秘めたる想い
一年、また一年、と月日は重なる。
慎也と同じクラスになる年もあれば、違うクラスになる年もあった。
そのたびに桃乃は一喜一憂した。
桃乃と慎也は中等部、高等部へと進級していく。
ふたりはいつしか生徒会役員の常連になり、桃乃と慎也の距離はぐんと縮まった。
思春期になれば、進学校の生徒であっても、恋におちて告白する者もでてくる。
桃乃ほどではないにしろ、慎也も定期的に校舎裏や屋上やら、様々な場所に呼び出されて告白されていた。
おしゃべりで好奇心旺盛な女子がいる。
そういう情報は、すぐに桃乃のところに入ってくるようになっていた。
慎也は親しくした記憶もない女子生徒からの呼び出しに丁寧に対応しながらも、きっぱりと「今はそういうのには興味がないので」と断っていた。
数少ない慎也の友人たちが「もったいない」「女の子が可哀そうだ」「お試しで付き合ってみたら?」と話しているところに遭遇したことがあったが、慎也はなんと答えていただろうか。
他の男子生徒たちの「さすが」「セイジンクンシュ!」「ひとりでかっこつけるな!」という声にかき消されてしまって、慎也本人の声を聞き取ることはできなかった。
呼び出して告白するだけでなく、強引に慎也と付き合おうとした女子もいた。
優等生で優し気な外見をそのまま信じて、なれなれしく慎也に近づこうとしたら、手痛い拒絶があるのだ。
自業自得だ。
愚かとしか言いようがない。
生徒会の活動という建前があったから、桃乃は慎也の隣に並び立つことができるのだ。
それを彼女たちは理解していなかったようである。
慎也のうわべだけしか見えていないのだろう。
桃乃は自滅していく女子たちをじっくりと観察し、どういうタイプが慎也に嫌われるのかを冷静に分析していく。
それにしても、あれだけ女子から呼び出されているのにもかかわらず、本人に自分がモテるという自覚がないのは、どういうことだろうか。
頭よし。顔よし。体格も性格もよい。
なにしろ、桃乃が小学生の頃からずっと想いつづける男子生徒である。普通の男子であるはずがない。
積極性に欠けるのが欠点とも言えるのだが、恋する乙女は桃乃も含めてそれが『沈着冷静』に思えてくるのだ。
高校二年生になり、桃乃は慎也と同じクラスになった。
三年生はクラス替えがないので、このまま卒業までは一緒だ。
だが、大学も同じとは限らない。
桃乃は焦りを感じはじめていた。
恋愛方面になると、とたんに鈍くなる慎也のペースにあわせていたら、このまま何事もなく高校生活が終わってしまう、と桃乃は危機感を抱いたのである。
周囲への牽制も兼ねて、桃乃は慎也に思わせぶりな態度をとるようになった。
もちろん、他の女子たちみないなことにならないよう、どこまでが許される範囲なのかを常に考えながら慎重に行動する。
桃乃の積極的な行動は、慎也以外にはしっかりと伝わった。
桃乃の近くにいる生徒たちは、彼女が慎也に好意を寄せているのに気づいている。
その結果、桃乃に遠慮して、慎也に告白する者は減った。
遠目にはふたりが付き合っているようにも見えたからだ。
だが、どんなに頑張っても、慎也だけには気づいてもらえない。
思わせぶりな行動ではなく、もっと直接的……実際に言葉で伝えるくらいのことをしなければならなかったのだが、ここでもまた桃乃のプライドが邪魔をする。
総合成績では常に桃乃が上位で、生徒会長は自分で、副会長が慎也だ。
つまり、自分の方が上の存在だという無意識があり、自分から告白して返事をもらうのではなく、慎也のほうから告白するのが当然という意識があったのだ。
周囲は桃乃と慎也を似合いのカップルとして認め始め、気づけば『瀬名川と市川をくっつけ隊』なるものが結成されていた。
なんと、桃乃を応援したいと名乗り出る生徒が現れはじめたのだ。
純粋にふたりの恋の成就を『瀬名川と市川をくっつけ隊』が願っているわけではないだろう。
面白がっている者。
ふたりの仲が進展しないことに苛立った者。
ビッグカップルの誕生に幻想を抱いている者。
彼氏にしたいナンバーワンと彼女にしたいナンバーワンが片づけば――邪魔者が片づけば――、自分にも恋のチャンスがめぐってくると考えた者。
自分がネタにされ、いいように利用されているのはわかっているが、ならば自分もそいつらを利用してやればいい、と桃乃は思っていた。
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