第6話 ようこそ、美郷学園高校レーシングカート部へ!
放課後のチャイムが鳴り響き、今日の授業の後のHRも終了だ。さぁ、これからベガにとって待望の、レーシングカート部の活動が始まる!
「じゃ、天川さん、行こうか」
「ベガでイーヨ。エーット……たしかアラタくん、だったよネ」
「うん、
二年生で同じカート部員、かつ村で唯一の飲食店である『有田ラーメン』の息子のイルカの案内で部室へと向かう。
ちなみにカート部は彼を含めてもわずか五名で、ベガを入れて六人になる。まぁクラス全員でも16名、全校生徒で52名しかいない学校なのだから仕方の無い事なのだが。
校舎の階段を降り、外に出てグラウンドの際にあるプレハブの部室棟に向かう。その際もベガはすれ違う生徒たちや教員、用務員にも「ハァイ」「コンニチワー」と笑顔でひらひら手を振っていた。その愛想の良さとコミュ力の高さにイルカも思わず感心する。
(すげぇ八方美人だなぁ……しかもそれがイヤミじゃないのが、さすがアメリカ人)
やがて縦看板で「レーシングカート部」と書かれた部屋に到着。「ここだよ」とベガに目配せした後、おもむろにドアを開けるイルカ。
「ちわーっす」
「あ、イルカパイセン、乙っすー」
「ども」
狭い部室の中に居たのは二人の生徒だった。ひとりはイスに腰かけてファッション雑誌に見入っているボブカットの小柄な女生徒。「パイセン」などという言葉遣いが、今時の若者らしさを醸し出す。
もう一人は地べたにアグラをかいて座り込み、カートのエンジンを分解している坊主頭の男子生徒だった。こちらは座ったままながらちゃんと会釈するあたり、真面目なタイプの生徒のようだ。
「新入部員さん来たぞー。ほれ、あいさつ」
「ドーモ、ベガ・ステラ・天川デース!」
イルカの横からひょっこり顔を出すベガ。ちなみに部室にいた二人は今朝のHR後に見物には来ていなかったので初顔合わせだ。
さすがにその見た目に二人とも「うぉ?」と目を丸くして驚いている。
「ああ、ウワサのアメリカ人さん……へー、カート部に入るんだ」
ぽん、とファッション雑誌を閉じて、ベガをまじまじと見て感心する女子。一方の男子生徒の方はエンジンの整備に戻ってはいるが、顔を真っ赤にして手つきもおぼつかない所を見るに、ベガの色気や妖艶さにかなり動揺しているようだ。案の定ネジを締め損ねてバラッ、とナットやワッシャーを撒き散らす。
「お、来たねー金髪ちゃん」
「全員揃ってるわね。んじゃお互い紹介しよっか」
ほどなく後ろの入り口から、三年生の星奈と男子生徒が入って来て、ベガ達を見てそう言った。
全員が円座になって向かい合い、お互いの自己紹介に入る。
「三年、部長の
最初に名乗ったのは、昨日ベガのカートを押してくれた背の高い男子生徒だった。クールな表情に細い眼鏡をかけたインテリ顔ではあるが、体はそれなりに逞しく筋肉質だ。
「三年の
笑顔をベガに向けてそう言う星奈。相変わらず長い黒髪を頭の上でふたつのお団子にしているあたり、あれはカート用の髪型じゃなくて彼女流のファッションのようだ、チャイナドレスがよく似合いそうではある。
「二年の
イルカが若干棒読み気味に自己紹介する。まぁ紹介対象のベガとは同じクラスなんで、今更感が強いからそうなるのだが。
「一年の
坊主頭の少年がうつむいたままそう自己紹介する。どうも彼にはベガの金髪や碧眼、あと胸が刺激的過ぎてまともに見られないらしい。時々視線をちらちら上げては、また赤くなってうつむいてしまう。
「ニヒヒ、ガンちゃん照れすぎー。あ、私は一年の
最後にボブカットの娘が、星奈を指さしつつそう挨拶をする。
「エ? セナさんのイモートさん?」
「ええ。才能はピカイチなんだけどねぇ、ヤル気が無いから困りものなのよ」
星奈がベガの質問に答えて、やれやれと手を広げて嘆く。
「おねーちゃんが部員足りないからってムリヤリ入れたんじゃん。わたしは帰宅部希望だったんですけどー」
話を聞くに、どうやら部活動として成立するには最低部員が五人必要らしい。なのでこの春から彼女は姉たちに泣きつかれて、しぶしぶ籍だけ置いているという訳だそうだ。
「デハ、あらためマシテ! ベガ・ステラ・テンカワデス! 好きなスポーツはサーフィン、スキューバもヤります。カートは昨日はじめてノりましたが、すっごくエキサイティングでタノシイデス!」
しゅたっ! と手を上げて、笑顔でそうまくしたてるベガ。
「おー、元気いいねぇ」
部長の黒木がぱちぱちと手を叩いたのにつられて、残りの四人も拍手を送る。ベガはそれに応えて左右に両手を伸ばして「ドーモ、ドーモ」とお愛想する。
「ぷっ、あはははは、選挙みたーい!」
「当たらずとも遠からずだな、今日一日ずっとこんな感じだったわ」
ころころと笑う美香にイルカが解説を入れる。陽気なアメリカンガールを地で行くベガは、やはり控えめな日本人とは人種の違いを印象付ける。
「じゃ、基本的な事から教えて行くから」
「Hi! オネガイシマス、ブチョー!」
黒木からカート部の活動内容をレクチャーされるベガ。趣旨はカートマシンに乗って走りを楽しむのだが、そのためにはマシンやガソリンや走行費、レースに出るとなればエントリーフィーも結構かかるので、普段はバイトやボランティアで活動費を稼ぎつつ、ルールやマナー、そして整備などを勉強していく流れだとか。
「……デモ、このブシツにはカートマシン、ないデスヨ?」
そう。この部室にはカート本体は置いていない。ガンちゃんがいじっていたエンジンや、いくつかのタイヤやカウル、シートなんかはぽつぽつとある。
また端っこの方にはレーシングスーツや作業用ツナギが吊られているが、肝心の
「まぁここはミーティングルームみたいなものでね。カートに乗る時はウチの自動車屋からコースまで運搬するんだよ」
黒木がそう説明を入れ、「そう、ウチは自動車整備工場やってるんだ」と鼻息を慣らして自慢する。
なんでも彼の父はこのカート部のOBで、卒業後に家を継いだ後からずっとこの部のカート置き場を提供してくれているらしい。ちなみに現カート部のコーチでもあるとか。
「じゃ、挨拶も兼ねて部長ん家に行きましょうか」
星奈の提案に「イキマス、イキマス!」と挙手するベガ。その食いつきっぷりに全員が顔を見合わせて笑顔になる。また明るい娘が来たなぁ、と。
帰宅準備を済ませて学校を出る一同。ダベりながら部長の家、黒木モータースに向かう。
「イルカがらぁめんショップ、ブチョーがカーショップなら、セナやミカのホームはナニヤッテンノ?」
「あー、ウチはただのサラリーマン。うだつのあがらない、ね」
「ホワイ、ウダツ?」
「あははは、お姉ちゃん、分かるわけ無いでしょー」
「うだつ。徳島県脇町や岐阜県などで見られる、日本家屋の屋根に据えられている防火壁。建築費用が高価な事から、それを備えている家の隆盛ぶりを示すものでもある。なので稼ぎの悪い亭主を卑下して『うだつがあがらない男』と称する」
星奈が早口でうだつの解説を入れる。ベガは最初こそ反応して覚えようとしていたが、途中から追いつけなくなって頭にハテナマークを浮かべていた。
「……相変わらずポエマーっすねぇ星奈先輩」
イルカの指摘にうぐ、と顔を引きつらせる星奈。彼女はトリビアを語り出すと止まらない悪い癖があるようだ。
ベガは知らないが昨日も彼女はベガがギクシャク走るのを見て、思わず延々とカート理論を口に出したりしていて、周囲の失笑を買っていた。
「で、でもホントにレースマニアなのよねウチの親……ほら、私たちの名前も
「ホワイ、それが、ドーシテ?」
「え……マジで知らない? イルトン・セナとかミカ・ハッキンとか」
超有名なF1ドライバーの名を言っても、ベガは首を傾げるだけだった。アメリカではむしろインディカーレーサーの方がメジャーなのもあり、ヨーロッパ主体のF1方面への知識はベガには無かったのだ。
「で、ガンちゃんのホームは?」
「ボ……僕の家はただの農家、です」
ベガの質問に、相変わらず俯いて赤くなりながらそう返す元太。
「OH! ファーマーなのですネ。」
「ま、ただの農家じゃないけどねぇ」
「大地主サマ、って言葉知ってる? ベガちゃん」
そんなこんなで話をしている間に、ほどなく黒木モータースへと到着する一行。
「ホントダ、カートマシーン置いてル」
軽トラや耕運機に交じって、二台のカートが簡素なアルミスタンドにの上に乗っかっていた。そのうちの一台は昨日ベガが乗せてもらった真紅のマシンだ!
「おーい親父ー、カート部の新入部員連れて来たぞー」
ガレージ奥の事務所に声をかける黒木。その声が聞こえたのか、事務所の中で何やらドタバタと音がする。ベガは頭にハテナマークを浮かべるが、他の面々は口角を釣り上げて、この後の「お約束」の展開に期待を……。
事務所の前に整列する一同の前、ドアをバン! と開け放って、一人の濃い男が陽気なポーズを取って開口一番、こう発した。
「イェーイ! ウェルカムですよわが美郷学園レーシングカート部に!」
「OH! アフロ!! ジャパンにきてはじめてミましタ! イッツ・ワイルド・アンド・クール! グッドですヨ!!」
突如現れたファンキーなアフロ男に引くどころか、逆にぐいぐい迫りそのファッションをベタ褒めするベガ。
「ぶっ!? も、モノホンのパツキンガール!??」
むしろ相手がベガの圧に圧倒されて、一歩二歩と引いていく。
(うわぁ……迎撃されてるよ、黒木コーチ)
二人のやりとりを見て、全員がまさかの展開に呆れ汗をかく。いつもならクールなイメージの黒木部長を父親にも想像して来た新入部員を、まさかのファンキースタイルでドン引きさせていた父、
「イェス、カリフォルニアからキましタ、ベガ・ステラ・テンカワデス!」
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