優しい兄として
ふたつ年下のマオは本当に可愛い。
初めての顔合わせのときは、あまりの可愛さに声を失ってしまった。
マオの母親もとても美人で控え目な性格の人で驚いた。大和撫子なんて絶滅したかと思っていたが、違っていたみたいだ。オヤジの趣味の良さというか、人を見る目に感心してしまった。
マオはなにもかもが可愛くて、とても素直で前向きな女の子だった。愛情表現が暴走しがちなオヤジと、息子であるオレにドン引きしながらも、心から慕ってくれているのがわかる。
一緒に暮らし始めて数か月。
他人行儀でぎこちないところはまだまだあるが、新しい家族は想像していた以上にうまくいっていた。
そして、マオはオレの中ではとても……とても大きな存在になっていた。
オレの気持ちは誰にも話していないが、オヤジにはあっさりと見抜かれてしまい「真希さんを泣かせたら容赦しないからな」と念を押された。
ちなみに「真希さん」というのは新しい母親の名前だ。
真希さんからは「真緒と仲良くしてね。慎也くんが『優しいお兄さん』でよかったわ」と言われた。
あのときの『優しいお兄さん』発言した真希さんの顔はとても真剣で怖かった。
……まあ、そういうわけだ。
そんな優しくてオレに対して理解のある母と、オレを慕ってくれる可愛い妹が祖父宅でいじめにあうなど、オレには耐えられない。
生徒会の集まりは迷うことなくキャンセルだ。
わざわざ休みの日に集まらなくてもいいだろう。
だが、市川は副会長の欠席を許してはくれなかった。
そのことを家族に話すと、みんな「学校の用事なのだから仕方がない」と笑って許してくれた。
真希さんとマオのことは心配だったが、オヤジに全てを任せるしかない。
オレは仕方なく待ち合わせ場所のショッピングモールへと向かった。
指定された時間の十分前に、集合場所に到着する。
三階エレベーター前の休憩エリアだ。
座り心地のよさそうなダークブラウンのソファが点在している。
ソファには大勢の人が座っていたが、見知った顔はなかった。
まだ誰も来ていない。
十分前なのだから、オレの他にもひとりくらいは集まっているだろうと思ったのだが、誰もいなかった。
集合場所は間違っていない。いい加減な奴らではないのに、珍しいこともあるものだとオレは思った。もしかしたら、近くのショップで時間つぶしをして、集合時間ギリギリにやってくるのかもしれない。
集合時間ぴったりに生徒会長の
総合成績は学年で一位の才女だ。
とにかく優秀で、生徒だけではなく、教師からの信頼も厚い。
自信に満ち溢れ、常に堂々としており、グループができれば中心人物、人の上に立つことを当然と思っているようなヤツだ。
しかも美人で、男子生徒からの人気は絶大だ。他校生にまでその容姿の美しさは知られている。
入学案内のパンフやポスターのモデルにもなっているくらいだ。
今日は休日だからか、市川は化粧をし、身体のラインがはっきりとわかる服を着ていた。スカート丈もずいぶん短い。
女子高生というよりは、女子大生のような格好だと思った。
清楚とは真逆の、小悪魔のような市川の姿に、オレはとまどいを覚えてしまった。
ついつい、可憐で可愛いオレの妹と比べてしまう。清楚というのはマオのことをいうのだろう。
「瀬名川くん、待った?」
市川がオレの方にぐいと近づき、腕に手をからめてくる。
と同時に、柔らかなものが触れてくる。偶然ではないだろう。わざとだ。
いつもながら、市川の距離感がオレにはわからない。やたらとベタベタくっついてくる。
「いや。それよりも、みんなはまだ来ていないみたいなんだが……」
心の中で舌打ちをしながら、オレは市川の手をさりげなく払いのける。
いつもならそれで終わりなのだが、今日は払いのけてもすぐに手が腕に回される。
二、三歩、横に移動するが、オレが移動すると、市川もオレとの距離をさらに詰めてくる。
正直、こういうことはやめて欲しい。
市川はすごく目立っていたし、校内では一番といってもいいくらいの有名人だ。
高等部だけでなく中等部にまで彼女の評判は伝わっている。
そして、オレは副会長という立場から、どうしても校内で一緒にいる時間が多くなり、市川の付属存在として有名だった。
二年生からは同じクラスになり、さらにオレの視界に入ってくる。
周囲からは似合いのカップルとか言われてうんざりしている。
「みんなのことは心配いらないわ。さ、行きましょ。始まるわよ」
「え……?」
市川は美しい笑みを浮かべると、驚くオレをぐいぐいと引っ張っていった。
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