第21話 みんなレースがやりたいっ!
レース開始から約二時間。正午を少し過ぎたタイミングで、一台のカートがドライバーチェンジするべくピットインしてくる。
「ハァッ、ハァッ、フゥー……さすがに30周はツカレマシタ」
「おつかれー。お昼の準備できてるからゆっくり食べて休んで」
「ガンバッテ尾根サン、あとはまかせマシタ」
「あはは、任されても困るけどねー」
クラスメイトの
「ご苦労様。さすがねぇ、15台くらい抜いたんじゃない?」
同じくクラスメイトの
「お疲れ様ね。さ、遠慮なく食べて」
ステイ先の奥さん、白雲三ツ江さんがおにぎりの入った竹編みの弁当箱を差し出してくれた。礼を言って早速小ぶりなおにぎりにかぶりつくベガ。
「ングンッグ……ン~、ウメボシのスッパさが美味しいデス。こっちはオカカですね、優しい味がシマス」
満面の笑みでほっぺを膨らませておにぎりを咀嚼し、水筒の麦茶をごっきゅごっきゅと飲み干すベガ。そのご健啖ぶりに周囲の面々が目を丸くする。
「ねーちゃん、あんだけ走った後でよくそんだけ食べられるなぁ」
「ンー、まぁいつも乗ってるホタル号よりはソフトデスから。それより、ウチはいま何位ですカ?」
「えーっと……32位だね。周回数は122周、トップとは5周遅れかな」
弟のマギがタブレットを眺めながらそう返す。各々のカートマシンに付けている通信センサーを介して、チームには現在の順位や周回数がリアルタイムで把握できるようになっているのだ。
一番手で出た白雲三太夫と二番手で出たベガの父、豪人は案の定というか、重すぎる体重(三太夫82kg、豪人95kg)が災いして、受け持ちの周回中(10周ずつ)はずっと最下位だった。非力なFK-9はウェイトが重ければそのハンデは露骨に表れるからやむなき事である。
もっともベガはそれを承知で二人を最初に出したのだ。なにせ55台ものマシンがごった返すこのレース、ある程度ばらけないとまともに走れないのは事前に黒木たちに聞いて知っていた。ならいっそ最下位でも大きく離されない序盤にウェイトハンデ持ちの二人を出しておいて、そこからの追い上げを狙っていたのだ。
三番手で出たベガは、仲間達に「よく見テテ」と言っておいて、ストレートからの1コーナーでインを奪って抜く、追い越しの見本のような走りを何度も皆に見せつけた。
この耐久レースに出る選手には、彼女の仲間たち同様に初めてカートに乗る者も多く、時には怖がってアクセルを踏めなかったり、体重が重すぎて前に進まなかったりする『とても遅いマシン』と遭遇するのはよくある。そういった時の対処法として、ベガは
そんな甲斐もあってか、ベガに続いたマギ、尾根、横羽(各10周ノルマ)も初めてのカートでそこそこは走り、速い車には抜かれても遅い車をベガの見本通りにパスする事に成功した。三人とも体重が軽いのも有利に働いた点だろう。
そして意外な活躍を見せたのがベガの母、リリーだった。アメリカのドライブライセンスを持っていることもあり、砂浜用のバギーカーの運転経験があった彼女にとってFK-9は乗りこなせないマシンでは無かった。ノルマ10周を5周オーバーする15週の間に、ポジションを6つも上げて見せたのだ。
そんなこんなで七人でローテーションを続けるチームアメリカンパワァ。三人が走り終えたらベガが出て、また別の三人が走ったらベガ、というように、チームエースの彼女の出番を多くとるようにした結果、なんとか30位以内が見える所まで追い上げて来ていた。
まぁこの耐久レースはお祭り的な要素が強く、あんまりガチで優勝を狙ってるチームはほぼない。むしろカートの楽しさをより多くの人に知って貰おうと、経験者やショップのメンバーなんかも積極的に素人や初心者に声をかけて出場してもらってるのが現状だ。
「ちなみに他のチームは……ワオ! ガンちゃんチーム3位デスヨ!?」
カート部の一年、
他、『
で、トップ争いをしているのが『
そんなこんなで耐久レースは続いていく。
ベガのチームは午後も順調にポジションアップを続けていた。特にクラスメイトの尾根はスクーター通学をしていることもあり、後半になるにしたがってどんどん走りが良くなっている。10周ノルマごとに3~5台のマシンを抜いてベガ達を大いに沸かせた。
まぁ反面、三太夫や豪人は相変わらずで、出たら2~3台には抜かれるのがお約束だったが、それでも無理をせずにマイペースで走ってくれたおかげで大きなトラブルには無縁でいられた。
「明鏡止水の心じゃよ」
「メーキョーシスイしてるセンニンはオフロノゾキなんてしませんヨ?」
「HAHAHA、ミスターサンダユー、ちょっとお話がありマス」
そんな感じでピット裏に三太夫が連行されたりしていたが、実際には愛娘の成長具合を確かめたかっただけのようだ。娘が実の父親にガードが堅いのは日米共通らしい。
他の参加チームも、めいめいがチーム員と協力し、励ましながらサンデーレースを堪能していた。
将来レーサーを夢見る小学生が真剣そのものの眼差しでステアリングを握り、中学生男子が走り屋漫画気取りで「○○ドリフトー」なんて叫びながら、きっちりとグリップ走行している。
ドライバーチェンジの度に記念撮影してSNSに投稿する女子高生の集団がおり、20人以上いた大学生のチームが交代の際、ビールとノンアルコールビールをラベルを隠して二択で飲み、
若い頃にF1を夢見た中年が、夢よもう一度とばかりにサーキットを駆け抜け、普段上司にパワハラされている社会人がそのストレスをアクセルに込めて疾走する。高齢のお爺さんが孫の声援に元気付けられ、いい所を見せようと痛む腰をおしてシートに座る。
出場選手のそれぞれが、今日一日だけのレーサー気分を、レースという非日常を、存分に楽しんでいた。
午後3時30分、いよいよ残り30分を切った。この時点で多くのチームはアンカー走者が乗り込んで最後の追い上げにかかる事になる。黒木やイルカ、ガンちゃん、国分寺高校の斉藤も最後の走者としてマシンに乗り込む。
が、ベガや星奈、美香はアンカーとしては出なかった。主催者の頼みでチェッカーを振る役と表彰式のプレゼンテーターを、例のレースクィーンの格好でしてもらうように頼まれていたのだ。
なのでチームメイトに出番を任せ、コントロールタワーの控室で再び着替えてゴールの時を待つ三人。
午後3時59分20秒、トップ争いを演じるイルカと斉藤が鍔競り合いながらコントロールラインを通過する。いよいよファイナルラップだと、ベガ達三人はコースに飛び出して、フィナーレを迎えて盛り上がっていた選手たちの注目と喝采を浴びる。
「おお! 出たー、レースクィーン!」
「写真写真、ほら早く早く」
「3人ともチェッカー持ってるよ、彼女たちがフィニッシャーとか域だねぃ」
「最初に彼女達の祝福を受けるのは誰だぁっ!?」
トップ争いは相変わらず両ラーメンチームのデッドヒートだった。お互いのプライドと旗頭であるラーメン店の看板を賭けた意地の対決は、最終コーナー進入まで決着がつかないでいた。
ドン! ガリュッ、ジャアアァァァッ
その二台が最終コーナーでもつれ合うように接触し、横を向いて停車してしまった。ともにラインを譲らずにぴったり並走して突っ込んだため、両車とも相手に干渉してしまいハンドルが効かなくなってしまったのだ。
「くっ!」
「まだまだぁ!」
止まってもエンジンは停止していない。二人はカートをコース側に戻して、そこからのろのろと再加速を始める。奇しくもゼロヨンのような停止状態からのヨーイドン競争で、ゴールラインを目指す二台……
ビイィィィィーン
の、横を、一台のマシンが奇麗に抜き去って行った。
「って、おいぃぃぃっ!」
「ガンちゃんか、そりゃねーよおぉぉ」
時すでに遅し。半周近くビハインドのあったガンちゃんのカートが、停止からノロノロ状態にあった二台を最後の最後で大マクリして、そのままトップでゴールラインへと突っ込んでいく。
「「優勝おめでとーっ!」」
ベガ、星奈、美香の三人が声を合わせて叫び、チェッカーフラッグを振り回す。その横を通過したガンちゃんが両手を天に掲げ、彼のチームメイト達が躍り上がって喜びを爆発させる。
そしてそれを皮切りにイルカ&斉藤が、他の参加選手たちが、ベガチームの和尚が、次々とチェッカーを受けていく。
真夏の白昼夢、誰もがレーサーの夢を叶えるビッグイベント。
阿波カートランド6時間耐久レースは、こうしてフィナーレを迎えた。
「優勝、チーム『ガンちゃんとゆかいな仲間達』」
表彰式。表彰台の中央に立つガンちゃんと、その前に再列したメンバー達に、ベガ、星奈、美香がそれぞれのコスチュームで、選手たちの首にメダルをかけていく。
次いで二位、三位のチーム員達にもメダルが贈られ、やがてシャンパンファイトが始まる。
誰もが夏の暑さとレースの熱気、そしてレーシングマシンを操った疲れを抱えながらも、一日の充実感に皆いい笑顔ではしゃぎ、余韻を存分に楽しんでから帰途についていった。
夏の名残を惜しむようなイベントがこうして幕を閉じる。そして……
――いよいよカートレースの本格的なシーズン、秋がやって来る――
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