第15話 それぞれの想い
タイムアタック終了後、掲示板に結果と予選グリッドの順位が張り出されると、各チームの選手が群がって、その結果を食い入るように見入る。
「って、黒木部長2位じゃないですか、すごい!」
「星奈も7位、ベガちゃんは……18位か」
「ココカラ追い上げますヨー!」
フレッシュマンクラスのリザルト。美郷学園カート部の部長、黒木は33秒96を叩き出して予選2位につけていた。前回のレースで圧倒的な速さを見せた『チームカタツムリ』の社会人の2強の一角に割り込んだのだ。
星奈は34秒57で7番手。ひとつ前にはライバルである国分寺高校カート部の斎藤が付けている。
ベガは36秒29で25台中18位のポジション。アタック中にスピンして最後尾に回った車が2台いるので、実質は20位前後というところだろう。
ちなみにベガの前後に3台、国分寺高校の生徒たちがつけていた。彼らはみな1年生で、この7月のレースにデビューするのが恒例になっているらしい。つまりデビュー時期で言うならベガと同期生、というわけだ。
「ワタシ、ベガ・ステラ・天川デス! ヨロシク!」
「あ、えーっと、渡辺です」
「本田ッス」
「川奈といいます、よろしく~」
早速、敵さんと仲良くなるベガを見て、黒木や星奈はやれやれ、さすがだなぁと呆れ笑顔を見せる。これから今日1日、彼らとデッドヒートをすることになるんだけど……。
そして予選第1ヒートのスタート時間がやって来る。
一斉に押し掛けが開始され、25台のマシンが轟音を響かせて2列の隊列を作る。最終コーナーを抜けてストレートへとなだれ込む一団の脇で、
ワアアアアアアアアーン!
同じ音を発する2サイクルエンジンが共鳴するかのように鳴り響く中、後方に位置するベガもその一員としてレースに挑む。
まずは1コーナー、広がっていた車間が一斉ブレーキングによりアコーディオンのように縮んで密集する中、アウトに空きスペースを見つけてそこに飛び込んだ彼女は、ベストラインに密集してもたつく前のカートを見事にパスして見せた。
抜きどころである5コーナーで、2台のマシンがスピンか接触でコースアウトしている。巻き込まれる事無くクリアしたベガは、最終コーナーを立ち上がって1週目が終わる頃には15位まで順位を上げていた。
(ヨシ、この調子!)
気合いを入れて1コーナーへのブレーキングを決める直前、ベガのインに一台のカートが割り込んで来る。ストレートでスリップストリームに入っていたカートショップ『MSB』の選手が、そのまま1コーナーのインを奪い、まるでオーバーテイクのお手本のような躱し方でパスしていく。
(クッ……アレは確か、タイムアタックでスピンしてた選手、さすがデス!)
現にその選手はまたたく間にベガを引き離し、前を走る国分寺高校の選手たちをいいようにパッシングしていく。
その後は特に順位変動も無いまま、16位で予選第1ヒートのチェッカーを受けた。黒木や星奈も順位は変わらず、2位と7位のままだった。
予選第2ヒート。ベガはひとつの作戦を胸にレースに臨む。
(あのMSBの選手の走り、ベンキョーさせてモライマショウ)
予選ヒートは第1も第2も、タイムアタック通りのスタート順となる。ならば第2ヒートでもあの選手の怒涛の追い上げがあるだろう、その技術をちゃっかり盗もうという作戦である。
スタートから2週目のバックストレッチ、あのMSBの選手が後ろにつけているのを察したベガは、6コーナーの出口で故意にアウトに膨れて先行させると、そこから後ろに張り付いてマークする作戦に出た。
コーナリングの技術差を直線のスリップストリームで補う形で、そこから2週半ほどベガは彼について行く事が出来た。しかもその際に彼の追い越しに便乗して、ベガ自身も3台のカートをオーバーテイクする事に成功している。いわゆるコバンザメ走法だが、これもレースではかなり有効な方法と言えるのだ。
結局ベガは15位までジャンプアップして第2ヒートを終えた。黒木は変わらず2位、星奈はひとつポジションアップの6位でフィニッシュしていた。
昼休み。バイトを終えたイルカたちも交えてのランチタイムで、ここまでの成果や決勝レースに向けての作戦なんかを話し合う。
「いやもう……キッツイなんてもんじゃないね」
黒木はフロントローをキープしつつも、チームカタツムリのNo2の追い上げに悪戦苦闘するだけの予選だったらしい。もうひとりの首位の選手は彼をグングン引き離していくし、この分では最前列と言えども優勝は狙えなさそうだ。
「星奈のほうはどうだい? あとひとつジャンプアップで連続の5位入賞だけど」
「うーん、やっぱ国分寺の斉藤を抜けるかよね……あんなのに負けたくは無いんだけど」
そう言って後ろ手で指した国分寺高校のテントでは、今回も相変わらずカップラーメンの周りを踊っている選手たちの姿。なんかもう怪しい宗教みたいだ。
「ウチはこんなの用意しましたよ~」
ガンちゃんがそう言って背中から笹の枝を、美香が短冊とマジックを差し出す。
「あ、そっか。今日は七夕だった」
「これに願いを書くってか? いいねぇ風流で」
「タナバタ? なんですかソレ?」
流石にベガは知らなかったらしい。美香たちに説明を受けると、嬉々として短冊に願いを書き込む、
”今日のレースでユーショーシマース!”
「うわー、ド直球」
「しかも願いじゃなくて宣言だし」
遠慮も無しの願いを吊るすベガに習って、黒木や星奈、他の面々も短冊に願いを書いて吊るしていく。
「そういやさぁ、七夕の織姫の星って、確かこと座のベガじゃなかったっけ?」
「ホワイ、ワタシデスカ?」
年に一度の逢瀬が許される織姫と彦星、それは星座で言うならこと座のベガと、わし座のアルタイルに当たる星だ。
「なら今日の主役はワタシですネ! これはますますユーショー出来そうデス!」
「その意気ですよパイセン!」
「チェックしてましたけど、周回ごとによくなってますから」
意気上がるベガを一年コンビが盛り上げる。その後ろでイルカがうーん、と首を傾げて、七夕の逸話に自分との妙なつながりに思い当る。
(彦星は『アルタイル』か……俺の名前『
アホらし、と首を振ってそんな考えを否定する。そもそも俺と彼女は別に恋人同士じゃ無いし、そもそもあんなエネルギッシュな織姫がいてたまるかよ。
でもこの先、ほんのわずかな時間だけど、彼女と一緒にサーキットを駆け抜ける日々を送れるなら、そんな結びつきもいいかもなぁ、なんと思って表情をニヤつかせる。
「おいイルカラーメン、なーにニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃ」
割って入って来たのは国分寺高校の斉藤だった。見れば後ろには彼らのチームメイトも勢揃いしている。
「七夕飾り、私達も混ぜてくださーい」
嬉々としてそう言って来たのは1年生の川奈さんとやらだ。ガンちゃんの持つ笹の葉と短冊を見て、自分達もやりたくなったらしい。
「斉藤は有料な」
「えーと『次回こそはラーメン踊りを回避できますように』」
「上位陣が全員ケガなくリタイアして一位になれますように、と」
「いやちょっと、お前らなぁ……」
結局、予想の倍の数の短冊が吊るされた笹の葉が、美郷学園のピットに飾られる事となった。
決勝戦開始5分前。すでにスターティンググリッドには25台のカートマシンがズラリと並んでいる。
その時、客席のスタンドに一組の老夫婦が姿を現した。
「おお、やっとるなぁ」
「あ、ほらホタル号。にぃしぃろー……15位からですよ」
「ほほう、デビュー戦にしては大したもんじゃのう」
ベガのホームステイ先、素通寺の白雲夫妻が腰を落ち着け、かつて息子が少しだけ乗っていたカートマシンを見つけて、その表情を和やかにほころばせる。
住職の白雲三太夫が、懐から紫の布に包まれていた位牌を取り出し、己の胸に抱いてグリッド方向に向ける。
(蛍よ、見ておるか? お前の愛したあの車を、遠く外国から来た娘さんが走らせようとしとるぞ)
初夏の爽やかな風が吹く中、25台のマシンが一斉にそのお尻を持ち上げ、押し掛けを開始してコースインしていく。
様々な人たちの想いを乗せ、ベガのデビュー戦、決勝レースが今スタートする――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます