さらなる遭遇

「ぎゃるるるぅぅぅ!」


 獲物を横取りされたことに激怒したのか、デイビスくんの咆哮が庭じゅうに響き渡る。


 ギザギザの葉っぱが大きくしなり、獲物を横取りした乱入者――フレドリックくん――に狙いが定まった。

 歯も鋭かったが、葉も同じように鋭い。


「ステイ!」


 フレドリックくんの鋭い声に、デイビスくんの動きが止まった。


 昨日のウィリアムくんよりも見事な静止だ。絵に描かれた花のようにピクリとも動かない。


「シット!」


 肉食花がもぞりと蠢き、花っぽい姿勢で動かなくなる。

 デイビスくんが花に擬態した!

 いや、花に戻ったのか?


「お待たせいたしました。勇者様、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ……ないよ」


 何事もなかったかのような涼しい顔で、フレドリックくんがワタシの隣に立つ。


 あっという間の出来事だった。


「ふ、フレドリック様! 申し訳ございません!」


 花まみれになった庭師さんたちがフレドリックくんの前に集まり、お辞儀をする。

 その中には、昨晩にも見かけた顔がちらほらあった。


「そこに転がっているのは侵入者だ。侍従の服をどこかで入手したのだろう。手引した者が必ずいるはずだ。辛うじて生きているから、急いで手当をして尋問しろ」

「承知しました」


 瀕死の侍従……ではなく侵入者を、庭師さんたちが軽々と担いで立ち去っていく。


 侵入者を引き渡した三つ子たちは、それぞれの定位置に戻った。と思う。

 このどさくさで持ち場を入れ替わっていたとしても、ワタシにはわからない。


 地面に散乱している武器や道具は、別の庭師が証拠として手早く回収していく。


「師団長! 肉食花用の興奮剤を確認しました!」


 小瓶を手に取った庭師が報告する。


「やはりそうか。ウィリアムに使用された興奮剤と同じものなのか、大至急その成分を調べろ」

「わかりました」


 庭師と庭師団長の会話に、フレドリックくんの顔が歪む。


「庭師団長、あとのことは任せる」

「承りました。ただ、デイビスにも高濃度の興奮剤が使用されたようで、わたくしの言うことをきいてくれません。フレドリック様のお力をお借りしたいのですが」

「………」


 フレドリックくんが考え込む。


「フレドリックくん、ワタシのことは大丈夫だ。後のことは三つ子くんたちに任せて、フレドリックくんはこのまま事件の処理をしてくれてかまわないよ」

「それはできません」


 きっぱりと断られてしまった。

 フレドリックくんに助力を求めた庭師団長も大きく頷いている。

 ワタシの護衛の方が優先度が高いのか。


「デイビスはゲージの中に戻す。手に負えないようなら、騎士団長におすがりしろ。連絡がいけば、あちらの方から嬉々として顔をだしてくるだろうからな」

「はい」

「デイビス! ハウス!」


 今まで眠っていた花が目覚めたかのように蠢きはじめて、ぐるんと回れ右をする 

 肉食花はふらふらと動き始めた。


「わたくしはデイビスに付き添いますので、失礼いたします」


 疲れたような雰囲気を漂わせながら、庭師団長がデイビスくんと一緒に立ち去っていく。

 どちらもフラフラとした頼りない足取りだが、大丈夫だろうか?

 ちゃんとオウチに戻れるか、ちょっと心配ではある。


 庭には数名の庭師たちが残っており、傷んだ花の手入れをはじめた。

 人の出入りが多くなり、新しい苗を運び込む庭師もいる。


 事件を聞きつけたのか、騎士たちも集まってきたので少し騒々しい。

 残党がいないのか捜し始めたようである。


「勇者様、お茶は別の場所でいたしましょうか?」

「そうだな。一旦、部屋に戻りたい」


 できればお茶自体を取りやめたいのだが、そんなことをしたらリニー少年が悲しむだろう。彼の涙目はどうも苦手だ。

 お茶は部屋で、安全にいただこう。


「わかりました。では、勇者様のお部屋に向かいましょう」

「いや、リニーくんが来るまで待った方が……」


 普通に歩きはじめた一同をワタシは慌てて止める。


「心配いりません。庭師に伝言を託しておけば大丈夫です。さあ、勇者様、参りましょう」


 フレドリックくんが手を前方に差し出し、ワタシに歩くように促す。

 彼の表情に変化はみられないのだが、なんとなく焦っているような気配が伝わってくる。

 一刻も早く事件現場からワタシを遠ざけたいのかもしれない。


 ワタシが回廊に向かって歩きはじめると、前にいた三つ子のひとり(たぶんデュースくん)が静かに離れ、庭師のひとりに耳打ちをしている。

 庭師が頷くのを確認してから、彼(きっとデュースくん)は定位置に戻ってくる。


 その連携のよさに、ワタシは感心するばかりだった。

 念話かそれに準ずるものがあるのではないだろうか。

 四人の間に会話がなさすぎてちょっと怖いよ。

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