令嬢たちの静かなる闘い

 令嬢たちが一斉に振り向き、素早く身を屈めて敬意を表す。

 護衛騎士や令嬢たちの背後にいたメイドも、再びそれぞれの礼をとっている。


 が、ここでもまたフレドリックくんの「勇者様はこのままで」という、囁き声が聞こえた。


 ローズピンクの髪、琥珀色の瞳の美しい令嬢が、優雅な微笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。淡いピンク色のドレスがとても似合っていた。


 ワタシの前に来ると、令嬢は誰よりも優雅に美しく身を屈め、さらには腰を折る。

 その様子を見た三人の令嬢も慌てて、ワタシに向き直って腰を折る。


「…………」


 沈黙の時間が流れる。

 三人の令嬢たちが耐え切れずにプルプルと身体を震わせる中、ローズピンクの髪の令嬢だけがピクリとも動かない。


 ワタシが声をかけるまで、このままの状態なのだろう。ちょうどよい筋トレだな。

 栗色の髪の令嬢がそろそろ限界のようだ。身体が左右に揺れ始めた。

 ワタシは隣の専属護衛騎士に視線を向ける。


「フレドリックくん、こちらの美しいご令嬢たちは?」

「勇者様、こちらにいらっしゃる方々は、王太子妃候補の方々です。お妃教育に参加中のため、現在は王城にご滞在中です」


 フレドリックくんが礼を解き、ワタシの質問に答える。三つ子たちも顔をあげる。

 なるほど、合宿中のワガママお嬢様たちか。

 王太子妃候補ということは、あのエルドリア王太子のお妃になるのか。大丈夫か?

 まあ、ワタシがそんな心配をしても仕方がない。


「そうか。お妃候補の方々。将来は王の隣に立ち、王を支える尊い方たちか。わたくしも、異なる世界では、それなりに長い期間、一国を統治し、民の頂点に立って女王として民を導いている。民の行く末を預かる重責は大変だ。そして、孤高の王を支える伴侶も、重大な役目だ。ふさわしき者になれるよう、しっかりと学べ」

「…………」


 令嬢たちはさらに身を屈めた。

 愚かにもワタシに口撃をしようとした三人の令嬢たちは、心中穏やかではないだろうが、後から登場した格上の令嬢に倣っているのだろう。


 ローズピンクの髪の令嬢がなにかをしない限り、彼女たちは動けないとみた。


 フレドリックくんが「たいへんよくできました」とでも言いたげに小さく頷く。


 魔王か勇者かはともかく、ワタシの言っていることは間違いない。

 異世界ではあるが、ワタシは他国の王だ。しかも、こちらの国の方々に招待された側(しかも無理やり)になるので、王太子の妃ですらない令嬢は、ワタシに頭を下げて敬ってもらわないと困る。というのを暗にアピールする。


 しっかり学べという言葉には、「為政者の目から見て、おまえらは王太子のお妃としては未熟だ」というダメ出しだ。

 それくらいはわかるだろう。わかっているよね?


 令嬢たちはまだ屈んだままだ。

 もう一声が必要なのか。


「不本意ではあるが、わたくしはこの国を救う勇者として喚ばれた者らしい。この先のことはよくわからぬが、しばらく滞在するので、よろしく頼む」


 いや――、こんなセリフを言うのは、心の奥底から不本意なのだが仕方がない。


「勇者様、遠き世界よりよくおいでくださいました。わたくしはオーベル公爵家三女シルビア・カーマンと申します。シルビアとお呼びくださいませ」


 ローズピンク髪のシルビア嬢が優雅な挨拶を披露する。

 ワタシと真正面から目があった。

 とても意志の強そうな目をしている。


 う――ん。この人がエルドリア王太子の奥さんになったら、王太子は間違いなく、尻に敷かれる方になるだろうな。叱られてばかりの人生になりそうだ。


「わたくしの後ろに控えておりますのは、アーベル侯爵家令嬢ミィーナ・フィンリー嬢」


 最初に言葉をかけてきた緑の髪、茶色の瞳の令嬢がさらに腰を低くする。


「イーベル侯爵家令エリダ・サミエント嬢」


 真ん中にいた青い髪、緑の瞳の令嬢が腰を下げる。


「ウーベル侯爵家令嬢ジュリア・キイゼレ嬢」


 最後は身体が左右に揺れ始めたていた栗色の髪、茶色の瞳の令嬢だ。フラフラしているが、なんとか踏みとどまることに成功している。


 オーベル嬢がこの場を掌握し、一気に自己紹介をやってしまう。

 それだけ、公爵令嬢の力が圧倒的に強いのだろう。


 お妃候補がどういう流れでお妃になるのかわからないが、なんであれ出来レースの匂いがする。

 あきらかに格が違う。後ろの令嬢たちにちょっぴり同情してしまう。


「わかった。よろしく」


 そこでようやく、令嬢たちは顔をあげて立ち上がった。


 オーベル嬢がワタシに微笑みかける。


「勇者様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「魔王だ」

「マオ・ウダ様でございますね」

「…………」


 ここで再びこのやりとりがあるとは思ってもいなかった。

 もう、勝手に解釈して、好きに呼んでくれ。


「それにしてもウダ様、なにやら騒がしいですわね。いつもならこの庭はもっと静かなのですが?」


 羽根扇で口元を隠しながら、オーベル嬢が話しかけてくる。

 なかなか立ち去るタイミングが難しい。


「さきほどここでちょっとした捕り物があったのだよ。そのときに、庭が荒れてしまったから、その修復作業で賑やかなのだろうな」

「まぁ! またですの! なんて恐ろしい」

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