「逃亡のフォルト②」

「はじめまして。今日は、君の今後に響く相談をしていくよ」

 部屋に入り、今日の相談相手の子の対面の席に座る。室内は、白く、相談する為の椅子と机が置いてある、狭く味気ない部屋だ。

 部屋に入ってきた私に、対面の子は、読んでいた本から目を離し、こちらを向いた。そして…なにやら胡散臭いものを見るような…警戒するような視線を向けてきた。読んでる本は…多分図書室にある歴史書のようだ。一旦、私のことについて、知ってもらうことが必要なのかもしれない。少なくとも、この孤児学校で過ごすことになる可能性が高いわけだし、遅かれ早かれってやつですね。

「えっと、名前はクルスで合ってるかな?」

「はい…それで間違いないです」

 今日の相談相手は、クルス・デモンズ。

 種族:悪魔と人間の混血。

 保護された状況:悪魔族が統治しているセイキロス地区にて、路上で新聞をかけて寝ていたところを職員により保護された。

 年齢:十歳。

 身長:147センチメートル。

 身体的特徴:金髪で肘辺りまである髪に、悪魔族特有の大きな翼と長い尻尾が特徴的な少女。しかし、悪魔族特有のツノが無く、悪魔族特有の色白さが控えめな肌色をしている。発見時、あまりに服装がみすぼらしかった為、孤児院の制服に着替えさせた。

 ……なるほど……相変わらず、アイツは余計なところまで見てますね……少し引いてしまうくらいには……まぁ今更……だね…それはそうとして、事前情報はわかったことだし、まず始めにアレをやらないと…

「セイキロス区か〜結構辺境なところから来た感じかな?」

「えっ。………」

 何やら暗い顔をしながら黙ってしまった。何かトラウマでもあるのか、それとも単純に、私の格好があれだからか。まぁ、いずれわかるだろう。

「答えたくないならそれで良いよ。じゃあまず、相談を始める前に、君から自分に聞きたいことはあるかな?」

「えっ……」

「ほら、君は校長に、この相談次第で此処に入れるかどうか決まる、とか言われたでしょ?」

「はい…そうですね…」

「だったら、今のうちにコッチの情報も知っておいてもらった方が、後々都合が良いからね。どうせって言ったらアレだけど、余程おかしい奴じゃない限り入れるから、自分達の立場としては、気楽に話してくれる方が事務的にも嬉しいんだよ。でも、初対面の性格や立場なんてわからない奴にそんな事話しにくい。そんな訳でこんな事をしてるんだよ」

「な…なるほど…」

 そう言い少し考える素振りをした後、戸惑う様子で少女は口を開いた。

「えっと…その…失礼かもしれませんが、その仮面は一体…?」

「あぁ、自分がつけているこの八つ目の仮面ね。着けてる理由は…そうだなぁ…正体を隠す為って事で良いかな?」

「えっと…何か指名手配とかされているんですか…?」

「まさか、別にそういう訳じゃないよ〜流石に。この地区を治めてる奴がやたらと色んな事知っててね。少なくとも自分みたいに此処を運営してるヤツの個人情報は大体握られてるんだ。で、それは流石に嫌だよねって事で、仮面を着けて少しでも情報を隠そうとしてるんだよ。自分はギリギリ知られて無いらしくてね。ついでに、この仮面には変声機も内蔵されているから、声でバレる心配もなくなるしね」

「なるほど…?なんとなくわかりました…」

(声だけでそんな個人情報まで分かるものなのかなぁ?)

「他に何か聞きたい事とかあるかな?」

「えっと……他には……別に……」

 私の方を撫で回す様に見た後、少女は気まずそうに目を逸らした。

「……年を取ると、ある能力を身に付ける事が出来るんだよ。それは何だと思う?」

「え…?えっと……」

「素直に聞いてきてくれたら、特別に教えてあげても良いよ」

(……あぁ…そういうこと……)

 少女は何かを察した様な表情と、ホロ苦い笑みを浮かべる。

「……えっと……なんでそんなに包帯を巻いてるんですか……?」

 少し怯えるような声色…とはちょっと違う。正確には、諦めたような声色が大部分を占めていて、その中の恐れがわかりやすいから目立っているだけ、のような気がする。冷静なような冷静じゃないような……まぁ、これは後で考えよう。今は目の前の質問に答えないと。

「う〜ん……単純に不幸体質だったり、手荒い事をする機会がボチボチあるからかな?この辺は治安が悪いし、生徒さん達を守る必要経費…必要な怪我ってやつだよ。それにしたって怪我し過ぎだとは思うけどね。この前も雷に打たれたせいで、髪が焦げたし、なんか癖っ毛になっちゃったしね。まぁ、全身怪我したって死ぬことは無いし、そんな気にするものじゃないよ」

「……そうなんですね……」

「そんな怯えなくても大丈夫だよ。此処の先生達は強いからね〜」

「それはなんとなくわかりましたが……」

「まぁ正直、慣れの部分もかなり大きいし、そのうち慣れると思うよ」

「…頑張ります」

 ほんの少しだけ、緊張が解けた様な顔が見える。少しは打ち解け易くなってると良いな。じゃあ打ち解ける為に、次のステップに進みますか。

「ふふっ、その意気だよ。さて、空気が少々アレだけど、そろそろコッチからも質問しても良いかな?」

「は、はい。もちろんです!」

「ありがとう。じゃあまず…っと、その前に、ここからは少し暗い話になるから、心の準備を少ししておいてね」

「……はい。わかりました」

 私は一息置いてから、改めて質問を始める。

「君はいつ頃から路上で生活をしていたの?それと、ずっとあの場所に居たの?それぞれ教えてくれない?」

 私の質問に、少女は苦しい顔をした後、一瞬息が止まったかのような顔をする。そして、暗い顔をしながら話し始めた。

「……路上で生活を始めたのは、およそ二日前です。あの場所には、先生?が来たその日だけ居ました。その前までは……公園とか炊き出しの場所に行ったりしてました…」

「なるほど?因みに、目立たないって理由で路地裏を寝床に選んだみたいだけど、その理由って言える?」

 さっきの質問の時より少女はより一層暗い顔をして、俯いた。

「う〜ん……大丈夫?言えないなら言えないで全然良いんだけど…」

「……今言わないと、此処に入れなかったりしますか……」

「いや?全然そんなことないよ。別に答えても答えなくても、変わるのは先生達の態度くらい。言いたくないなら言わなくても良いよ。一応で聞いてるだけだしね」

「……それなら…今は答えたくないです…」

「オーケーだよ。えっと〜……他に聞きたいことは……いや、いいや」

「?」

「もし君が良ければだけど、今から外に散歩に行かない?」

「え…?は、はい。大丈夫ですが……」

「ありがとう。これから外に行くわけだけど、何か欲しいものとかある?日焼け止めクリームとか、日傘とか」

「……いえ、別に必要な物とかは大丈夫だと思います」

「了解。じゃあ行こっか」

 私は経口補水液が腰のホルダーに二本差さっていることを確認し、少女と散歩に出かけた。

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