勇者の価値とは

 目を大きく見開き、オーベル嬢は庭で働く庭師たちを眺める。


「こんな、明るい時分から騒ぎが起こるなんて……。王城の警備はどうなっているのかしら?」


 オーベル嬢の責めるような視線が、フレドリックくん、そして、三つ子たちに注がれる。

 フレドリックくんたちは直立不動のまま。つまり無反応だ。


 オーベル嬢の形のよい眉がぴくりと跳ね上がる。


「王太子殿下の護衛騎士で、殿下の側近中の側近であるフレドリック様が、どうしてここにいらっしゃるのかしら? 王太子殿下のお姿が見当たりませんが、殿下はどちらに?」


 オーベル嬢の咎めるような視線が、フレドリックくんに突き刺さる。

 名指しされたフレドリックくんが返事をする。


「我々は本日より勇者様の護衛騎士としてお仕えすることとなりました」

「まあ……」


 フレドリックくんの返事に令嬢たちが固まった。

 なにやらすごく驚いている。


「そうですの。フレドリック様をウダ様の護衛に……」


 護衛なのか監視なのかよくわからないけど。まあ、建前は護衛だよね。

 オーベル嬢はなにやら思案顔になったが、後ろの令嬢たちの「キッ」と睨みつけるような視線が怖い。


「それであるならば、わたくしたちにも等しく護衛をつけて欲しいものですわね。わたくしたちは王太子殿下の正妃候補です。いつ何時、わたくしたちが賊に襲われるかわかりませんわ。ねえ、皆さま、そう思いませんか?」

「ええ。シルビア様のおっしゃるとおりですわ」

「さすがシルビア様。こうしている間も、賊がわたくしたちを狙っているかもしれませんわ」

「その通りですわ」

「ウダ様もそう思われませんか?」


 そうなのかもしれないが、そんな話をワタシにされても困るよなぁ。

 護衛がいなくて怖いのなら、部屋でじっとしていたらいいと思うのだけど。


「わたくしはこの世界のことに関してはよく知りませんので……」


 もしここでワタシが同意したら、令嬢たちに護衛をつけろ、と命じたことになってしまうし、不要だと答えて令嬢たちになにか起こった場合、ワタシが護衛を勧めなかったからこんなことになった、と言われても困る。

 ので、この件に関しては関与しないということを匂わせる。


 というか、そろそろこの会話を切り上げて、いいかげん部屋に戻りたいのだが。


「ウダ様、この庭の東屋でお茶をしようと思ったのですが、場所を変更した方がよろしいでしょうか?」


 なぜ、疑問形?

 しかも、なぜワタシに質問する?

 場所を変えた方がいいに決まっているだろうが。


「そうだな。おそらく、しばらくは騒々しいだろうから、オーベル嬢が言う通り、お茶は別の場所でされた方がよいだろう。では、わたくしはこれで」

「お待ちください! ウダ様!」


 まだなにか?

 立ち去ろうとしたワタシにさらに、オーベル嬢が声をかける。


「いかがなさいましたかオーベル嬢?」

「ウダ様、わたくしのことはシルビアとお呼びください」

「オーベル嬢……」

「シルビアですわ。ウダ様」

「オーベル嬢、さして親しくもないお妃候補の方をお名前で呼ぶのはお許しください」


 これ以上は話すこともないだろう。


 世界を救う勇者と名前で呼び合う仲をアピールされて、候補選定の加点にされたくない。

 勇者の政治的利用は断固反対する。


 する必要もなかったのだが、軽く会釈を残し、フレドリックくんに合図を送ってワタシは歩き始めた。


 令嬢たちが進路上にいて動こうとしない。


 先頭を歩く三つ子のふたりが止まって令嬢たちに圧を放つ。

 しかし、オーベル嬢は動かない。

 オーベル嬢が動かないので、誰も動けないでいた。

 羽根扇がフワフワと揺れ動く。


「ウダ様、よろしければ、場所を変えて、これからお茶でもいたしませんか?」


 嫌だ。

 全力でお断りしたい。

 絶対に針むしろに座らせられ、味のしない紅茶を飲む羽目になるだろう。


「今日はとても気候がよろしいようです。疲労によく効くという、非常に珍しい銘柄を取り寄せましたの。他の方もぜひ一緒にいかがですか?」

「ありがとうございます」

「参加させていただきます」

「お招きありがとうございます」


 茶飲み友達が集まったから、ワタシがひとり欠けても大丈夫だろう。

 このまま、コッソリ立ち去ろう……ということにはならない。


「ウダ様もいかがですか?」


 疲労によく効く銘柄を用意したと言われたら、疲れたのを理由に断ることができない。


「……こちらの世界に来てまだ一日もたっていないのだ。作法は知らぬぞ」

「公のお茶会ではありませんから、ご心配には及びませんわ。お茶を飲んて、お菓子を食べて、お話をするだけですのよ」


 その『お話をするだけ』が問題アリアリなんだけどね。


「それでは、ウダ様、わたくしがお茶の場所までご案内いたしますわ。皆さまもついてきてくださいね」


 そう言うと、オーベル嬢は優雅に歩き始めた。

 淡いピンク色のドレスがふわりと揺れる。


 オーベル嬢を先頭に、護衛騎士に護られたワタシが続き、その後ろに令嬢たちがぞろぞろとついていく。


 勇者の政治的利用……されちゃったかもしれない。


 異世界のお妃候補、侮りがたしだ。

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