第4話 ホームステイ先は、お寺(テンプル)?

「あらまーベガちゃん、お昼も食べずにどこ行ってたの? 今から探しに行こうと思ってたのよ」


 夕暮れ時、ようやくホームステイ先に辿り着いたベガは、ちょうど家を出ようとしていた奥さんと玄関先で鉢合わせた。

「ソーリー……すみません。ちょっとイロイロありまして」


「あー、ま、無事だったんだからいいわ。って汗びっしょりじゃないの、お風呂湧かすから入りなさい」

「OH! サンキューデス、今すっごくオフロに入りたかったんですよ!」

 カートとその後の山道歩きでクタクタなのに加えて、まだちょっと車酔いが残ってるせいで食欲の無いベガにとって、まずおフロなのは何より有難い。


 一度家に入って冷たい麦茶を出して貰って、それを飲んだ後に自分にあてがわれた部屋に行ってみると、見事に荷ほどきが終わっていて、明日からのハイスクールの制服やカバンなんかがデスクの横に用意されていた。

(これは……おセワになりっぱなしじゃダメデスねー)


 憧れの東京へのステイは叶わなかったが、こういう親切なお宅にご厄介になれる幸運を感じないほど彼女は無神経ではない。むしろ陽気なカリフォルニア・ガールのベガは誰に対してもフレンドリーな性格のお陰で、相手のご厚意のありがたみをよく心得ているのだ。


「お風呂湧いたわよー」

「サンキューデス。それで、センタクモノあったらワタシのと一緒にクリーニングしますヨ」

 今日は大汗をかいたせいで着てるものはもれなく洗濯することになる。ならついでにお世話になるこの家の皆さんの洗濯も一緒にやって、少しでも家事のお手伝いをしたいと思っての提案だった。


「あらあら、悪いわねー。じゃあお願いしようかしら。お風呂も洗濯機も離れの方だから、お風呂から出た後で洗濯機に放り込んで回しておいてくれる?」

「OKデス! って、ハナレ?」

「隣のお寺の裏手よ、うちお寺だから」


 そんなこんなで洗濯物を抱えて一度外に出る。 

「オテラ……テンプルってヤツよネ。すいぶんコウショウなホームなのねぇ」

 自分がステイしたオタクの思わぬグレードの高さに感心しつつ、隣にある寺の門に辿り着く。そこには縦の看板に『素通寺』と書かれていた。


「スドオリジ? スツーデラ? なんてヨムんだろ」

 日本人学校に通ってた事もあり基本的な漢字は読めるのだが、音読み訓読みの選択はまだまだ日本慣れしていない。ただ、どう読んでもなんとなく威厳に欠ける意味を持つ字面なのは分かる気がしていた。


 実際、本堂の寺はそれほどの規模ではない。が、純粋な日本建築の寺の本堂や正面にある賽銭箱、周囲に鎮座する狛犬などの配置は、アメリカ人のベガにとって神聖な空気を醸し出していた。

(ファンタスティーック! これはココにきてヨカッタかも)

 憧れのトーキョーには来られなかったが、この日本色の強いお寺テンプルが生活の場となるなら、それはそれで充実した生活が遅れるかもしれない。


「なーんか、ここからモノガタリがハジマリそうデス!」


        ◇          ◇          ◇


 ざばっしゃあぁぁぁぁぁん!!


 檜のおフロに入っていたら、誰か見知らぬ男が窓から覗いていたので、気付かないふりをして窓際に背中を向けて座り、熱湯を汲んだ洗面器で体を洗うと見せかけて、そのお湯を思いっきり背後の窓の外に浴びせて見た。


 果たして覗いていたのは、そのお寺の住職、白雲 三太夫はくうん さんだゆうその人であった……。


        ◇          ◇          ◇


「もーごめんなさいねぇ。この人ったら年甲斐も無く何やってるんだか」

「ほんなコト言うたってやなぁ、わが家の風呂に金髪美女が入っとるんやぞ、覗かん方が失礼やろが!」

「アハハ……美女って言ってくれるのはウレシイけど、ノゾくとツーホーしますヨ?」

「どうかご勘弁ください……」


 夕食の席でご住職と奥さんの三ツ江さん、ベガの三人でちゃぶ台を囲みつつ、お風呂覗きの罪を沙汰する女性陣。最初は強気だった三太夫も「通報」の一言で平謝りである。

 坊主頭に袈裟姿のいかにも住職なご老人が、覗きの罪で金髪碧眼の少女に土下座しているのはなんともシュールな絵面だ。


「モーイイデスヨ、これからイチネンおセワになるんですから、今日のはサービスシトキマス」

「かたじけない」

「よかったわねぇあなた。これで事案になってたらお寺潰れてたわよ」


 まぁそんなこんなで夕食を終える一同。ベガも入浴を済ませたせいか食欲もしっかり戻っており、大好きな日本食を堪能して、きっちりと平らげていた。


「そういえば……このおテラって、なんてナマエなんですか?」

 食後の日本茶をすすりながら、入浴前から疑問に思っていた事を聞いてみる。

 

素通寺すどおりてらじゃ。」

「スルー寺、なんて近所では呼ばれてますけどね、うふふ」

 やっぱりというか、ひどい言われようなお寺だなぁ、と返答に窮するベガ。


「どーいうイワレで、そんなナマエに?」

「うむ。ベガちゃんは『四国お遍路八十八か所』というのを知っておるかな?」

「あ、ハイ。ここにくるのが決まった時、ネットで調べました。たしかユーメイなおテラメグリなんです、よね?」


 かつて弘法大師が四国を説法して回った、その痕跡を辿るべく八十八のゆかりの寺を巡っていく、四国では有名な信仰や観光のひとつだ。


「むかし、そのお大師様がこのお寺をことから、そう呼ばれているのよ」

「ホワイ? なんでオダイシサマはここにヨらなかったノ?」

「さぁ、何か急ぎの用事でもあったんじゃないかしら」

「そんなアッサリ! いいんデスか?」


 奥さんの呑気な言いように、思わず心配になるベガ。そんな不名誉な名前を背負わされたら、このおテラのアリガタミがなくなっちゃうんじゃないのかな、と。


「ぐっふっふ、ベガちゃん。日本にはこういうことわざがある。『転んでもタダでは起きない』とね!」

「それことわざじゃありませんわよ」

 何故か得意げに語る三太夫に、三ツ江がサラリとツッコミを入れる。

(うーん、ホントにオニアイのふたりだナァ)


「そう、その名を生かしてこの寺は『安産祈願』の寺として隆盛を極めたのじゃ!」


 素通り、というとほぼ良いイメージが無いが、こと出産だけは別である。陣痛が始まってから出産までの時間はまさに「生みの苦しみ」なのだが、それがスムーズにスルリと素通りしてくれるなら、女性にとってこれほど縁起のいい名前の寺はそうないだろう。


「OH! ナールホド。『ワザワイテンジテフクトナス』ですネ」

「そう、それじゃよ!」

「ことわざにも詳しいのね、うちの主人にも見習わせたいわね」

「と、いうわけでベガちゃんも将来妊娠したらお参りに来るとええわい」

「またこにヒトはさらっとセクハラしちゃって、女子高生にそんなこと言っちゃいけません」

 話の流れからスムーズに三太夫の足をぎゅーっとツネる三ツ江夫人。半泣きで痛がる住職の姿が何ともシュールである。



 なんとも愉快なディナータイムを終えたベガは、明日の新学期初日を前に早めにベッドに潜り込んだ。

(今日一日、イロイロあったナァ……)


 初めての日本、海の無い山の中の田舎、そしてあのサーキットで出会ったカートという乗り物、それに振り回されてシェイクされた経験、全身の筋肉痛。

 帰宅してここがお寺だと知った時の驚き、その住職さんにまさかのノゾキをされたコト、そしてこのスドーリテラのおもわぬ云われ、日本人独特の図々しいまでにたくましい物の考え方……


(ホントにアスから、ううん、今日から、新しい物語ストーリーが始まったようデス……)


 まどろみの中で、ベガはこれからの一年間のドラマに、ストーリーに想いを馳せる。

(ワタシのストーリーは、どんな風に描かれるテラーのカナ……)


 この『素通り寺すどおりでら』をベースに描かれる『物語の紡ぎストーリーテラー』をほのかに夢見ながら、彼女ベガ・ステラ・天川は……


 日本で『織姫ベガ』の名を持つ少女は、ゆっくりと眠りに落ちて行った――

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