第5話 学園生活、始まる
「じゃあ天川さん。私が紹介したら教室に入ってきてね」
「あ、ハイ、ティーチャー。いえ、センセイ!」
徳島県
いよいよこれから、ホームステイ先での学園生活が始まるのだ。
日本の漫画・アニメで見たお約束の「起立、礼、着席」の儀式が聞こえてきた後、さっそく先生がベガを教室に呼び込む。
――じゃあ転入生を紹介します。アメリカからホームステイで一年間ここで生活する天川さんです。入って!――
それに答えて意を決し。ドアをガラッと開けて教室に入る……。
「「おおおおおおおおおっ!!?」」
(ウヒャッ!?)
歓声とどよめきに覆われる教室。まぁ無理もない、過疎化が進むこの田舎の学校にいきなり金髪碧眼、かつプロポーション抜群の白人女性が、ぱっつんぱつん(特に胸部)のセーラー服を着て入室して来たのだから。
「こーらこら、騒ぐな騒ぐなお前たち。じゃあ天川さん、簡単に自己紹介を」
先生が皆をたしなめてくれた後、打ち合わせ通りに自己紹介を勧められる。答えて「Hi!」と笑顔を見せて教壇の横に立ち、胸に右手を当てて挨拶をする。
「カリフォルニアから来ましタ、ベガ・ステラ・テンカワデス! イチネンカンオセワになります、ヨロシクオネガイシマスッ!」
――パチパチパチパチ――
頭を下げた後、一呼吸おいてまばらに拍手が起こる。ただ入室時に比べるとテンションが今一つ低く感じられる。
頭を上げたベガは、改めて教室の中を見て違和感を感じた。
(アレ……ナニかスクナイですネ? それに……)
まず目についたのは生徒数の少なさだ。全員で10人余りしかいない生徒たちのせいで、机と机の間ががらんと空いており、それでも所々が空席になっていて、なんか閑散とした印象を受ける。
生徒たちもどこか無難というか、あまり華やかな印象の無い地味な生徒たちばかりだ。髪染めをしてる生徒は皆無で全員が黒髪、そして何より生徒一人一人からもうひとつ
(ウーン、ナニかゲンキがナイですネ。ヨシ! ここはひとつママに教わったアレで……)
場の空気を盛り上げるべく、母親に「日本では絶対にウケる」と聞かされていた一発芸の披露を決意するベガ。
足をそろえ、腕を胸の下で組んで背筋を伸ばし、びしっ、と直立した状態で、みんなを細目で流し見て一言。
「……ヌルいわ!」
――しーん――
時間が止まったかのような静寂が、教室中に訪れた。
(ア、アレ?サスガにキメポーズはわかりにくかったカナァ……ソレジャ!)
意を決して両手先を揃えて前に伸ばし、そのまま泳ぐような体制で上半身を横倒しにして、教室の端から端まで走っていく。
「エ、エーット……サイコク〇ッシャー!」
――ぴしっ――
空間が凍ったような音が、教室内を固めた……気がした。
「……古っ、天川さん古っ!!」
先生のツッコミが、ようやく凍った時間を解凍する。ベガもその指摘でようやく渾身の一発芸が見事にハズした事を悟った。
「エ! そーなんデスカ!? ママはベガって言ったらコレだって……」
「今どきの高校生はス〇Ⅱなんてやらないわよ! 知ってるかもしれないけど、あなたのその見た目でアレを連想するのは無理よ無理!」
「Noooooo! 絶対ウケるって聞いてたのニィ~、ママのバカぁ~」
顔を真っ赤にして、涙目で頭を抱えて首をぶんぶん振るベガ。
「ぷっ、」
「ぎゃはははははははは」
「面白い、面白かったよ天川さん」
ようやく半数ほどの生徒から笑いと拍手が起こる。半分くらいは同情のソレだが、見た目のビューティさとギャグをハズしてイヤイヤしているそのギャップあるリアクションは、確かに一発芸よりもはるかに面白い。
「そ、それじゃ天川さん、空いてる席に座って」
「ハイ!」
まだ少し顔を赤らめながら、ベガは教壇の目の前、最前列の机にカバンを引っ掛けて着席する。
(え……そこに座るの?)
(うわぁ、やる気満々じゃね?)
(先生の指示なのかしら)
教室中から囁きが上がる。転校生と言えば普通は一番後ろの窓際がお約束だ。だが彼女は誰も座りたがらない先生の真正面に躊躇いなく着席したのだ。
「みんな見なさい、これが正しい若者の在り方よ!」
先生が胸を張ってそういったので、やはりあそこに座ったのは先生の指示なのかと皆が思う。でも実際は物事に積極的なベガが、いつもアメリカでやってきたようにしただけの事でしかないのだが。
「じゃ、一時限目はHRにするから、みんなしっかりコミュニケーション取りなさい。世界に出ていくには異文化との交流は大事よ」
「せんせー、言ってることが平成なんスけど」
「じゃかましい!」
そんな先生と男子生徒とのやり取りの後、ベガはクラスの面々に取り囲まれて、ひと時のお喋りタイムを楽しんだ。
クラスメイト達の方も、最初は自分たちとあまりに違う金髪美人にやや尻込み気味だったが、ベガの屈託のない明るい態度と、ちょっと日本語慣れしていない発音のしゃべりがかえって親しみを持たせ、お互いの距離をあっさりと縮めてみせた。
ベガの方も、みんなとの話で学校やクラスのありよう、そしてこの村の事を色々と知っていく。
実はこの美郷学園高校、近年生徒数の激減で一時は廃校の話も出ていたらしい。入学してくる生徒も他校のすべり止めで合格した者や、どうせ地元で家業(ほぼ農家)を継ぐことが決まっていて、せめて高卒の肩書を取るために入学してる者なんかが大半だそうだ。
「俺、家がラーメン屋なんだよ。いっぺん食べに来てみん?」
「OH! ジャパニーズらぁめん、一度タベてみたいと思ってマシタ!」
頭をスポーツ刈りにした男子生徒の提案にベガの碧眼がキラキラ輝く。らぁめんといえば日本のTV番組やマンガ、アニメでお馴染みのジャパニーズソウルフードと聞いていて、それを食べるのも彼女の悲願の一つだったのだ。
「サーフィンやってたんだ、さっすがアメリカ東海岸ギャル!」
「ぬ……ヌーディストビーチ、とな!?」
「ナンパされた経験が2ケタって……あああ私もアメリカ行きたいー!」
異文化交流は順調に進んでいた。ベガのアメリカの逸話はここの生徒たちにとって極めて新鮮なもので、全員が興味津々に食いついて来る。
「Which do you prefer, ramen or curry?」
「I like sushi the most」
ベガの本場の発音に、ヒアリングやスピーキングの参考になると思って、教科書片手に英会話の指南を受ける生徒たち。
結局、一時間目が終わるころには、ベガはすっかりクラスに溶けこんでいた。やがてチャイムが鳴り、全員が起立、礼、着席をして休み時間に突入する。
と、ほどなくして廊下にわらわらと生徒たちが集まってきた。どうやらベガの噂を聞きつけて見物に来た三年生と一年生のようだ。
「うわーホンモノの金髪碧眼だー」
「やっば、めっちゃ美人」
「肌真っ白でうらやましー」
窓や入り口のドアに鈴なりになっている野次馬から注目を浴びたベガはますます
「ワタシ、ベガってイイマス。ホラ、サイコク〇ッシャー!」
まぁお約束の一発芸は例によって思いっきりハズして空気を凍らせ、後ろで見ていたクラスメイト達に「懲りないなぁ」と呆れ汗を流させたのだが。
と、その時。ドアの陰からひょっこり姿を現したふたりの男女が、ベガを見て目を丸くして叫んだ!
「あ! やっぱり昨日の娘だ、金髪の転校生が来たっていうから来てみたら……」
「ホントだ、てっきり観光客だと思ってたのに、まさか転校生だったなんて!」
「エ……あ、あーっ! キノウのカートにのってたフタリ!」
ベガも一呼吸おいてから二人を指さして驚きの声を上げた。昨日カートコースに行った時、私にカートを貸してくれた……確かセナさんと、彼女と一緒に押し掛けをしてくれたりタイム計ったりしていた男の人だ!
「え……先輩方、天川さん知ってるんスか?」
そう二人に言ったのは、さっきラーメン屋の息子だと言ってた男子生徒だ。どうやら二人とは親しいらしく、先輩に対してくだけた物言いで返答を待つ。
「昨日カートランドに来てたんだよ」
「いきなりKT100Sに乗せちゃったけど、結構頑張ってたわよ」
「マジすか? やるなぁ、さすがアメリカン……」
その会話に教室がざわっ、となる。生徒たちもこの村にあるレース場は知ってるし、娯楽の少ないこの村で一度や二度は見に行ったことはある。
だがそれをやろうと思う者はごくまれだ。この学校の事情もあって試乗するなら難しくはないが、あのとんでもない速度感を味わってなお続けられるものはそうは居ない。まして女子なら排気の臭いや、手や服に付くオイルだけで敬遠する生徒がほとんどなのだから。
ベガの前まで歩いてきた二人の先輩が、どこかウキウキとした表情で居並んで、まず男子生徒から声を発し、星奈も即座にそれに続く。
「ねぇ君、是非わが『レーシングカート部』に入部しないか?」
「一緒にカートの女王を目指しましょう!」
「エ、エエ? カートクラブって、ガッコウのナカにアルンデスカー?」
一歩引いて驚くベガ。みんなと話して少しはこなれてきた日本語が、なんかまた外国人独特のぎこちない発音に逆戻りしてしまった。
そんな彼女の隣で、さっきのラーメン屋の息子が親指をぐっと立ててにかっと笑う。どうやら彼もそのカート部のお仲間のようだ。
しばし沈黙する教室内。リアクションを待つ生徒たちに囲まれながら、ベガは昨日の出来事を反芻する。
(ゼンゼンノれなかったカート。デモそのシゲキは、タシカにここのタイクツそうなニチジョウにシゲキをあたえてくれソウ)
(なによりコンドコソ、ちゃんとカートをノりたい。セナのようにカッコヨク、あのサーキットをかけぬけてミタイ!)
そこまで思いを馳せたなら、答えはもう決まっていた。
「ハイリマス! ワタシをカートクラブに、いれてクダサイっ!!」
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