出会い
市川 桃乃(いちかわ とうの)が瀬名川 慎也(せながわ しんや)の存在に気づいたのは、小学五年生の頃だった。
ふたりとも同じ学校に通っていたのだが、五年生になるまで同じクラスにならなかったので、お互いにその存在に気づかなかったのだ。
華やかな桃乃の周囲には、いつもたくさんの人がいた。
自然と人が集まり、友達ができ、その中心でリーダーとして、あるいは、女王様としてふるまっていた。
反対に、慎也の方は就学前に母親を亡くしていたこともあり、内向的な少年だった。教室の隅の方にいて、少数の友人と行動を共にすることを好んでいた。
内向的ではあったが、発表や人前に立った場合は物怖じすることなく、まるで別人かのように堂々としていた。
学級委員などの面倒な役割をおしつけられたときは、嫌な顔をひとつせずに、積極的に取り組む真面目な生徒だった。
進学校として有名な一貫教育校の初等部に通う子どもたちは、その環境と家庭の事情から、同年の子どもたちと比べて早熟だ。
幼児の頃から様々な教室に通い、塾や家庭教師で勉強する毎日。
聡明で思慮深く、ときには大人を驚かせるような発言をする。
そのなかでもふたりは特に優秀な生徒として、教師たちや同級生に認められていた。
クラス、いや、学年の中心にいたのは桃乃だ。
みんなが桃乃をあこがれの眼差しで眺めたが、例外的な者もいる。
例えば、桃乃の人気に嫉妬する者だ。
桃乃が中心で輝けば輝くほど、闇の部分は濃くなる。出る杭は打たれるという言葉を桃乃は知っていた。
嫉妬、敵意、羨望、反感、悪意……。
子どもの世界にもそれはある。
自分に向けられるそれらの感情に対して、桃乃は有名税として割り切って考えるようにしていた。そのようにふるまうよう育てられた。
嫉妬の眼差しを向ける生徒たちは、頭脳明晰な桃乃にとっては、取るに足らない『小物』でしかない。
相手にはしない。
だが、桃乃を攻撃する者に対しては、様々な手段で反撃していたので、誰も桃乃に逆らおうとはしなかった。
例外的な者のもうひとパターンは、『無関心』な者たちだ。
慎也がそれだった。
同じクラスになり、桃乃と共に行動することがあっても、慎也の態度は変わらなかった。
桃乃を他のクラスメイトと同じように扱ったのである。
今までの桃乃なら、自分が蔑ろにされたと受け取り、なにがなんでも慎也を屈服させようとしただろう。
だが、慎也に対してだけは、なぜかそれはできなかった。
慎也が桃乃を相手にしなかったのは、単に桃乃の周りにいつも人がいたので、あえてその輪の中に入っていく必要性を感じなかった――つまり面倒くさかった――からなのだが、小学生の桃乃には理解できるはずもない。
逆に、騒ぎから一歩ひいた立ち位置で静観している慎也が、とても大人びた存在として桃乃の心をとらえてしまったのである。
しかし、大きな会社をいくつも経営する家庭で生まれ育った桃乃には、自分から慎也に歩み寄って「友達になろう」とは言えなかった。
今まで友達というものは、向こうの方から勝手に近づいてきたのである。
それが桃乃をとりまく世界だった。
自らが動いて友達をつくる術を桃乃は知らなかったのである。
なので、桃乃は慎也の方からコチラに来るのを待った。
慎也には他の子と同じように「友達になろう」と言って欲しかったのだ。
今まではそれでうまくいっていた。
欲しいものは手に入った。
だが、瀬名川 慎也だけは違ったのだ。
教室の隅にいる慎也など無視し、自分の周りに集まる友達だけを見ていればよかったのだろう。
だが、桃乃は五年生の頃から慎也をずっと待っていた。待ち続けていたのだ。
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