勇者にふさわしい衣裳とは

 さて、未練タラタラのエルドリア王太子がやっと立ち去り、室内が静かになる。

 専属護衛騎士は部屋の隅に、三男は部屋の入り口に立った。


 残りの護衛騎士たちは隣室に設けられている控室で待機だそうだ。内扉があるので、簡単に部屋の出入りができる。

 つまり、ワタシが悲鳴をあげたら、すぐに駆けつけてくるらしい。

 大声はださずに静かに生きようと思う。


 ワタシの直接警護となったふたりは、定位置につくとぴたりと動かなくなった。

 見事だ。

 ただ立っているだけなのだが、とても美しい立ち姿だ。


 エルドリア王太子が自慢するだけのことはある。

 立ち振る舞いや見た目だけでなく、武芸にも秀でているのだろう。


 専属護衛騎士も三男も無言だ。

 話しかけてはいけないのだろうか?


「部屋に人がいると落ち着きませんか?」


 ワタシが護衛騎士たちを眺めていると、リニー少年に声をかけられた。


「いや。大丈夫だ。元の世界でも常に誰かが周囲にいたからな。すぐに慣れる」


 近衛兵とか、書記官とか、侍従とか、メイドとか、小姓とか、常に誰かがそばにいた。

 ひとりになれるのはトイレと寝台の中くらいだろう。

そのときであっても、部屋の外で誰かは待機している。


 この会話をきっかけに、リニー少年が護衛騎士について教えてくれた。

 自分たちのことをあれこれと言われているのに、本人たちは黙ったままだ。


 こちらの世界のこの国――リュールシュタイン王国――では、王族の近辺に仕える騎士たちを近衛騎士という。

 近衛騎士に所属する者の中から、特に優秀な者が護衛騎士として、王族個人を護っているそうだ。


「ということなら、本来のルールとしては、ワタシの護衛は近衛騎士の中から選抜されるのが筋ではないのか?」

「まあ……そういうことにはなりますが」

「いや、ワタシは王族でないから、護衛騎士をつけること自体が間違っているのではないか?」

「それは大丈夫です。賓客が望めば滞在期間中、護衛騎士をつけることは許されています。勇者様は堂々としていらしてください」

「そうか……」


 そう言われると反論はできない。

 賓客が「護衛騎士は不要だ」と言ったところで、エルドリア王太子は聞き入れてくれないだろう。


 この豪華な客室といい、あまり特別扱いされると、色々と面倒なことが起こりそうな気がするので、ほどほどでお願いしたいところだ。




 

 ゴッドハンドによる朝風呂と肌のお手入れが終了する。

 専属護衛はさすがに中まで入ってこなかった。前室にて待機だ。

 

 と、ここでちょっとした事件が発生した。


 リニー少年が用意したワタシの部屋着は、リボンいっぱい、レースいっぱいの、ヒラヒラ、フリフリした、ラブリーでチャーミーなデザインの恥ずかしいドレスだった。

 しかも、日中だというのに微妙にスケスケだ!

 なにを狙った誰のための衣裳なんだ!


「着たくない。着たくない。着たくない! 絶対に、着るもんか!」


 もちろん、ワタシは断固拒否する。


 リニー少年は「似合うと思うのですが」と凄く不服そうだったが、拒否だ。拒否!


 採用する理由が、これっぽっちもどこにもない。

 そんなカワイイ服がベテラン魔王のワタシに似合うわけがないし、そもそも着たいとも思わない。

 リニー少年の目は、残念ながら節穴だ。


「こんなヒラヒラ、フリフリしたものじゃなくて、もっとシンプルな部屋着を用意してくれ。シンプル! スッキリしたデザインの服だ! ヒラヒラ、ゴテゴテしたのは嫌だ! 過剰な装飾はいらない。色は黒だ!」

「そ、そ、そんなぁ……」


(ちょ、ちょっと……リニーくん! 床の上に泣き崩れるってどういうこと?)


 リニー少年はぱっちりした目に涙をためている。すごく悲しそうな顔でワタシを見上げてくるが、騙されないぞ!


「……あー。アレ、そう。あれだ! ワタシは、王太子殿下の部屋着と対になるようなデザインがいいんだ」

「勇者様は、殿下とお揃いのお召し物をご所望ですか?」

「あ、ああ。そうだ。お揃い。昨日の王太子殿下の部屋着は最高によかった。ペアルックにしよう! 全く同じものでもいいぞ」


 むしろ、豪華なドレスよりも、シャツとパンツという活動的なスタイルの方がいい。


「なるほど。揃いの出で立ちとなれば、王太子殿下もお喜びになります!」


 ものすごくキラキラした目で、派手に勘違いしたリニー少年は大きく頷く。

 ……王太子とお揃いの服……王太子も勘違いしそうだ。


 一瞬、言葉を間違えたかも……と後悔したが、フリフリ、ヒラヒラ、スケスケという三拍子な生活になるくらいなら、それくらいは目をつぶろう。


 何が一番大事なのかをみあやまってはいけない。


 ワタシの捨て身の攻撃『王太子ヨイショ』が、効果てきめんだったのだろう。

 すぐに普通な部屋着が用意された。


 黒のシンプルなドレスだ。

 

 サイズもピッタリな服だ。

 ちょっとピッタリすぎて、胸や腰のラインがくっきりとしているけど、昨日の夜着と比べると大きな進歩だった。


 本当によかった……。

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