第7話 歓迎! らーめんパーティ
黒木モータースの一角で、ベガはここの社長の
「んしょ、っと。ココにノせればイーのネ?」
「OKOK。エンジンマウントで台座を挟むようにね」
辰巳がカートの前を、ベガが後ろを持ち上げてアルミ製のスタンドに乗せる。その際はエンジンを下から固定するふたつのエンジンマウントで、スタンドの後ろの母屋を挟むように乗せれば一番バランスが取れる。
カートマシンはエンジンとタイヤが直結している、つまり普通の車のようにクラッチやニュートラルギアが無いので、止まったらそう簡単には動かせない。
なので走り終えたら車輪付きのスタンドに乗せて移動させるのが基本だ。また、メンテも地上1mほどの高さにあるスタンドに乗せたほうがずっとやり易い。カートを担いでスタンドに乗せるのは誰もが一番初めに覚える事柄だろう。
「しかしベガちゃん、力強いねぇ。後ろの方がずっと重いのに軽々持ち上げて」
「これでもサーフィンとかやってましたし、パワーにはジシンがありマス!」
後ろで見てた黒木が感心するのに応えて、むん! とガッツポーズをして腕の力こぶをアピールするベガ。まぁ、そのわりには女性らしく、ささやかな筋肉の付き方でしかないのだが。
「体幹がいいんだな、きっと」
「サーフィンやってたって言ってたからねー」
イルカの指摘に星奈がそう感心する。特に筋肉質ではない彼女がきちんと力を出せるのは、ひとつのアクションでちゃんと全身が使えている証拠だろう。
「じゃ、次はチェーンの付け外しをやってみようか」
「OK、なんでもウェルカムデス!」
せっかくカートのある黒木モータースに来ているという事で、今日はベガにカートの実車を使った勉強をさせようということになっていた。ルーやマナーなどの座学は、ここに来ない部室での部活の日にやればいい。
エンジンマウントの六角ネジを緩め、チェーンが噛んでいる歯車を近づけてチェーンをたるませ、かちゃんとチェーンを外していくベガ。なかなかの飲み込みの早さに、一同も「ほぉ~」と感心しきりだ。
それからも各部のちょっとしたイジり方や調整の仕方などをレクチャーしてもらう。その一つ一つに積極的に、そして楽しそうに取り組むベガ。
一通り終わった所で、イルカがぽん、と手を叩いて提案する。
「じゃ、今夜はウチで歓迎会といきますか。今親父に電話したけど、是非連れて来いって!」
「いよっしゃー、タダ飯ゲット!」
それに応えて一同が「やった」とリアクションする。ベガは頭にハテナマークを浮かべて固まるが、一年生の美香がヒジでとん、と彼女を突っついてニヤケ顔で続ける。
「ラーメン、おごってくれるって」
「……ワーオ! ホントウデスカ?」
「ああ、まーね。カート部のイベントじゃお約束なんだよ、有田ラーメンパーティ」
「あの店でバイトもよくやるしね、ここや部室と並んで本拠地の一つなんだ」
みんなの説明に、目をキラキラさせて感激するベガ。
「あこがれのらぁめん、ついに食べられるのデスネ!?」
「あ……いや、そんな大げさなもんじゃ」
ぴょんぴょん跳ねて感激するベガを見て、若干プレッシャーを感じるイルカ。果たしてアメリカ人にウチのラーメン口に合うかなぁ、と。
有田の家に向かう途中、ベガはホームステイ先の寺にスマホで連絡を取る。
「Hi、オショーサン。きょうのディナーはクラスメイトがらぁめんゴチソウしてクレマス! なのでディナーはイラナイデス」
”今からラーメン有田だね。うん、私と家内も行くよ”
「エ、来るデスか? OK、お待ちしてマース」
意外にも住職の白雲夫妻も合わせて来店するそうだ。後で知ったのだが夫妻はラーメン有田の常連客との事。というか村唯一の飲食店なので、外食といえばそこしか無いらしい。
村はずれの道沿いにぽつんとある大きめのプレハブの建物に、古びた看板で”ラーメン有田”と書かれている店に到着する。イルカが先頭でのれんをくぐり「ただいまー、連れて来たよー」とドアを開けて入店し、部員全員がぞろぞろとそれに続く。
「へいらっしゃい! って、おおー。話には聞いてたけど、本当に外人さんだねぇ」
「あーなーた! 今時ガイジンさんなんて呼び方失礼ですよ!!」
厨房の向こうから、店主夫婦がベガを見てそんな話を交わす。もっともベガにとっては異国人扱いなど全く気にはしていない。肌の色も髪の色も全然違うヒトしかいないこの地だが、むしろ自分の個性がアピールできて嬉しいくらいだ。そんな考え方がまた実にアメリカ人らしい。
「ワタシ、カート部にはいりマシタ、ベガ・ステラ・天川デス! ホンジツはゴショーバンにアズカリ、たいへんハッピーでありマス!」
「うわ! すごい自己紹介」
「日米入り乱れた挨拶だな」
店内にいる他のお客さんから思わず感想や拍手がこぼれる。それに応えてベガも例によって「ドーモドーモ」と愛想を振りまく。
ここただのラーメン屋なんですけど……目立つことに抵抗の無い娘だなぁ、と一同改めて感心していた。
店内はコンクリ土間に土足で上がり込むタイプの店で、4~6人掛けのテーブルが6つあり、壁際にもカウンター席が並んでいる、田舎らしい広々とした店内だ。
各々がテーブルに着くと、早速おかみさんがお冷やをもって来る。
「全員ラーメンの小ね。追加注文は自腹だよ」
「イェイ、ワタシ、ジャパニーズらぁめん初めてデス! トッテモ楽しみデスヨ!」
調理を待つ間に、一台の軽トラが駐車場に到着して、白雲夫妻が入店して来た。
「いよぅ来てるなベガちゃん。もうこんなに友達出来たのかい?」
「ア、わたしカートクラブに入ったんデスヨ。なのでカンゲーカイしてくれてるんデス」
ベガの返しに奥さんの三ツ江は「まぁまぁ、それはよかったねぇ」と笑顔だが、逆に住職の三太夫は「むむ」と難しい顔をする。
「え、ベガちゃんのホームステイ先って、
「Hi! おふたりにごヤッカイになってマース」
そのベガの返しに、カート部の面々はおろか他の客まで複雑な表情をする。このアメリカンな金髪少女が、このへんじゃ有名なあの生臭坊主の寺にいるのがピンとこないのだ。
もっとも当の三太夫は素知らぬ顔で、早速おでんの容器からツマミを物色しつつ酒を注文している。まぁ、いつものルーチンなのでそれは誰も突っ込まないのだが。
やがて奥さんが手押し台車に乗ったラーメンドンブリを運んでくる。それをひとつひとつテーブルに乗せ、部員全員に行き渡った所で部長の黒木が音頭を取る。
「じゃあ、ベガさんの入部を祝して、いただきます!」
「「いただきます」」
「イタダキマーッス!」
全員が唱和して割り箸を裂き食事にかかる。ベガは初めて見るらぁめんなる食べ物をじっと凝視して、その香りを嗅ぎつつ、箸を突っ込んでぐるぐる回している。
(ズイブン黒いスープですネ……
意を決して箸で麺をすくい、口に入れてずずっ、とすするベガ。
ちゅるるる、と麺を吸い込み、レンゲでスープをすくって口に入れ、一緒に咀嚼してこくん、と飲み込む。
「……ン~~~~~~~~~!」
途端に笑顔になり、目を閉じたまま声にならない声を上げて両手をぶんぶんと上下させる。そして次の瞬間にぱっ、と目を開けて、店内に響く絶叫を発する。
「ナニコレ! ベリーベリーグッドデス!! イッツ、エクセレーントッ!!」
叫ぶや否や、再度ラーメンに突貫するベガ。その茶色のスープは豚骨醤油のコクのある味ながら、見た目よりずっとアッサリ味で抵抗なく喉を通る。それでいて麺と絡んだ時のバランスが絶妙で、生きのいい中華麺と深い味わいのスープが口の中で織りなすハーモニーに、脳まで旨味がじんわりとせり上がって来る。
そして具の豚バラ肉のタレ焼きが、ワンパターンになりがちな味のアクセントを務め、そこから染み出した肉の旨味がスープに味変わりを与える。シャキシャキしたモヤシはクドくなった口内をさわやかにリセットしてくれる。
これぞ徳島ラーメンの真骨頂、と言わんばかりの味が、ベガの舌にどストライクに命中していた。
(……うまそうに食うなぁ)
その場の全員が共有した思いがそれだった。全く別の国から来た別人種が、ここまでローカルラーメンにハマる姿を見ていると、普段当たり前に食べているラーメンがなんか値打ち物みたいに思えてくる……
「あー、やべ。食べ過ぎたー」
「うっぷ……太っちゃうよ~」
結局、ベガの食べっぷりにつられてカート部はおろか、来店している全員が追加注文してしまい、大勢がダウンする事態になってしまった。
ちなみにベガはラーメン大に加えライスとギョーザを追加注文した挙句、全部平らげてしまった。それでもまだまだ余裕がありそうだ。
「ゴチソーサマデシタ♪」
「うんうん、いい食べっぷりだねぇ、作ってて気持ちいいよ」
「また来てねー」
ジャパニーズらぁめんを満喫したベガ達がお金を払って店を出る。外はもう夜で、星空が田舎の山あいを美しく彩っている。四月の夜風も爽やかで、食後の散歩にはうってつけだ。
「星が近いデスネー、トテモキレイデス」
「あ、六月の蛍はもっとすごいわよ。イベントもあるから行きましょう」
「ハイ、タノシミデス!」
入部初日の夜はこうして更けて行った。それぞれが別れた後、ベガは追いついてきた住職の軽トラ(運転は奥さん)の荷台に乗せてもらい、そのまま素通寺まで帰宅する。
だた、次の日から、彼女は日本にあって初の苦悩を味わうことになる……。
「ふえぇぇぇぇ……お腹コワしちゃいました、タベスギタァ」
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