第11話 金色(こんじき)の舞

 土曜の夜。村唯一の飲食店”ラーメン有田”は、大勢の呑み助たちでごったがえしていた。


「おーいねーちゃん。ニバレラひとつねー」

「あ、ハイ。ですね」

「とりあえず生。あとギョーザ二人前ー」


「こちらオマタセシマシター」

「こっちー、お冷おかわりー」

「ア、ハイ、タダイマ!」


「はいこっちあがったよー」

「おいイルカ! 玉ねぎまだ剥けないのか!」

「今やってるよ!」

「店長、ササミのマヨネーズ焼き出来ましたー!」


 そんな中、美郷学園カート部の1、2年の面々は、店名の入ったエプロンを付けてアルバイトの真っ最中だ。美香が注文を受け、イルカとガンちゃんはキッチンの手伝い。ベガは配膳と後片付けを主に担当している。

 なんせ来ている客がオッサンメインなので、ウケをよくするためにも女子は客席を飛び回り、男子は厨房で調理担当を請け負うシフトになっている。


 このラーメン有田、昼間はラーメンとライスにギョーザ、あとおでんくらいだが、金曜と土曜の夜は地元や近くの呑兵衛の為に、居酒屋メニューがメインとなっている。

 というかそこでの売り上げが店のメイン収入になる為、その時だけはカート部にバイトに入って貰っているという訳だ。

 まぁ、さすがに進路を考えなきゃいけない3年はもうバイトは引退しているが。


「ダイコー来ましたヨー」

「3,270円になります、ありがとうございましたー」


 戦場と化していた店内もようやく落ち着き、最後のお客が代行タクシーで帰路につく。のれんを仕舞って店内の掃除が済むと、ようやく彼らのバイトも終了となった。


「ふへー、つっかれたー」

「ガンちゃん料理上手やねー」

「ベガは全然余裕だなぁ」

「ハイ! カリフォルニアでよくビーチのショップでシゴトしてマシタ!」

「「あ、どーりで」」


 夜道の岐路、そんな事を話ながら皆と別れ、素通寺へと帰宅するベガ。ちなみにさっきまで当のラーメン屋で飲んでいた住職の三太夫は、本堂の仏様の前で高いびきであった……。


 ベガは部屋に戻ると早速、頂いたお給金を配分にかかる。カート部のバイトは半分を部費に入れ、残りは各人が自由に使っていいことになっている。

 ベガはお金を分け終わると残金と通帳を眺めつつ、アグラを掻いた状態で腕組みしつつウーンと唸る。

「コレじゃ、ゼンゼン足りまセン」


 あのレースの日以来、ベガはカートでレースに出たい想いが募っていた。しかし部内にカートマシンは2台のみ。その上三年生が二人いるので、どうしても出場は彼らが優先になる。何しろ彼らはこの9月で引退なので、それまではベガに出番はまずないと言っていい。

 なので是非とももう一台、カートマシンが欲しい所なのだが……予算は全然足りていないのが現状だ。


「これじゃ練習で全部消えちゃうネ……どーしたモノでしょうカ」


 ベガはあれから二回、日曜の午後に練習走行に出ていた。おかげで腕もそれなりに上達はしていたが、それも半日で4千円必要になる。ちょうど一日のバイトの取り分がそれで飛んでしまうのが現状だ。

 ましてやツナギやヘルメットは借り物で、グローブは軍手で済ましている。このまま一年バイトに費やしてもようやく服装一式が揃う程度で、ウン十万もするカート購入など夢のまた夢だ。


 ちなみにアメリカの実家から仕送りもしてもらっているが、基本それは生活費として寺に全額入れている。


 結局、ベガがレースに出るには、3年が引退する秋まで待つしかなさそうだ。



 6月に入り梅雨入りしてからは練習にも行けずに、カート部の活動もやや停滞気味になっている。部室でレースのビデオを見たり、黒木モータースで整備の練習をしたり、後は週末のバイトで日々が潰れていた。



 が、部活とは別に、ここ美郷村にはこの時期特有のイベントがある。


「ホタルマツリ?」

「うん。この田舎の村の唯一の大きなイベント」

 傘をさして下校しながら美香にそんな話を聞くベガ。なんでもこの村に流れる川は日本有数のゲンジボタルの群生地で、6月になると群れが幻想的な光を発する光景が見られるとか。


「OH! ジャパニーズオマツリですネ!」

「屋台とか出るから毎年楽しみなのよ。ベガパイセンはどうするの?」

「いく、イキマス! イツデスカ?」

 すっかり乗り気のベガだが、美香に「お金使いすぎるとカート代が無くなるよ」と言われ、うぐ、と言葉を詰まらせる。まぁそれでもイベント大好きな彼女が行かない選択肢はないのだが。



 ホタル祭り当日の夕方。ベガは三ツ江夫人に着物を着つけて貰っていた。


「ワオ! とってもビューティフルデス。ワタシが着ていいんですカ?」

「いーのいーの。こんなオバサンじゃ華にならないし、ベガちゃんが着るとなんていうか、異国情緒があってとても素敵よ」


 えへへと笑顔を見せるベガ。確かに朱色の生地に淡いブルーの花をあしらったその浴衣は、彼女の金髪碧眼とよく映え合って不思議な魅力を醸し出している。最後にその金髪を後頭部でお団子にまとめ、赤い色のかんざしで止める。


「じゃあ、楽しんでらっしゃい」

「見たら驚くぞ、ここの唯一の名物だからな」


 実に和洋折衷なスタイルになったベガを、そう言って送り出す白雲夫妻。二人はその後、ニヒヒと笑い合ってお寺の裏にある物置へと向かって行った。


 会場に向かう道中、坂本姉妹と合流する。

「うわ、ベガちゃん浴衣似合うわねー……それあのお寺の奥さんの?」

「ハイ! ゼヒ着ていけって着せてくれマシタ。ニホンのキモノ着れて嬉しいデス!」


 ちなみに星奈は普段通りのシャツとパンツルックだ。流石にベガ程ではないが、引き締まった体ながら出る所は出ている星奈は、普段着でもかなりの色気と可愛さがある。


 だがそんな二人も、妹の美香の前では霞んでしまうのだった。


「OHHHHHH!! ミカ、まるでジャパニーズ・ドールデス。イッツベリーベリーファンタスティック!」


 紺色の浴衣に身を包んだ美香の姿は、そのおかっぱのヘアスタイルや黒くて深い瞳も相まって、まさに和服美少女の見本と言わんばかりに決まっている。

 さすがにこうまで正統派の着物美人の前では、ベガのそれもイロモノに見えてしまうほどだ。


「着物着てるとあまり食べられないのよねー。だからあんまり気乗りしないんだけど、お母さんもお父さんも絶対着ろって毎年聞かないし……」

 やれやれ、というジェスチャーでそう答える美香。とはいえこれだけ似合ってたら両親もそりゃ着せたくもなるだろう。


「セナは着ないのデスカ?」

「あー、私は和服苦手なのよね。レーシングスーツのほうが似合ってる感じかな?」

 気取った態度でそう言う星奈に、美香はニシシと笑ってベガに耳打ちする。


(お姉ちゃん、実はチャイナドレス持ってんのよ。あのお団子頭に合わせて、私の和服と張り合えるかなぁってね……)

「OH! そーなんデスカ? ナラ着てくればヨカッタノニ」

「ちょ、こら美香! あんたなに私の黒歴史バラしてんのよ!」


 思わず声を発したベガのせいで、美香が星奈に捕まってヘッドロックを食らってぽかぽか殴られている。

 まぁ 「おんどりゃあ」「ふみゅーん、ギブギブ」などのやり取りからも本気で喧嘩しているわけではないのだが。


 話を聞くに、星奈が中学生の時に自分の浴衣を美香に譲ったところ、あまりにも似合い過ぎていたので和服コンプレックスになってしまったらしい。ならばと通販でチャイナドレス(スリット入り)を買ったはいいが、着てみた所でそのコスプレっぽさに赤面して慌てて封印したそうだ。以来彼女の黒歴史になっているとか。


 そうこうしているうちに会場に到着。大きな河原の敷いたまで降りられる土手にそって夜店が並び、大勢の見物人でごった返している。


「よ、きれいどころお揃いで」

「ベガ先輩美しいッス!」

 先に来ていたカート部男子の面々が合流してくる。混雑している会場ではあるが、長身のベガの金髪は、まさにホタルの光のように目立っていて、見つけるのは容易だったようだ。


 夕暮れに包まれる河川敷。その時、場内に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。


 ――間もなく美郷村名物、黄金の舞こんじきのまいが始まります。皆様どうかスマートフォンや懐中電灯などの光を落としてお待ちください――


 それに応えて、並んでいる屋台が一斉に明かりを落とす。続いて街灯も消灯し、各人も手にしているスマホをバッグやポケットに押し込む。


 夕焼けが闇に溶け、黄昏れ時が終わりを告げる。夜のとばりが田舎の河原に、ゆっくりと降りてくる……


「あ、いた! ほらあそこ」

 小さな子供の声を皮切りに、何人かの子供たちが口々に「ほら、あそこ」「あっちにもいたー」と嬉々として、闇に浮かぶ光を指差す。


「ヘェ、ホントに光るんデスネ」

 ベガもいくつかの金緑色の光を眺め、感心したようにそう呟いて……そして、声を止めた。


 ひとつ、またひとつ。まるで明かりを灯すように増え続ける蛍の光。それを見続けたベガは、声を出すタイミングを完全に失っていた。それはついさっきまではしゃいでいた子供たちも同じで、その代わりに息を飲むようなうめき声が、かすれるように聞こえて来た。


(な、なんなんデスか……一体、んデスカ!?)


 光の増殖は全く止まる気配を見せなかった。まるで宝石箱をちりばめたように増え続け、やがては降りしきる雪のように夜の河原を埋め尽くした。しかもその一つ一つが縦横無尽に飛び回るその様は、田舎の夜空より、プラネタリウムより、そして世界中のどこの夜景やイルミネーションよりも幻想的で、そして圧倒的だった。


 川に沿って、その金色の舞がまるで帯のように、天の川のように続いている。でもその光の一つ一つは決して止まることは無く、生命の証明をするかのように縦横無尽に動き続けていた。


(これが……ホタル、スゴイ!)


 ベガも、見物に来た人たちも、そして地元の人たちも皆、その光景に、ただ見入っていた。



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