逃走経路を確認しよう
専属護衛騎士フレドリックくんの、とてもわかりやすい説明を聞きながら、ワタシは脳内に正確な王城の図面を作成していく。
ワタシの城よりは狭そうだけど、調度品などは贅を尽くしたもので、全体的に華やかだ。
いや、ワタシの城が暗くて、陰気なだけだろうね。たぶん……。
そういえば、聖なる善神ミスッターナは、ワタシの城を「地味!」だとか、「ショボい!」だとか、「魔王ちゃん、もっと内装に予算をかけないとダメだよ!」「せめて照明!」とか言っていた。
歴代勇者も、ワタシの城に入ったとたん不思議そうな表情になり、「なんかイメージとちがう」「地味だな」「安っぽいな」とか「本当にここが魔王城なのか」などといったことを口にしていた。
その言葉の意味はこういうことだったんだな……とワタシは今になって理解する。
でもまあ、魔王城のリフォームは、元の世界に無事に戻ることができてからの話である。
そう、まずは、元の世界に戻らなければならない。
ワタシの決意を知らない専属護衛騎士フレドリックくんは、懇切丁寧に城内のあちこちを案内してくれた。
宝物庫、倉庫、武器庫、牢獄、謁見の間、行政官たちが詰めている棟、騎士団の棟、その他、使用人たちが働いている場所など、入室禁止のエリアは沢山あった。
だが、この先にはどういった部屋があり、なぜ、立ち入り禁止なのかまで理由を教えてくれたので、ワタシに不満はない。
別に覗いてみたい部屋でもなかった。
城内で真面目に働く人々の邪魔をしてまで、足を踏み入れたい場所でもない。
回廊を歩いていると、ふと、綺麗な花が咲き乱れる小さな庭が視界に入った。
眩しい世界だ。
「綺麗なものだな」
ワタシの歩みが止まると、一同の動きもピタリと止まる。
「勇者様、この庭には東屋があります。ちょうどよい時間になりました。ここで休憩してはどうでしょうか? お茶をご用意いたします」
リニー少年の提案に、ワタシは顎に手をやり考え込む。
「う――ん。休憩はしてもいいが、お茶は別にいらない」
「勇者様! それは、若輩者の用意するお茶は飲めないということなのでしょうか?」
「えっ…………」
(いや、だから、リニーくんてば、そんな悲しそうな顔でワタシを見つめないで! 食後のお茶はとっても美味しかったよ)
リニー少年の大きな瞳が潤んできた瞬間、ワタシは敗北を痛感する。
「……お茶の準備を頼む」
「わかりました!」
茶の準備をするために立ち去ったリニー少年の後ろ姿を見送ると、ワタシたちは中庭の散策をはじめた。
大きな庭ではないが、パステルカラーの花が咲き乱れるとてもメルヘンチックな庭だった。
白い砂利が敷き詰められた小道を歩く。
地を這うような花から、腰の丈くらいはあるような花など、多種多様な花が立体感を意識して植えられている。
「勇者様がお部屋の外に出られるときは、わたしたちの中から最低二名はお連れください」
「……わかった」
ここは素直に頷く場面だ。
反抗的な態度をとって警戒されては今後の行動に支障がでてくるだろう。
「それから、お庭にでる場合は、必ずわたしが同伴させていただきます。三つ子たちだけしかいない場合は、申し訳ございませんが、庭には決して、でないようにしてください」
「……わかったけど、どうして?」
フレドリックくんの強い口調に違和感を感じた。
「王城の庭には、不審人物の侵入を防ぐため、一定の間隔で肉食化が巡回しております」
「にくしょくか? この城のセキュリティだったかな?」
骨ごとバリバリいけそうな鋭い歯をした、大輪の花を思い出す。
「そうです。警備巡回コースと時間は、毎日ランダムに変更されております。われわれには当日に知らされるので、通常は遭遇することはありません。ですが、昨晩のような場合もございます」
「ええと……興奮剤で凶暴化するとか? コース変更を無理やりするとか?」
「そうです。犯人がまだ捕獲できていない以上、警戒すべきかと。三つ子では、興奮した肉食花を制御することができません」
「フレドリックくんならできるってこと?」
「できます。わたしには命令権限が与えられていますので」
なるほど『専属』がついている護衛騎士と、ただの護衛騎士の違いか。
「えっと、昨日みたいに、頭を切り落としちゃ……だめかな?」
「新しい蕾をつけるまでに三年かかると云われていますので、それは最終手段としてお願いします」
なんと、そんなに時間がかかるのか。
ワタシの目の前に現れた肉食花は、手当たり次第に首を切り落としてやろうと思っていたのだが、色々と問題が起こりそうだ。
これはフレドリックくんと行動を共にした方がいいだろう。
そして、ワタシは逃走経路の候補から庭を削除することにした。
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