第19話 真夏のビッグイベント

 8月、盛夏。

 山あいの美郷村を流れる川田川の河原は、地元の人にとって格好の避暑スポットだ。今日も川遊びをする子供たちやアユ釣りを楽しむ釣り人達、キャンプ料理に舌鼓を打つ家族から、キレイな石拾いを楽しむ面々まで、様々な人が訪れていた。


「イヤアッホーッ!」

 ざっばあぁぁぁぁん!


 2mほどの岩場から、川の深場に豪快に飛び込んだのはアメリカからの留学生、ベガ・ステラ・天川だ。泳ぐと言えば海かプールしか知らない彼女にとって、川での泳ぎは特別な初体験、大はしゃぎするのも無理は無かった。


「ヒャァ、ホント水が冷たいデス! ロスのぬるい海とは全然ちがいますネ!」

「天川さーん、どーでもいーけどブラずれてるわよ」

「OH! これはいけまセン」


 クラスメイトの横羽さんに指摘され、飛び込んだはずみでズレたビキニの上を直す。その瞬間周辺にいた男どもがさっ、と彼女から視線を外す。


「天川さん無防備過ぎだって……多分見られたわよ、何人かには」

「まぁワタシのミスですし別にいいデスヨ」

「わっかんないわねー、アメリカってセクハラとかにはうるさいんじゃないの?」

「ソレは地域にもよりますネ、ワタシの地元にはヌーディストビーチなんかもありマスシ」

「ぶ! さ、さすが本場」


 わらわらと寄って来るクラスメイトの女子達との会話が弾む。今日は彼女たちを誘ってこの避暑スポットにみんなで泳ぎに来たのだが……他の皆がスクール水着な中で彼女だけがカラフルなビキニ水着なのはやはり注目の的、というか場違い感すら凄かった。


 彼女たちとボール遊びをしたり、持ち込んだミニサーフボードで上に何秒立てるか大会に興じたり、一度上がって地元のジュースに舌鼓を打ったりと、クラスメイトとの夏休みの一日を満喫するベガ。


 が、実はもう一つ。彼女にはクラス女子達を誘った理由があったりする。

「デ、前から言ってましたけど、耐久レースの出場をお願いできませんカ?」


 皆にぱん、と手を合わせておねだりするベガ。前々から声はかけてはいたが、今日の親睦会で改めて彼女らに出場を依頼してみたのだ。



 美郷カートランド真夏のビッグイベント、”6時間耐久レース大会”。


 いつものスプリントカートの大会とは完全に別カテゴリーで、初心者や素人でも気軽に参加できる、いわばカートの運動会的なイベントである。

 主催は関西の大手カートメーカー。参加のためのカートマシンも全部むこうの持ち込みで行われる。つまり参加者はチームさえ結成すれば、誰でも身一つで参加できるのだ。


 美郷学園レーシングカート部は毎年このイベントに、部員それぞれがチームを率いての参加を義務付けている。先輩方や同級生のイルカは毎年の事だけにチームメンバー集めは順調なようで、一年生たちも中学時代の仲間やクラスメイトの確保を進めている。


 なのでベガもなんとかメンバー集めをしなくちゃならない。ステイ先の白雲和尚には了解を貰ってはいるが、いかに人懐っこい性格とはいえ異国情緒あふれる彼女の誘いには二の足を踏む者が多かった、自動車レースに興味の無い女子なら尚更だ。


「ダイジョーブデス! マシンはFK-9っていう大人しいヤツですし、遊園地のゴーカートの少し速いヤツみたいなものデス!」

「でもねー、オイル臭くなるのは嫌だしー」

「ごめん、あたし旅行の予定だからパスー」

「去年参加したけども―暑くて暑くて。なにが悲しゅうてあの暑い中、何時間もゴーカート乗らなきゃならないのよー」

「あ、おっぱい分けてくれるなら参加してもいーわよー」

「マサカの無茶ぶりッ!?」


 と、いうわけでクラスメイト確保作戦は難航を極めていた。


    ◇          ◇          ◇


 夜、自室でベガは参加者のチェックに頭を悩ませる。

「ウーン……私と和尚サン、あと横羽サンと尾根サンはOKとして……あと4~5人は欲しいところデス」

 なんとか拝み倒して二人のクラスメイトに出場してもうことにはなったが、それでもまだ4人だ。しかも自分以外全員が初心者となれば、6時間の長丁場を走るにはまだまだ人数が足りない。


 この耐久レースは主催するカートメーカーが時期ごとに全国あちこちで開催しているイベントだ。その趣旨として、カートの楽しさをより多くの人に知ってもらおうという意図がある。

 勝ち負けを意識する大会じゃなくて、皆でわいわい楽しもうという類のものなのだ。

 なので参加者も会社とその家族ぐるみとか、ご親戚とそのお仲間一同とか、気の合う若者たちがSNSで集ってオフ会的に参加するとかのパターンが多い。もちろんカートショップからの参加もあるが、そこでも普段はギャラリーしているご家族も出走したりしている。


「仕方ありません……最終手段を取るとシマショウ!」

 意を決してスマホを手にし、発信履歴を画面に出してタップ。しばしの呼び出し音の後、機械的な音声が耳に届く。


――国際電話にお繋ぎします――


「It's been a long time since I've seen you, Mom and Dad.」


    ◇          ◇          ◇


 翌日の午後。ベガは坂本家、つまり星奈の家にて姉妹に事情を話してあるお願いをする。

「と、いうワケで是非ともおフタリにもお付き合いネガイマスッ!」

「絶っ対に、嫌っ!」

 アグラを掻いて頭を下げる、いわば仏門式の礼を尽くすベガを、勉強机のイスに座ったまま、心底嫌そうな顔をしてお断りする星奈。


「あたしはべつにいーけどー」

「OH! 恩にきりますミカ。ワタシだけだとどーしてもってヤツなんですよ」

「うんうん。パイセンも日本の空気を読めるようになってきたわねー、よきかなよきかな」


 座布団に座ってカップアイスを頬張りながらうんうんと頷く美香。ベガもご機嫌顔で、改めて星奈の方を見て懇願する。


「セナもゼヒ! ここは美郷学園カート部のセクシーさをアピールするチャンス」

「やらないって言ってるでしょ!」

 頑として首を縦に振らない星奈を見て、ハァ、と肩を落とすベガ。



 ベガは昨日、耐久レースのメンツを集めるべく、意を決してカリフォルニアの両親へとヘルプを求めた。ちょうど夏休み中に一度こちらに来るとの事で、出来ればレースの日に日程を合わせて来てもらって、両親にも出て貰おうと画策したのだが、帰ってきた答えが……

「I wish you could play the race queen.」

「ベガがレースクィーンをやってくれるなら出る」との事だった。


 さすがに大勢が集まる中、彼女一人がレオタードに身を包んでレースクィーンやったら周囲はドン引きだろう。そういう日本の空気を読む感覚は、転入当時の某サイコパワー軍人のパフォーマンスを外した事で理解していた。

 なので他にも仲間がいればそれも薄まるのでは、と思って坂本姉妹に協力を要請に来たのだ。

 まぁ美香の了承が取れたので大スベリはないだろうが、それでも二人きりだとまだ少し不安だ。なので是非星奈にもご協力願いたかったのだが……。



(だーいじょうぶ、私に任せて)

 そうベガに耳打ちする美香。この意固地になった星奈を説得する方法があるんだろうか、と疑問に思いながらも、そこに一抹の望みを繋げ、坂本家を後にする。


    ◇          ◇          ◇


 レースの3日前、ベガの父である豪人ゴート・J・天川と母のリリー・H・天川。そして13歳の息子でベガの弟、マギ・E・天川が来日。関空から国内便を乗り継いで徳島空港に到着した。

 税関を抜けた所で早速、半年ぶりの愛娘との再会を果たす。


「ママ! ダディ! それにマギも、元気そうでナニヨリデス!」

「HAHAHAHAHA、ますます育ちおったな、結構結構」

 早速父親の豪人に飛びつきハグして、そのままぐるぐる振り回されるベガ。弟のマギがそんな父の頭をひっぱたき「父さん目立ってるから止めて」と目を伏せて言う。


 しかしこの家族、居並んで見るとなんとも個性的だ。


 父親の豪人は日本人の癖に思いっきりアメリカ志向で、体からしてがっしりした巨体であり、身につけているのもサングラスに麦わら帽子にアロハシャツに短パンという恰好だ。黒髪とガニ股が無ければ典型的なアメリカの陽気なおっさんにしか見えない。


 母親のリリーの方は燃えるような金髪をなんと日本髪風に結って、和服までびしっ、と着こんでいる。体つきも立ち姿も見事に和服美人で、ある種の役者みたいな貫録オーラさえ醸し出している。


 マギはというと混血とは思えないほどの日本人顔で、やや華奢な体に丸眼鏡がいかにも優等生っぽさを醸し出している。ベガのザ・アメリカンな風貌とは全く持って対照的だ。


「どうも、娘さんを預からせていただいております、白雲三太夫でございます」

「妻の三ツ江です。ベガちゃんが来てから我が家は光が差したようですよ」

 袈裟を着た白雲と着物姿の奥さんが居並んで挨拶をする。応えて豪人もガハハと笑い、陽気に家族を紹介していく。


 かくして、まさに和洋折衷の一団は、田舎の空港でどうしようもなく悪目立ちしていた。


    ◇          ◇          ◇


「HAHAHA、ベガがカーレースするとはなぁ、将来はインディカーに出るか?」

「ほんにねぇ。はしたないかぎりでござんしょう」

「あーもう二人とも、見た目と言動の不一致で頭がバグるから止めて!」


 家に向かう車の中、天川夫婦の漫才を常識人の息子マギが止めにかかる。日本人の豪人がアメリカンな空気出しまくりで、金髪碧眼のリリー夫人が日本各地の和美人をごっちゃにした言葉で返す姿はもはやシュールとしか言いようが無い。


「相変わらずデスネェ」

「ねーちゃんもね」

 かたや子供の方は、完全アメリカ人な姉と純日本人的な弟である。果たして統一感の無い家族と言うべきか、それともバランスが取れていると見るべきなのだろうか。


「で、マギも耐久レース、出るでショ?」

「出てもいーけど、あまりいっぱいは走らないよ。僕体力無いし」

「んじゃマギもレースクィーンやったらどうだ? HAHAHA」

「父さんがやるなら付き合ってもいいよ」

「ダイサンジになるからやめてクダサーイ!」


 やがて素通寺に到着する一行。天川一家はまさかのお寺テンプルに目を見張り、出前で取った有田ラーメンに舌鼓を打ち、慣れない日本のフトンで就寝となった。

 そんなこんなで家族との再会を果たしたベガ。白雲夫妻とも無事打ち解けた事にホッとしながら、久々の家族勢揃いに安心感を覚えながら眠りに落ちていく。



 かくして様々な人たちの思惑を乗せ、夏のビッグイベントである耐久レースの日が、もう間近に迫っていた――

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