服は来ているが、金髪碧眼で長身の彼女は田舎の学校の修学旅行生というよりも、この場にも多くいる外国人観光客と言った方がしっくりくるかもしれない。


「二人モ飛んでくればイイノニ」

「無理無理無理、カートより怖いから!」

「明日は東京なのに、ここで神経使い切る気にはなれないわよ」


 初日に奈良県の寺社巡り、二日目には三重県の工業地帯見学を終えてのハードスケジュールに、そろそろ彼女たちの電池たいりょくの残量は残り少な目で、楽しみにしていたメインの東京での自由行動に備えて余力を残しておきたいらしい。まぁ、ベガにしてみたらまだまだエネルギーは有り余っているのだが。


「今、有田君たちが飛んでるから、帰ってきたら明日のミーティングしましょ」

「だねー」

 プリントを広げてそう言う尾根の言葉に横羽も同意する。明日の東京観光は男女三人づつの六人班行動、その計画を今日ここで決めて、夜までに提出しなければならないのだ。


「ウ……ウン」

 ベガはちょっと顔を曇らせてそう答えた。その顔を覗き込んだ横羽が、ふむ、とアゴを撫でて聞いて来る。

「ね、ベガって、有田君と何かあった?」

「ホワイ!?」

 びっくぅ、と分かりやすく動揺したベガが、顔を真っ赤にしつつ硬直する。


「どーも9月ごろから彼とギクシャクしてんのよねぇ、ケンカでもしたの?」

「ノ、ノンノンノンノン!!! なんでもナイデスヨ!?」

 全力で否定するベガだが、内面を思いっきりボディランゲージするその性格では隠しようもない、つまりはバレバレである。

 

  ◇        ◇        ◇


「ふーん、ようするに有田君と張り合えるようになりたいわけだ」

「……カートバカ」

「OH、ツッコミがきついデス」


 結局全部話すことになってしまった。9月のレースでイルカに追いかけられた事で彼を意識するようになった事、でもあの時、抜かれて置いて行かれた事が少しトラウマになっている事、そのせいで踏み込めずに、最近はなんとなくイルカと距離を取ってしまっている事などを白状する。同じ女子という事もあってつい口が軽くなってしまったようだ。


「で、張り合えたら告白すんの?」

「したって来年には帰るんでしょ、アメリカに」

 そう、根本的な問題はそこにもある。二人にしても友人の恋を叶えてあげたい気持ちはあるが、その先に待っているのは結局お別れなのだ。むしろフラれたほうが後腐れなく日本を去れるという皮肉な状況なのである。


「ソレはベツにいいデスヨ? また会いにくればいいだけデス」

 あっけらかんと返すベガに、二人が「えー」という顔を向ける。まぁベガはイルカとの関係を織姫と彦星になぞらえているので、遠距離恋愛上等でなんとかなるさ、なノリなのだが。


「おーい、とりあえず明日の予定決めようぜー」

 そう言って合流して来たのは同じ班の男子三人、イルカこと有田 依瑠夏あらた いるかと、クラスメイトの土坂 頼三とさか よりぞう西園 実にしぞの みのるだ。

 大都市の東京で修学旅行の田舎者おのぼりさんがウロウロしていると、あらぬ犯罪やトラブルに巻き込まれる可能性も無くはない。なので明日は班行動およびその予定の学校側の把握は必須と言っていい。


「じゃ、行きたい所はー?」

 班長、土坂の質問に全員が希望を述べる。


「秋葉原ー」

「ラーメン太郎!」

「スカイツリー」

「かみなりもんでしょー?」

「東京タワーデーッス!」

「原宿~」


 見事に全員バラバラである。まぁどの班もそんなもんなんだが。


  ◇        ◇        ◇


「AH、やっぱりテンボーダイからの眺めはゼッケーデス……ってドーシマシタ?」


 翌日。東京到着後に早速観光をすべく『朝食』を取り、東京タワーの展望台に登ったはいいが、ベガ以外の五人はそこいらで座り込んだり、うずくまったりしてダウンしている。


「や、やっぱ朝からラーメン太郎は、無理だった、かも……」

「ベガちゃん、どんな胃袋してんのよ」

「なんだよあの肉の量、ウチの参考に全くならねー」


 昨日、結局全員の希望を汲んで観光スケジュールを決めたのはいいが、最初の目的地をイルカ希望の東京ラーメン名物店『ラーメン太郎』にしたのは大失敗だったようだ。


「パワーモーニングみたいで美味しかったですケド?」


 混雑を避けるために開店時から並んだのは正解だったが、お肉もりもり、油マシマシの超ど級こってりラーメンを朝からかっこんで平気なのはまぁ肉食人種アメリカンのベガくらいのもんだ。


 かくして観光スケジュールは大幅に変更され、午前中は東京タワー周辺でまったり過ごすことになった。

 まぁここなら階下にお土産物屋さんはいくらでもあるし、ここで必要な買い物を済ませてから、原宿でウィンドウショッピングと雷門観光をしてお終いになるだろう。

 秋葉原の同人誌の類は通販でも買えるし、スカイツリーは今いる東京タワーと被るからという理由でボツになったというわけだ。


「そうなると、逆にちょっと時間余るよなぁ」

「ア、あそこにゲームセンターありますヨ? ちょっと入ってみまショウ!」


 余り時間を利用して入ったのは階下にある『DED゜TOKYO TOWER』というアミューズメント施設だ。主にアトラクション型のゲームが多く設置されていて、時間つぶしにはもってこいだろう。


「お! なぁベガ、カートのゲームあるじゃん、やってみねぇか?」

「……望むところデス!」


 イルカとベガ、二人して早速ゴーカートの筐体があるゲームに向かう。


「って、なんかベガちゃん気合入ってね?」

「炎のオーラが見えるようだ……」

 なんか背中からゴゴゴゴゴという音が聞こえるような圧を感じさせるベガの背中を見て、西園と土坂が思わず冷や汗を流す。


(あー、ゲームでもカートなら有田君に負けたくないのね……)

 事情を察した横羽と尾根が顔を見合わせて頷き、ベガちゃん頑張れと心でエールを送る。

 VRゴーグルを装着し、ゲームの世界の中に入り込んだ二人が今、スターティンググリッドについてステアリングを握る――


 ………… 


「ったくもー、なんだコレは」

「ホンモノとゼンゼン違いマスヨ……」


 カートゲームにドハマリする土坂たち四人をベンチで眺めながら、がっくりと落胆してそう不満を述べるイルカとベガ。

 彼らは何度かのプレイを経て、土坂らシロート4人にぼろ負けし続けたのだ……本職なのに。


 まぁゲームなので思いっきりハンドルを切り込めばどんな急コーナーでもインに張り付いて曲がれるし、吹っ飛んでカベに激突しても跳ね返ってコースに戻れるトンデモ仕様じゃ、まともにカートドライブしても意味はない。


「体重移動も効かねーしなぁ」

「ブレーキ踏んでハンドル切ったら曲がれるってオカシイデスヨ!」

「これ作ったやつ、絶対カート乗ったことねぇわ」


 ぐだを巻く二人を尻目に、仲間の四人は「じゃ、もう一回」「今度は私が一着よ」

などと完全に楽しんでいる。どーでもいいけどこの後の観光時間がどんどん無くなってきているのだが、それを告げても聞く耳を持たないくらいに没入している。まぁ、徳島の田舎にこんな施設はまずないんで、有意義な観光時間ではあるんだろうけど……


「なぁベガ。あいつら今度阿波カートランドに誘ってぶっちぎてやろうぜ」

「ア、いいデスネ、ソレ」


 素人相手に大人げない悪だくみを考える二人。まぁ四人とも夏の耐久レースには出たので全くの素人ではないんだけど、スプリントカートに乗り慣れている二人にかかれば相手にならないのは当たり前だろう。

 まぁ、この提案自体が冗談というか、この場でゲームに負けたことに対する負け惜しみなのだが。



「カートか……なぁ、ベガ」

「何ですカ?」


 一呼吸おいて真剣な表情で語るイルカ。その圧に少し気圧されながらも、その目を真っすぐ見つめて聞き返す。


「俺、次からはガチで優勝狙うよ。黒木部長も優勝したし、俺ももうソレが見えてると思うんだ」


 ずきっ、と胸が痛むベガ。確かに前のレースでイルカは終盤33秒台をたたき出し、レースの最速ラップまで記録した。あの速さをもってすればフレッシュマンクラスでも優勝は十分視野に入るだろう。


 そしてそれが、二人の『距離』を広げている、そんな気がしているから。


「だからさ、ベガには感謝してる。あの椿山選手のドリフトを教えてくれてサンキュな」

「イエ、あくまでイルカの実力デスヨ」

「ンなことねーって、あれで見える世界が変わったよ、本当に!」


 嬉々として語るイルカに対して、ベガはますます落ち込んでいく。上達していくのは確かに楽しいだろうが、それは置いていかれる側にとっては空しいだけの話なのだから。


「チョット、失礼シマス」

 そういって顔を伏せたままトイレに向かうベガ。イルカはそれを見て、ようやくベガがどこか元気がないのに気付いた。


「なんだ? 今頃ラーメンがキツくなってきたのかな」

「この、おバカっ!」


 パンパンッ! と後ろから尾根と横羽にパンフレットでシバかれるイルカ。


「痛ってーな、何だよ二人とも!」


 イルカの抗議に、やれやれと首を振りながら心で嘆く女子二人。

(せーっかくいい雰囲気になると思ったのにねぇ)

(こーの鈍感男は)




 トイレの個室に籠りながら、ベガは目に涙をためて、心で繰り返し嘆いていた。


(上手くなりたい、速くなりたい、違う世界を見たい……)


 ――イルカと、並んで走りたい――

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