春を待つ

  新しい年が始まった。

 冬の休みも終了し、いよいよ受験シーズンの到来となる。

 桃乃の通う学校では一月の中旬に入学試験があり、数日後に合格発表となる。


 兄貴トリオたちの会話から、桃乃は慎也の妹が来春からこの学校の生徒になることを知った。


「入試が終わるまではあんな調子が続くだろうから、今はそっとしておいた方がいいんじゃないか?」


 と飯塚は言っていたが、入試が終わっても、慎也の様子は変わらなかった。


 落ち着くどころか、さらに浮足立っているように桃乃の目には映った。


 どうやら、籍は入れていたようだが、母娘は「今の時期に転校するのは……」という理由で、まだ新居に越していなかったようだ。


 高校の進路が決定したのをきっかけに、四人の新生活がスタートしたらしい。

 桃乃たちが入り込む余地もなかった。


 役員たちの慰めや、同情するような視線が桃乃をイライラさせる。

 が、そのような態度は一切、表にはださずに、桃乃は周囲が期待している「恋する乙女」を演じ続けた。




 

 二月は逃げるというが、あっという間に三月となり、終業式が迫ってくる。


 生徒会の雑務中に慎也の新しい家族のことが話題に上り、その流れから妹の写真を見ることができた。

 ちょっと驚いたような、緊張したような表情を浮かべている。


 ちらりと見ただけだったが、幼い顔立ちのあどけない少女だった。

 髪の長さも中途半端だし、服装やファッションは一般的だ。


 トリオたちが大騒ぎするほどでもないと思った。

 役員たちが「可愛い」を連発していたが、それは慎也を気遣ってのこどだろう。

 自分の学校に通う中等部の少女たちの方がだんぜん可愛いと、桃乃は思った。


 一方で、お調子者のトリオたちは、春休みに兄貴四人と妹の四人で遊園地に行く計画をたてている。


 冗談ではなかったようだ。

 勉強会こそしなかったものの、トリオたちは出題傾向や学習ポイントなどを慎也に提供し、妹の受験勉強に貢献していたようである。


 いきなり遊園地はハードルが高いだろうから、まずは、近場のショッピングモールで映画や食事をして妹たちが親しくなるきっかけをつくる、という日を事前にセッティングするという気合の入れようだ。

 カラオケやゲームセンター、さらには博物館や美術館に行こうという案もでている。


 彼らが何かを言うたびに「嫌だ」「行かない」「自分たちだけで行け」と慎也の返事はそっけなかった。

 だがトリオたちはめげずに、色々な場所を調べてきては提案を繰り返している。


 なにかと理由をつけて、慎也の妹に会う機会を増やしたいだけだろう。


 最初は渋っていた慎也も「春から同じ学校に通うようになるんだらか、三人のうちの誰かとは同じクラスになるかもしれないだろ? 知っているヤツが同学年にいるのといないのでは、気持ちが全然ちがうぞ」という言葉に心が動いたようである。


 それに、彼らに恩を感じている慎也としては、強く断ることもできなかったようだ。


 粘り強いトリオたちに呆れると同時に、彼らの交渉力に桃乃は驚いていた。


「まさかとは思うが、四月からはマオちゃんと一緒に登校するのか?」

「もちろんだ。同じ家に住んでいて、同じ学校に行くんだから、別々に登校するなんて、おかしな話だと思うぞ」

「……オレは別々だぞ」

「オレも」

「うん。別々だな。一緒に登校したのは、小学校までだな」

「え? そうなのか? 登校は一緒に、下校するときも時間があえば一緒に帰ろうと約束したぞ?」


 真顔で反論する慎也に、トリオたちは呆けたような顔になる。


「……あ――。そうなんだ」

「マオちゃんって、なんて、兄貴想いの優しい子なんだ。泣けてくる」

「瀬名川兄妹は、理想とする兄妹の象徴としていつまでもピュアなままでいてくれ」

「どういう意味だよ?」

「仲がよろしくてようございました、っていう意味だよ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ……」


 慎也は不思議そうに考え込む。

 真面目な慎也を、トリオたちは笑ってからかう。


「いやぁ、瀬名川もずいぶんとかわったなぁ」

「ホント、ホント」

「そうなのか?」

「最初の頃って、こう、近寄りがたいっていうか、なんか、厳しい雰囲気があって、ちょっと距離をおきたいかなぁ……なんて思ってたんだけど」

「オレも! 最初に話しかけられたときは、なんでオレなんかにあの瀬名川慎也が話しかけてくるんだ? ってちょっと怖かったよ」

「オレも」

「…………」

「今はま――るくなって、親しみが持てるというか、すごくモテすぎる男になっちゃったよね?」

「みんなからの視線を集めまくって、側にいるオレたちも落ち着かないぞ」


 と言いながら、トリオたちは教室内をぐるりと見渡す。

 こちらをじっと見ていた生徒たちが慌てて視線をそらしていく。

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