第20話 コースの華
8月24日。阿波カートランドはこの日、一年を通して最大のイベントである”夏の6時間耐久レース”が目当ての大勢の人でごった返していた。
ただ今日はいつものレース日とは違い、来場者のほぼ全員が
「よーし、やるぞー。ボクがゆーしょーしてF1に行くんだー!」
「左足でブレーキなのよねー、ワタシにできるかしら」
「ヘルメットが・・・・・・キツくて、入らんっ!」
「へー、あれがマシン、なんか可愛い」
「我が福徳運送エクスプレスのリレー能力を見せよ」「「おうっ!」」
会社員、社長さん、奥様、お子さん、お腹にウェイトハンデをかかえてそうなおっさん、オフ会で集った若者やギャルたち、さらにはちょっと元気なお爺さんまで。
彼ら彼女らは、『
主催のカートメーカーは3日前からもうレース用のカート55台を持ち込んでいる。いずれもFK-9という、あまりパワフルではないソフトなエンジンと自動遠心クラッチを備えた、いわばカートのスクーターともいえるモデルだ。
つまりピットインしてドライバー交代をしても、スピンやストップをしてしまっても、エンジンはかかりっぱなしなので押し掛けの必要がない。仮に何らかの理由でエンストしてしまっても、普通の車と同じようにキーを回せばエンジン始動が出来る。なので初心者がレーサー気分を味わうにはうってつけのマシンというわけである。
その割り当てもすでに終わっており、各チームが3列グリッドに並べられた自チームのカートの周りに集まって来る・・・・・・と言っても1チームにつき平均7名、多い所では10人以上のチームがあるのだから、グリッド付近はそれだけで大混雑だ。
――スタートは午前10時、6時間後の午後4時の時点で終了となります。その時点で周回数の一番多いチームが優勝となりますので、暑い中ですがみなさん、熱中症にはくれぐれも気を付けて、存分にエキサイトして下さい!――
主催者のアナウンスに会場が「イェーイ」と沸く。長丁場のレースだがチームメンバーが交代で走るので、一人の負担はそう大きなものにはならない。また腕の差が出にくい小パワーマシンなので、大事なのは大きなポカをして遅れたりマシンを走行不能にまで壊したりせずに、次のドライバーにちゃんとリレーすることだ。
ドライバーズミーティングが終わり、第一出走者がカートに乗り込んでエンジン始動のサインを待つ。
半面、女子部員が率いるチームは全員が部外者だった。チーム『F1オタク』には星奈の父親が、『のんびりランラン』には美香のクラスメイトの男子が、そして『アメリカン・パワァ』にはなんと素通寺住職の白雲三太夫が乗り込んでいる。
(あいつら……どういうつもりだ?)
最後尾グリッドから黒木が前を眺めてそう疑問に思う。女子たち何か夏休み途中から3人でつるんでいたみたいだけど、何か考えでもあるのか? と。
――スタート10分前、スタート10分前です――
場内のアナウンスが響く。各チームは作戦の最終チェックをしたり、ドライバーに水筒を渡して水を飲ませたり、逆に車から降りてトイレに走ったりと、スタート直前の慌ただしい動きを見せ始める。
(今ですヨ、サァ、イキマショウ!)
(オッケー。じゃ、お姉ちゃんも覚悟決めてね)
(ううう……わかってるわよ!)
スタートラインのすぐ脇にあるコントロールタワーのドアの中、待機していた女子高生3名が「時は来た」とばかりにバン!とドアを開け、コースに駆け寄っていく。
「って、おおおおおっ!」
「ヒューヒュー、いーねいーねー」
「おお、サプライズ」
出てきたのは美郷学園カート部の女子三人、しかもそれぞれが違う艶やかな衣装に身を包み、レースクィーンよろしく日傘を掲げて出てきたのだ。
ベガは正統派のレースクイーンのレオタードコスチュームだ。赤白青とストライプが入った派手目のカラーリングが彼女の金髪とプロポーションによくマッチしていた。
美香はホタル祭りの時にも着ていた和服で登場。まるで美少女座敷童を思わせる似合いっぷりに加えて、かざす日傘まで和紙傘というこだわりである。レースというイベントにミスマッチな姿が、かえって艶やかさを強調していて人目を強く引き付ける。
で、星奈はというと、なんとチャイナドレスを身にまとっての登場だ。ちょっとラメの入ったオレンジ色のドレスはスカート部に深くスリットが入っており、そこからチラ見えするフトモモがなんともいえない色気を醸し出している。
また黒髪を頭の左右でお団子にまとめ、その額には中華風の髪飾りが据えられていて、傘を持たない手にはいかにも中華なもこもこ羽根つき扇子が握られている。そこらのコスプレのレベルをはるかに凌駕する本気度が伺えた。
三人はそれぞれの列のグリッドの選手に日傘をかざして「頑張ってください」と笑顔で声をかけ、ひとつずつ後ろに移動してはスタート前の選手に激励を繰り返していく。
もちろん選手たちにとっては思わぬサプライズだ。間近で美少女に激励された選手は思わず顔がユルみ、第一走者でない選手は待機テントから「いーなー」「俺が行けばよかった」などと歯噛みして悔しがっている。
また彼女らを知る国分寺高校の斎藤や美郷学園の男子勢は「何やってんだあいつら(特に星奈)」とメットの下で呆れ汗を流していた。
◇ ◇ ◇
「さ、お姉ちゃん。ついにこのチャイナドレスの晴れ舞台が来たわよ~」
「ちょ、勝手に出さないでよ! っていうか着ないって」
数日前。ベガがレースクイーンの依頼に来て帰った後、美香はクローゼットの中にしまわれた星奈のチャイナドレスを手に、ニヤケ顔で姉に迫っていた。
「もうそれ着るのは二度とゴメンですからね!」
「ほほう・・・・・・でもよくこっそり着てましたよねぇ」
ニヤニヤしながらの妹のツッコミに、ぎくっ! と表情を歪める姉。
「色気あるポーズとかー、格闘ゲームのキャラのポーズとかー、お盆持ってニーハオーとか、いろやってたでしょ?」
「み、み、み、見てたの?」
顔面蒼白になって妹に問いただす姉。自室でこっそりやってた狂態ファッションショーがまさか、赤裸々に見られていたなんて、なんという不覚!
(いや、お姉ちゃんしょっちゅう口に出てたんだけど)
星奈は思ってることが時々声に出ているときがある。通販で買ったチャイナドレスをこっそり着て見ているときも、その感想やら意図やらが壁の向こうから丸聞こえだったのだ。
「ねー、おねーちゃん。来年は都会に出ていくんでしょ? そうなるとこのドレスは、晴れ舞台の無いままタンスのコヤシだよ?」
「にゅ(ぬ)……だからって、そんなモノ公衆の面前で」
「レースクイーンならそう恥ずかしくもないでしょ? あのベガパイセンがどんだけお色気コスするか想像つくでしょ。あのトナリなら……」
「う、うにゅにゅにゅにゅ……」
結局、妹の圧に負けたのと、せっかく買ったドレスの晴れ舞台に『一度だけなら』という意図もあって、やむなく現在に至るわけである。
◇ ◇ ◇
もちろんこのコスイベント、主催者や社長には了承済みである。特に主催のカートメーカーには大歓迎され、後でバイト代まで出してくれるとの事。
なんでも都会で開催する時はレースの華として、ローカルアイドルを呼んでプチコンサートをやったりするのだが、この四国の片田舎まで呼ぶのは流石に無理があったようで、思わぬハイクオリティーな代替役は願ったり叶ったりだったそうだ。
大いに好評を得た3人が、前から後ろへと激励を繰り返していき、最後尾のマシンへとたどり着く。いつものごとく一番後ろは美郷学園カート部の6チームだ。白雲和尚やガンちゃん、黒木部長やイルカに「ガンバッテネ」と愛想を振りまくベガ達。
「発案は君だろ、ベガちゃん」
「あ、バレました? 正確にはママなんですけどネ」
「ベ、ベガ先輩っ! 後で一緒に写真をいちまい、お願いしまっす!!」
「あー、ワシも撮って貰おうかの」
「星奈先輩、最後の夏にハジけましたねぇ」
「う、うるさいっ! イルカ、ニヤニヤして見るなっ!」
「お姉ちゃんのコレ、こっそり撮影して卒業アルバムに乗せちゃおっか」
「止めてえぇぇぇぇぇ」
レーシングカート部と言う、ちょっと風変わりな高校の部活動が繋いだ縁。
その輪の中にいる彼らが真夏の祭典の中、まるで円陣を組むようにして最後尾グリッドでしばし談笑する。
金髪碧眼のアメリカンガールという、今までには無かったスパイスをひとさじ加えて。
――スタート三分前っ、エンジン始動してください――
参加者たちが一斉にキーを回す。キュルルル、というセルの後、ババン、ババン、というアイドル音が、青い煙と共に立ち上る。
ベガ達はそれぞれに「がんばってね」と言葉を残してピットへと引っ込んでいく。その先でも彼女たちは大勢のギャラリーに囲まれるが、それでもまずはスタートが先決だとコースの方に注目する。
――3,2,1……スタートっ!――
日の丸が打ち振られ、55台のカートマシンが一斉にスタートする。いつもの高音のシンフォニーとはまた違った、バババババ……という重低音のオーケストラがサーキット全体に充満する。
真夏の祭典、阿波カートランド6時間耐久レースが今、始まった。
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