難攻不落
年の瀬が近づいてくる。
相変わらず慎也は「妹の勉強をみるから」と言って、生徒会の活動が終わるとさっさと下校している。
生徒会の仕事はちゃんとしているので、慎也を引き止めることはできない。
この頃になると、生徒会のメンバーも桃乃が誰を好きなのか気づいていた。
そして、彼女の気持ちに全く気がつかない慎也に、メンバーたちはいらだちを感じはじめていた。
その反動で、健気で一途な桃乃を応援しようという雰囲気になっていく。
慎也を除く生徒会のメンバー全員が、桃乃の味方になっていた。
冬休みの初日にクリスマス会、忘年会を兼ねた集まりをメンバーが企画した。
慎也もそれを欠席するとは言えず、カラオケボックスに役員たち全員が集まった。
メンバーたちは桃乃と慎也を隣同士に座らせたり、慎也を焚きつけたりしたが、結果は散々たるものだった。
ただのカラオケ大会、忘年会でしかなかった。
二次会も考えていたのだが、慎也はあっさりと帰ってしまった。
それにはメンバーだけでなく、桃乃本人も呆れかえってしまった。
「瀬名川って、ブレないヤツだよな」
「あそこまで鈍いのはどうなんだ?」
「ある意味すごいよな」
「なにを食べたらあんな風に育つんだ?」
「焼きおにぎりが好きとか言ってなかったか?」
一同はため息を吐きだす。
「みんな、今日はありがとうね。色々と応援してくれて、嬉しかったわ」
桃乃はひとりひとりの顔を見つめながら、まんべんなく微笑を向ける。
悔しがるわけでも、落胆するわけでもなく、平静を装おうとしている桃乃の健気な姿に、参加者たちは切ない気持ちになる。
桃乃が年相応に取り乱したりしていれば、メンバーたちも気持ちが楽になっただろう。しかし、彼女が冷静であろうとすればするほど、一同の罪悪感と桃乃への同情が深まっていく。
「まあ、父親が再婚したり、新しくできた妹が受験生だったり……瀬名川も色々と気を使っているんじゃないかな。時期が悪かったよ」
重くなっていく空気を振り払おうとするかのように、書記担当の飯塚が発言する。
彼は慎也と何度か同じクラスになったことがあり、そこそこ仲がよかった。
友人といっても問題ないくらいには親しい間柄だ。
その流れで飯塚は副会長をかばうような立場になっていた。
彼は最初からこの集まりに消極的で、最後まで反対していた。今日のことは多数決に従っただけだ。
乗り気でなかったのは、このような展開になるだろうと予測していたからだ。
「だけど、会長のコトを無視するって、どうなんだよ。まさか、わざとじゃないだろうな?」
「いや、それはないだろう。瀬名川って昔からあんな感じだったぞ。バレンタインのチョコも本命と義理の区別がつかなかったくらいだし。それ以外がしっかりしているぶん、残念感が増してしまうというか」
「でもさぁ……あの鈍さ、なんとかならないのかな」
これはもう、はっきりと言葉にして伝えないと理解できないのでは? と役員たちは思ったが、だれもそれには触れなかった。
桃乃もだが、慎也も告白をことごとく断っている人物で有名だ。
万が一ということもありえる。
「瀬名川って好きなヤツがいるのかな?」
「恋愛に興味ないっていうけど」
「女に興味がない……という可能性もあるよな?」
「いや、年上かもしれないぞ」
慎也が告白を断るたびに、交わされるおきまりのやりとりがはじまった。
桃乃は乾いた微笑を浮かべたまま、その会話を聞いているフリをする。
「もしかして、副会長は、会長の告白を待っているのかもしれませんよ?」
会計を担当している一年生の発言に、会話がぷっつりと途切れる。
全員の視線が桃乃に集まった。
「だったら嬉しいんだけど……」
桃乃は曖昧な微笑を浮かべたまま、その言葉をやりすごす。
「まぁ……難しいとは思うけど、とにかく、入試が終わるまではあんな調子が続くだろうから、今はそっとしておいた方がいいんじゃないか?」
この場にいる全員に言い聞かせるように、飯塚が発言する。
桃乃の行動を邪魔しようという意図はない。飯塚も桃乃と慎也のカップルはお似合いだな、と思っている。
というか、ふたりの生徒会を運営する姿を見ていると、あれでなぜつきあっていないのかわからないくらいだ。
自覚のない慎也にも困ったものだが、あまり外野が騒ぎすぎると、慎也が怒りだすだろう。
そうなれば終わってしまうので、ここはいったん冷静になるべきだと提案する。
提案しながらも、入試のあとは、進級の準備や、入学までの宿題などがあるから、慎也の態度はかわらないのではないか、と飯塚は考えている。
それに、それが終わったら、今度は自分たちが大学入試の追い込みになってくる。
模擬テストで上位になるよりも、慎也に桃乃の気持ちを気づかせる方が難しい、と飯塚は思った。
桃乃が「それもそうね」と頷く。
慎也と交流がある者の意見には説得力があった。
会話はそれで終了した。
慎也が帰ってしまったことにより、場が白けてしまった。
だれも二次会をしようとは言いだせず、この日はこれで解散となったのである。
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