友人たち
慎也に母親がいないことは知っていた。
彼の父親は学校行事で何度も見かけている。
息子と同じで、とても魅力的な男性だということも、桃乃は知っている。
慎也の父親なら、再婚もありうるだろう。いや、今まで再婚しなかったのが不思議なくらいだ。
親が再婚する、となると色々と悩むこともありそうだ。
様子がおかしい、と感じたのはそのせいだったのか、と桃乃は納得する。
だが、どうしても気になって仕方がない部分があった。
それは抜くことができない棘のように、桃乃の心に深く突き刺さる。
慎也のことから別のことへと会話の内容が移ったが、桃乃はその輪に加わることができなかった。
みんなの声が遠くで聞こえ、ぐるぐると、ぐるぐると、ひとつの言葉だけが回っている。
(妹……)
慎也に妹ができる。
ショックだった。
正確には、慎也の父親が再婚するという大事なことを教えてもらえていなかったことに、桃乃は衝撃を受けていた。
(わたしって、瀬名川くんにとってはその程度の存在だったのね……)
自分の内側でなにかが蠢いている。それはどす黒い燃えるような感情だ。
桃乃に内緒にしていたのではなく、話す必要がないと判断されたから、知らされなかったのだろう。
会話では再婚が確定したわけではないようなので、その時がきたら話してくれるのかもしれない。
だとしても、クラスの男子たちはすでに知っているという。
慎也がクラスの男子に片っ端に声をかけていた段階があったが、そのときに「父親が再婚することになったが、その相手にふたつ年下の女の子がいるので、同年の妹がいる生徒は知らないか?」といったような内容で聞き回ったのだろう。
生徒会などの活動を通じて親密になったと思っていたが、そう思っていたのは自分だけだった……。
桃乃の中で『何か』が、ガラガラと音をたてて崩壊していった。
夏休みが終わった。
進学校の夏休みは休みであって、休みではない。
そんな夏も終わった。
誰も慎也の微妙な変化には気づいていない。
ただ、『二歳年下の妹を持つ兄貴トリオ』は、慎也の報告に爽やかな笑顔を浮かべて祝福していた。
「よかったな」
「がんばれよ!」
「また、わからないことがあったら、遠慮なく相談しろよ」
「オレたちは先輩みたいなものだから、優しく導いてやろう!」
「ありがとう。感謝している。これからもよろしく」
「そうだ、そうだ。いっぱい感謝しろよな」
「うまくいくといいな」
「今度、妹を紹介しろよな。オレの妹も紹介してやる」
「嫌だ」
「え――。減るもんじゃないんだし。協力してやったんだから、せめて写真くらい見せろ! すごく気になる。もちろん、オレの妹も見せてやるから」
「減るから嫌だ」
「うわ――。今から、独占欲まるだしな兄貴かよ」
「ちょっとひくな――」
「そういうのは、妹に嫌われるぞ」
「え? そうなのか?」
肩をくんだり、頭を撫でたり、と、男子たちは楽しそうにじゃれあっている。
そんな四人の姿を、桃乃は自分の席からじっと見つめるだけであった。
秋の様々な行事が終わり、季節は冬に移っていく。
慎也の父親が再婚した。
家族が増えるので新しい家に引っ越ししたという。
新しい生活が始まったようだ。
新しい家で、新しい母親と新しい妹との生活。
慎也に変化はみられない。
いや、違った。
表情が前よりも優しくなり、よく笑うようになった。
今までは近寄りがたい印象があったのだが、それがなくなり、他の生徒との会話が増えた。
桃乃は生徒会会長、慎也は副会長。
それを理由に、慎也と放課後を一緒に過ごしていたのだが、彼の父親が再婚してからは、慎也は生徒会の雑務を手早く片づけるとさっさと帰宅するようになった。
たまにはみんなで交流をと他の役員が誘っても「受験生の妹をサポートしたいからまた今度」と言って、あっさりと帰っていく。
そのようななか『二歳年下の妹を持つ兄貴トリオ』から『二歳年下の妹を持つ兄貴カルテット』に昇格したメンバーたちは、さらに結束を強めたようだ。
今は、「マオちゃんの受験をいかに応援するか」「勉強ができる兄貴を積極的にアピールして妹の信頼をガッチリゲット」で熱く語り合っている。
高校生にもなるので、慎也が積極的に新しい家庭のことを話すことはない。
苗字も変わらなかったので、知らない者も多いだろう。
バカ騒ぎをしているトリオだが、彼らも進学校で上位をキープしている秀才たちだ。
真面目な慎也を巧みに誘導して、彼から妹の情報を引きだしている。
慎也の妹の名前を知り、妹の写真を見た瞬間、トリオたちの目の色が変わった。
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