小さな違和感
そのようななか、慎也の様子がおかしいと感じるようになったのは、去年の梅雨頃だっただろうか。
ずっと見てきた桃乃だからこそわかった小さな変化だ。
休み時間は紙の書籍を読むことが多かった慎也が、なにもせずにぼうっと窓の外を眺めるようになったのだ。
スマートフォンを触る回数、時間も増えた。
最初はそれだけだった。
だが、梅雨が終わり夏になる頃、慎也に落ち着きがなくなりはじめる。男子生徒との会話も増えた。
最初は手当たり次第に声をかけていたようだが、そのうち特定の男子三名に絞られてくる。
休み時間はその三名と慎也が集まって、なにやらひそひそと話をすることが多くなった。
とても気になった。
それとなく慎也に彼らとなにを話しているのか聞いてみたが、「雑談だよ」という返事だった。
その漠然とした答えに桃乃が納得するはずもない。
考えた末、桃乃は自分の取り巻きの女子を巻き込み、慎也が席を外した瞬間を狙って、三人との会話を試みた。
「ねえ、あなったたちって瀬名川くんと仲がいいみたいだけど、いつもなにを話しているの?」
特に仲が良かった三名ではないのだが、慎也がしつこく話しかけているうちに、三人は共に行動することが多くなったようだ。
このときも三人が一緒にいてくれたので手間が省けた。
「え? なに……といわれてもだな。色々だよ?」
いきなり女子生徒、しかも桃乃たちのグループに話しかけられて、男子たちは面食らっている。
「そうだなぁ。色々だなぁ。一番多いのは妹のこと? かな?」
「そうそう。妹のことについて……かな?」
「妹?」
桃乃の心臓がどくんと大きな音をたてる。
世界が凍りついたような衝撃にみまわれる。
「あ――。そういえば、あなたたちって、ふたつ年下の妹がいるのよね?」
取り巻きのひとりが会話を続ける。
「うん。オレたち偶然にも二つ年下の妹が中等部にいるんだよな」
「いやぁ。瀬名川と話しをするまで、お互いに同学年の妹がいるなんて、全く気づかなかったよ――」
「だよな」
「そう……なのね」
桃乃はゆっくりと頷く。
顔がひきつりそうだが、できるだけにこやかな表情を浮かべるように努力する。
この三人の妹の中に、慎也が気になる女の子でもいるのだろうか。
「瀬名川には、色々と聞かれたよな?」
「中学生の女の子が好きなものはなにとか、嫌いなものはなにかとか?」
「興味がある話題はなんだとか?」
「お菓子とか、食べ物。ファッションとか、アイドルとか、コミックとか? ゲームとか? ……困ったよな」
「うん、うん。そんなの知らないって」
「オレは知ってるもんね」
「いや、おれだって少しくらいは……」
「あなたたち、そんなことを話してたんだ。瀬名川君がすごく真剣な表情でメモしてたからもっと、すごいことかと……」
「瀬名川君って、そういう趣味があるの?」
取り巻きが呆れ返る。
「シュミ? いやそれは違うぞ」
「まあ、真剣になる気持ちもわかるかな」
「そうだよなあ……」
男子たちは困ったような表情を浮かべて互いの顔を見る。
言っていいことなのか、悪いことなのか迷っているようだった。
「口止めされてもいないし、いいのかな?」
「う――ん、どうだろう? プライベートいや、これって、いわゆるプライバシーの問題だろ?」
「でも、クラスの男子なら、ほどんどのヤツが知っているんじゃないか?」
「だよな。男子なら知ってるだろうな」
「そうだなぁ。このまま女子に変な誤解を与えるのも気の毒だよな」
「瀬名川はいい奴なのにな」
なにやら深刻な話になってきた。
桃乃は引き際を考え始める。
彼らはしばらく悩んだ末に「ここだけの話しだけどな」とお決まりの前置きをした。
「瀬名川の家だけど、お父さんが再婚するらしくって、新しいお母さんの方に、二歳年下の女の子がいるんだって」
「いや、違うぞ。再婚するかもしれない、って話しだったぞ?」
「違うのか?」
「違うだろ!」
「同じだろ?」
「ちょっと、アンタたち『らしい』と『かも』は、違うと思うわよ」
「だよな。だから、言いふらすなよ?」
会話の音量が低くなる。
確かに、大きな声では言えないことだ。
「親同士はその気になっているらしいけど、今は子どもが納得するか……っていう段階だったっけ?」
「みんなでちょくちょく会っているらしいぞ」
「そういうの、ドキドキするよな」
「その子と仲良くしたいから、妹のいるオレたちに色々と教えてくれって言われてさ」
「瀬名川はひとりっ子だから、兄弟ってものもよくわからないって言ってたし」
「兄貴としての心構えとか聞かれたときは、困ったよなぁ」
「別に意識してないもんなぁ。答えられなかった自分が恥ずかしいっていうか」
「瀬名川って、ホント、真面目だよ……」
「そうだったんだ」
「瀬名川くんの妹になる子、ちょっとうらやましいかも」
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