第14話 七夕のデビュー戦
※近況ノートに、舞台となる阿波カートランドのコースレイアウトのイラストを掲載しております。
https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16818093082430820972
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7月7日の早朝。阿波カートランドは本日開催されるレース大会の参加者の熱気と緊張感に包まれていた。
いよいよベガの、そしてホタル号のデビュー戦がやって来たのだ。
今回美郷学園からの参加はベガと、黒木流星&坂本星奈の3名だ。イルカと一年生コンビは今日も午前中はスタッフとしてレース運営にバイト参加することになる。
早朝の慣熟走行、ドライバーズミーティングを終え、いよいよタイムアタックが始まる。
例によって美郷学園カート部は初っ端の出番だ。カーナンバー1番の漆黒のマシンに続いて、2番の星奈の真紅のマシン、そしてナンバー3番のベガのホタル号がピットレーンに並べられた。
「じゃ、くれぐれもケガのないように!」
「いいベガ! とにかくスピンしない事。ワンミスでパァになるのがタイムアタックなんだから」
「OKデス、セナ。しっかりタイム出しますヨ!」
三人でコツコツコツ、と拳を合わせる。コーチが黒木の車の後ろにつき、吉野先生がセナの車の傍らに構える。係員が日の丸を持ち、それをばっ! と掲げてスタートを促す。
ババッ、バラバラバラ……パアァァァーン
早朝のカートコースにまず黒木の、そして星奈のマシンのエキゾーストノートがこだまする。そしてカーナンバー3番のマシンの前に、
「出て」と一言告げて旗を振る。ベガと黒木コーチは息を合わせて「「せーのっ!」」とカートのリアを持ち上げ、前方に勢いよく走り出す。
ドン! ババババババ……
リアタイヤが接地して回り出し、その回転がエンジンに火を入れる。コーチの「行け!」の合図を受け、ベガが横からカートにひらり、と飛び乗る。2,3度アクセルをあおってエンジンが呼吸を始めたのを確かめて、右手を上げてOKのサインを示す。
(サァ、いよいよ待ちにまったレースのスタート!)
ピットからコースに飛び出し、助走ラップに入るベガとホタル号。まずはタイヤを左右にこじって蛇行運転し、少しでもタイヤを発熱させて食いつきを良くしなければならない。
第三コーナーを抜けたあたりで、ホームストレートからカン高いエキゾーストが響き、黒い弾丸がストレートを駆け抜けていった。
黒木部長のアタック開始に続き、ベガが5コーナーをクリアする時、星奈の全開走行が開始される。さぁ、次はいよいよベガのアタックラップだ。
(サァ、行きますヨッ!)
6コーナーを抜け、アクセルを踏み込んで最終コーナーへと突っ込んでいく。ややアウトよりのラインを取り、高速コーナーの出口からホームストレートへの直線ラインを決めて、アクセルを目一杯踏み込んで、ステアリングを両手で握りしめる!
ワアァァァァァァァァーン
世界が加速で歪む。タイヤがアスファルトの割れ目を踏んで小さく振動する。景色が後ろへとすっ飛んでいく。そしてコントロールラインにて、審判長が大仰に日の丸を振り回す。
タイムアタック、スタートッ!
アクセルを踏み続けるベガの目には、どんどんと迫って来る1コーナーだけが映っていた。最高速から急減速を強いられるこの場所では、ブレーキングポイントを見極めるのが何より大切だ。
(マダ……マダ……ココッ!)
キュキュキッ! と小気味よい音を立ててブレーキがかかり、リアタイヤが地面を噛んで車速を落とす。ベガは(少し早スギタ!)と嘆きながらも、アクセルをハーフスロットルで煽って、足りなかった1コーナーとの距離を埋め、ステアリングを切ってコーナーに飛び込んでいく。
ターン状のコーナーを回り終わったらすぐに加速しながらの左カーブだ。加速と横Gに耐えながら、弓なりのカーブの先にあるスプーン状の2コーナーへと向かって行く。
今度はドンピシャのタイミングでブレーキを踏み、切り返すように車体を右へと向ける。よどみなくコーナーを抜けると、すぐ先には最難関の3コーナーだ。
(ココは……要注意デス!)
ヘルメットの中から視線を3コーナーに飛ばして心でそう嘆く。この3コーナーは左右の縁石(ゼブラゾーン)が非常に高く、ほぼ壁と言っていい状態でマシンの行く手を阻んでいる。なのでラインは細い一本に制限されており、針に糸を通すような精密さが要求されるのだ。
軽くブレーキングをし、慎重にコーナーへ入って、右、左と縁石をかすめるようにクリアしていく。
(チョット大事にいきすぎましたネ)
接触こそなかったが、それを恐れすぎて大事に行き過ぎた、などと思っているとすぐに次の直角カーブがやって来る!
(イケナイ、集中しないト!)
直角の4コーナー、ベガのマシンはインの縁石に乗り過ぎ、一瞬タイヤを浮かしてしまって、そのままアウトへとすっ飛んでいく。明らかなオーバースピードだ!
「ストーップッ!」
声を上げて
「戻りナサーイッ!!!!」
スピン寸前になってもアクセルを踏み続けた事が幸いし、なんとか速度を落とさずにコースに復帰が叶った。すぐ前に迫る5コーナー、そして6コーナーを無難にクリアできたのは、その前でのポカから復帰できた事による、いい意味での気負いが功を奏したのだろう。
(サァ、最終コーナーデス!)
キツい>緩いと続く複合コーナーになっている最終のハイスピードコーナー。最初の姿勢と車の角度が合えば、ほぼ全開で回れる高速コーナーだ。しかもその後には最長のホームストレート、ここでいかに脱出速度を上げるかがレース全体の大きなカギとなる。
最初のキツイコーナーのセンターを回り、角度を付けて緩い方のクリッピングポイントを掠めていく。エンジンが歌声をソプラノまで上げ、車体がビリビリと痺れながらコントロールラインへと爆走していく。
ベガは体を縮め、前方のカウルの中に少しでも体を隠して、空気抵抗を減らすポーズを取る。
(アト少し……早く、速くッ!)
ストレートを疾走するホタル号。アスファルトのわずかな凸凹が、シートの底をかすり、ベガのお尻に微かな衝撃を伝える。
地上3センチのドラマ。そんな揶揄の通り、シートに乗っかるお尻と地面の差はほんの数センチしか無い。
そんな狂気の世界での、ベガ初めての『本気の走り』が、今、終わる。
カアァァァァァァァァーン
チェッカーフラッグが振られた。ベガの最初のレースの、最初の競技走行、タイムアタックはこうして終わりを告げた。
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