「逃亡者のフォルト」

 聞き慣れた声……それも今となっては…聞くだけで言葉にならないような黒い感情が湧き出てくる……聞こえた方へ振り向くと、中年の男悪魔が二人が私の方に近づいて来てる…間違いなく村の奴らだ…不味い……

「はぁ。やっと見つけたぞ。ほら、早く帰るぞ」

 そう言い私の腕を掴み、強引に連れて行こうとする。振り払おうとしても、やっぱり大人の力には勝てず、振りほどけない……これしかないな……

『…ランプレイズ』

 フラペチーノを離した私の手から小さな火が現れ、その手でコイツの腕を掴んだ。

「チッ…!?」

 熱さで腕を掴む手が緩んだ瞬間、私は手を振り払い、一気に進行方向の逆に走る。

「あっ、コイツ…!おい、少し懲らしめた方が良いんじゃないか!?」

「コイツは商品になるんやぞ?下手に傷つけたりすりゃあ値下げされちまうやろ?」

 もはや隠す気も無くなったのか、普通に私に聞こえる範囲で暴力と人身売買の話をし始めた…本当にどうしようもないクズだ……というか、仮面の人は何で何も…というかどこに……

「まぁまぁ。そんなにカリカリしてたら駄目ですよ」

「「……!」」

 突然中年二人の後ろから、突然仮面の人が現れ、奴らの肩に手を置いた。多分私に気を取られてる間に背後に回ったんだと思うけど…それにしたって魔力で気付かれるはず…

「おっと、すみません。急に驚かせてしまって。私はこの子を保護している孤児院の職員です。無理矢理その子を連れて行こうとしていましたが、暴力なんて無難な手段では無く、話し合いをしてみたらいかがでしょうか?」

 そう言い、仮面の人と奴らがそれぞれ一歩離れる。奴らの視線は、仮面の人に釘付けだ。それもそうだ。あんなに怪しい格好をした人が、突然背後から話しかけてきた上に、暴力を無難な手段と言う……

「……まぁ、そうだな。流石に強引な手段じゃ反抗されちまうよな」

「確かにな…」

 ……想像以上に頼もしい……なんか状況が状況なのに、少し落ち着いてきた気がする…けど、油断できない状況には変わりない。一応それなりに離れてるから逃げるられはする…ただ、それじゃあ追って来るのは変わらないし、何の解決にもなっていない…出来れば警察に通報するのが一番だけど…残念ながら携帯なんて持ってないし…今は余計な事をせず、会話を行うことに集中するべきなんだろう。

「じゃあ、話し合いするか。ほれ、これを見ろ」

 そう言い、私の方に一枚の写真を見せてきた。少し遠くに居るから写真の中身まではわからない…ただ、色合いが明らかに不気味なのは遠目からでも理解できた…

「はぁ…遠くてよぐわかんねぇが。ほれ『フリス』」

  魔力で写真が飛ばされ、ちょうど私の目の前に落ちてきたのを、受け取……

「………!?あ……あぁ……ぁ…ぁ…」

 ……一瞬写真に何が写ってるのか理解できなかった…いや…理解出来た。確実に。ただ…頭が理解を拒んだんだ……

「……は……ぁ…は…ぁ……」

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…

「……嘘だ……ぁ……父さんと……母さんが……こんな……んに……なるなんて…」

「悪いな。俺達も死活問題なんだ」

「それに、別に死んじゃいねぇ。ただ大怪我を負ってるだけだ。おめぇさんが戻って来てくれるなら、直ぐにでも救ってやるよ。なぁに、簡単な事だ。オレ達は悪魔族だ。魔法のスペシャリスト。何の問題もねぇ」

 そうだ……悪魔族は魔法を使う種族の中で最も優秀なんだ。そうだきっとそうに違いない。早く戻らないと。早く早く早く早く早く。

「待って下さいよ」

 奴らの元に歩いていた私を、仮面の人は止まる事を要求してきた。口だけで止めようとするなんて、薄情な人だ…

「なん…ですか…」

「いえ。単純に、その選択で後悔は残らないのかな、と思ってね。それに…」

「…………うるさい!良いんだよもう!理屈じゃない!ただ私は助けたいだけなんだよ!それが子供ってもんでしょ!?」

「……君の言いたいこともわかる。でも、今までしてきた努力が…」

「良いでしょ別に!あの人達なら……私の裏切ワガママりの一つや二つくらい……笑顔で…受け止めてくれますよ!」

「言葉足らずですみません。別に貴方の家族の努力の事を言っている訳じゃないよ。今更そんな事を引き合いに出さない。それは貴方が一番わかってるでしょう」

「……じゃあ……何を……?」

「さっき、私はこの自治区の説明で、色々な事を君に聞いたよね。特に歴史関係を」

「………はい……」

「気付かない訳ない。だって、普通君くらいの年頃の子が突然こんな事聞かれて“分かるわけ無いんだよ"それこそ、ちゃんと家に帰ったら復習とかしていないと。しかも君の居た所は、老人だらけの閉鎖的な村社会。もはや死体安置所と大して変わらない。そんな所でまともに教育機関があるわけがないし、まともに勉強出来る訳がないんだよ」

「………」

「おそらく君の両親は、君の努力にも期待していただろうね。要するに、君は君を裏切るわけだ…さて、これで裏切ワガママりが三つになった。知ってるかい?仏の顔も三度まで。子供が一番やられたくないのは……親から怒られることだよね」

 私は…忘れてた気がする…そうだ。私は頑張ってきた。父さんから、母さんから、歴史を、算数を、国語を、共通語を、文字の書き方を、読み方を。教えて貰ってただけじゃない。私は教えてもらった事を復習した。何度も何度も。そんな私を見て、母は微笑んでいた。父は腕を組んで、誇らしげに笑っていた。そうだ。忘れちゃ駄目だ。……少し傲慢かもしれないけど……私が努力してきたことこそが……父さんと母さんが頑張れた理由でもあるんだろうから……

「……カウンセラーさん。ありが」

『フレイムバルル』

 カウンセラーさんの胴体に、バランスボール程の大きさの炎の球がぶつかる。

「だっ……大丈夫ですか!?…んな!?」

 慌てて駆け寄ろうとするも、何者かに腕を捕まれ、進めなくなった…最悪だよ…全く…

「ッチ…始めからこうやれば良かったんだ。余計な時間無駄にさせやがって」

「しょうがないぞい。どっちにしろあの仮面の者について、少し解析しておいた方が良さそうじゃったからな」

「で、結局どうだったんだ?なんかずっと違和感があったんだが」

「ああ、そいつを解析してわかったんだが、そいつは“魔力を持っていなかった”ぞい」

「……魔力を?もう使い切ったあとなのか?」

「いやぁ?そういうわけでも無いらしい。痕跡すらのこっちょらんからの。恐らく元々魔力を持たない体質なんじゃろう…哀れなことなりなぁ」

「まぁ、それならさっさと行こうぜ。どうせもうすぐそいつは焼けて死ぬ。時間も無駄だ。もっとそういうのは先に言ってくれ」

「すまんなぁ…じゃ、ほれ行くぞ」

「…………嫌……」

「あ?」

「嫌だっつってんだよ…バーカ!なんで今更そんな命が惜しいんだよ息子や娘にも出て行かれた限界集落が!いっそのことカニバリズムの一つくらい犯せよやってること見たら大して変わんないよバーカ!」

 ……はは……あ〜…まぁ…頑張ったなでしょ……

「チッイィ、おいテメェ!」

「よさんか。おめぇさんが余計なことして、金額が下がったらそれこそ非効率やろ。どうせあと少しの辛抱や。焼死体もあるうえ、サツの目に入るとまずい。さっさと行く…」

「あっ、そうそう。そう言えば、良い忘れてた事が有ったね」

「「……!?」」

 声の方を見ると、服と包帯が燃え焦げて、痛々しい様子のカウンセラーさんが立っていた…えっ…どうして無事なの…?

「そもそも、君たち悪魔族は他者の傷を癒やすことは出来ないよ。なぜなら、まず魔法の対となる神の力…神津カミツを習得しないといけない。けど、神の力を身につけるには、今では教会で毎日真面目に祈り続けないといけない。要するに…君たち神に半分くらい喧嘩売ってる奴らが神の力使うとか無理って話だね」

 ……!始めから騙す気しか無かったのか…どこまでも終わってる奴らだよ…本当…

「つうか、なんでテメェは無事なんだよ!?」

「う〜ん…無事が生きてるという事を言っているのだとしたら、無事で当然ですよ。だって“死体にどれだけ傷がついても、ボロボロになったとしても、それが死体であることには変わりはない”からですかね?」

「……は……?」

「あ、伝わんないですよね〜。まぁ、良いです。二対一ですが…やります?」

「……あぁ。やってやろうじゃねぇか」

「どっちみちコヤツを倒さんと帰れやしねぇだろうや」

 私の腕を離し奴らは戦闘態勢に入ったようで、手を突き出している。私は巻き込まれないように、離されてる間に、少し遠くの位置まで離れた。

「そうですか。因みにですが……」

 ジャラっとした音と、ゴン!とした音が鳴った。見ると、少しずつ近づいてたのか、レッドと呼ばれてた男子が、黒い布地の何かで、奴らの頭を思い切り殴った…

「グッ…」

「ギッ…」

「別に私が戦うとは一言も言ってません」

「チッ…きたねぇぞ!不意打ち……がぁ……!」

「……そうですね。その言葉を言われるのも、乙なものですね」

「…はぁ…とりあえず、足の骨折っといたぜ。サツも…もう来そうだな…」

「うん、有難う。これからもよろしく頼むよ」

_________________________


 そんな締めの話をしていると、今日二回目のパトカーの音が聞こえる。この子の進む道は決まったとして、この子の両親の件はどうしようかな……場所は聞くとして…最悪アイツに行かせれば良いか…やることいっぱいだけど、私に出来る事なんてたかが知れてるし、ちゃんとやりますか。

「……ひどい状態ですね……」

 …と、もう警察が着いたみたいだ。とりあえず、私がこんな格好だし…事情を話した方が、良いはず。

「心配どうもです。一応この状況を説明すると…」

「コイツラが突然俺達を襲ってきたんです!」

「…は……?」

 レッドの納得できない反応が、広い公園に響く。

 ……なるほど。この状況でまだ諦めてないなこの人。でも…

「甘いですね…加害者さん。なんで私が暴力を無難な手段だと言ったと思います?」

「……さぁ…わかんねぇよ」

「…じゃあ、後はお巡りさんに任せても大丈夫ですか?」

「はい、任せて下さい。では、この悪魔族達は連れて行っちゃいますね」

 そう言い警察の二人は、悪魔族の襟首を掴み、引きずって行こうとした、けれど、当然文句が出てくる。

「はぁ!?なんでアイツらは取り調べも何もしないんだよ!」

 当然といえば当然の疑問だ。けれど、此処ではあまり他の自治区の常識は基本通用しない。なにせ…

「はぁ、良いか?ここの自治区の警察の本部長さんには、相手の記憶を読み取る異能力があるんだ。余計な抵抗はやめて、さっさと行くぞ」

「………チッ……」

「…この自治区ほど暴力が多く、陰謀が一般の人に関わらない所も他にないからですよ」

 今度こそ観念したのか、大人しく引きずられて行った。

「はぁ。やっと一段落かぁ。みんなお疲れ様…ってあれ?」

 見たところ、レッドの姿が見えない…戻ちゃったか。まぁいいや。今回のお礼も考えておこう。それと…

「あ、あの!」

「ん?どうしたんだい?」

 少女は私の目を真っ直ぐとブレずに見つめ、緊張しながら…

「ありがとうございました!アイツらの事も…思い出を思い出させてくれた事も…」

「…どういたしまして。じゃ、これからよろしくね。クルス」

 そう言い、手を差し出した私に…

「……!はい!カウンセラーさん!これから…」

 一呼吸置き、クルスは満面の笑みで応えた。

「よろしくお願いします!」



【逃亡者のフォルト〜fin〜】


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