「逃亡のフォルト③」

カラスが鳴き声が響く、薄暗い路地を、ワークキャップをかぶった少女と二人で歩く。灰色の雲が太陽を遮るせいで、家や営業中の店から漏れ出す光が此処の唯一の光源であり、この地区で安心出来る場所だという事も表していた。

「そろそろ休憩しようか?」

 歩き出してから、それなりの時間が経った。そろそろ疲れが出てきてもおかしくない頃合いだ。休憩してる時に、歩いていて疑問に思った事や気になった事を聞こう。そう思い、提案をしてみる。

「はい、出来ればそうしていただけると…助かります…」

 少し暗い表情と声だ。おそらく不安になってきたんだろう。言葉で説明できなくとも、感覚や本能で何かを感じている。私も分かるようになってきたな。

 少女を連れて、行きつけの公園へ向かおうとした瞬間、少女の後ろに不審な影を感じた。今日の財布には大体五千ゴールド…大丈夫そうだ。

「ちょっとコッチ行こうね」

「へあ!?」

 私は少女の手を引き、近くのカフェに駆け込んだ。走ってる時に、後ろから地面と靴が力強く接触するような大きな足音が響いていた。


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「はぁ…ごめんね。急に走っちゃって…」

「いえ…大丈夫…です……」

「ちょっと、喉も乾いただろうし、ジュース買ってくるよ。此処でちょっと待っててね」

 息が上がり、途切れ途切れの返事をした私に、気を効かせてくれたのか、怪しい人は、レジの方へ行った。……知らない場所で一人になるのは心細い……さっき走り出したのも、多分不審者が居たからだろうし……それに…ここもなんかおかしい……

 辺りを見渡すと、私よりも十歳位上のお兄さんやお姉さんが、イートインスペースの椅子に座って、暗い顔で本を読んでいる……それだけじゃない……皆同じ本を読んでいるみたいだ。読んで無い人も居るには居るけど、少ない上に、やつれているのがハッキリと分かるくらいには、不健康そうな顔をしている……

 ……おかしい……学校で流行った漫画を皆が読んでたことはあったけど…それは楽しかったからだし……なんでこんな暗い顔をしながら殆どの人が同じ本を読んでるんだろう…?それに、なんでわざわざカフェまで来て本を読んでるんだろう……?それに、私が居た地区のカフェとは全然違う……あっちはもっと静かで穏やかな雰囲気だし、硬そうな椅子ばっかりじゃなくて、柔らかいソファーもあった……それに、入口のガラスのドアが、外側からは見えないで、中からだけ見れるようになってる……

「…………」

「お待たせ。大丈夫だった?」

「え、あ、はい…」

 私がこの場所の違和感について考えていると、横から人工的な声に話しかけられる。私はそれに、戸惑いつつ返事をする。話しかけられた方へ振り向くと、ピンク色のフラペチーノと多分普通の茶色のフラペチーノが両手に握られていた。フラペチーノのカップから垂れる水滴と、それによって湿る手の包帯が、その冷たさと室内の気温の差を示しているようだ。

「アレルギーとかない?」

「……食べ物だと特には無いですね…」

「そっか。じゃあ、桃のヤツとキャラメルコーヒーのヤツどっちが良い?」

「えっと…じゃあキャラメルコーヒーの方でお願いします」

「はい、どうぞ」

 私は仮面の人からフラペチーノを受取り、一口飲む。

「……?」

 コーヒー感が薄く、甘みが強い、言ってしまえば、コーヒー味のクールイッシュだ。初めて飲んだけど、想像以上に想像未満の味だ……これがなんで人気があるんだろう?…ってあれ?

 怪しい人がずっとフラペチーノを持って、私の方を見てる。てっきり、私の分と仮面の人の分だと思っていたけど、違うのかな?それとも、今飲むとさっき言ってたのがバレちゃうからかな?

 私がそんな事を考えながら飲み進めていると、肩になにかがぶつかった。

「チッ…」

 私がぶつかった方へ振り向く前に、舌打ちの音がはっきりと聞こえた。それを聞き、私は振り向くのを途中でやめ、再び元の向きに戻った。

「……空気が少し悪いね。外に出ようか。安全な場所はここ以外にもあるし」

 この人の提案に、私は頷き、カフェから出た。


____________________________


「着いたよ」

 カフェから五分くらい歩き、静かな公園に来た。ここが、この人が言っていた安全な場所らしい……正直、あまり安全な場所には見えない。

 公園には、ブランコや馬の形をした乗り物に、いくつかのベンチ。そして、中に入れるドーム状の遊具があり、少し味気ない。それ以外に目新しいものは無くここが本当に安全な場所なのかと、疑問が湧き出てくる。

「本当にここが安全な場所なんですか」

「うん。正確には、此処に居る子が強いから安全って感じだね」

「?」

 この人の発言的に、番犬みたいなのが居るってことなのかな?でも、この人の口調的に一人だけっぽいし……安心出来るのかな?

 私がそんな事を考えていると、ピーポーピーポーという、パトカーのサイレン音が聞こえ始め、それがドンドンこちらに近づいて来てるみたいだ……

「おっ、やっと来たか!」

 私の不安をよそに、ドーム状の遊具から……怪しい二人の大人を引きずりながら、明らかに上機嫌な黒髪の同い年くらいの男子が出てきた。

「あの…これって大丈夫なんですか!?」

「あ〜うん。普通に大丈夫だよ。少なくともこの地区ではね」

 仮面の人に疑問を聞いていると、到着したパトカーから、二人の警官が降りてきて、男子になにか渡し、男子はそれを数えて頷いた後、二人の警官が怪しい大人をパトカーに引きずり入れ、この場所から去っていった。

 さっきのこの人の返答が事実だった事を実感し、あっさりと返答をされたことに、少し唖然とする。……私はもしや、とんでもない所に来てしまったのかもしれない…そう思わせるには十分な光景だ……少なくともあっちよりかはマシだろうけど。

 何かを受け取り、後ろに振り返る動作の途中で私達に気づいたのか、コッチに近づいてくる。

「やあ、レッド。今日の稼ぎはどれくらいだった?」

「はぁ…ボチボチだったよ。少なくとも労力に見合うくらいにはな」

「それなら良かった。ところで、ちょっとこの公園で休憩しても良いかな?」

 そう聞きながら、仮面の人はレッドと呼ばれた男子にフラペチーノを渡す。

「……フラペチーノねぇ…わざわざ資本主義の権化みたいなもんを毎回持って来るのもどうかと思うがねぇ…」

「ダメだったかな?」

 そう言い、飲み物を渡し、仮面の人は首をかしげる。少し子供扱いをしているようで、少なくとも私はモヤッとした。

「良いんじゃねぇか別に。僕としては助かってるしな。どうせこうすれば守ってくれるとでも思ってんだろ?」

「否定はしないよ。どうせいつかはボロが出るしね」

「はぁ…どうせお前はなんだかんだ無事で済むだろ。まぁゆっくりしていけよ。そこの話相手さんもな」

 そう言い、レッドと呼ばれた男子は、ドーム状の遊具の中へ入って行った。

「さて、安全は確保出来たし、ゆっくり話そうか」

「…そうですね…」

 私達は公園に設置されているベンチに座り、今日気になった事を話し始めた。


 ……今日感じた……奇妙な違和感と雰囲気について……

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