待ち合わせ場所が急遽変更されたのかと思い、オレはとまどいながらも市川についていく。

 これは市川の『たくらみ』に気づけなかったオレのミスだ。


 市川は同じフロアにある映画館の中に、オレを連れて入ってしまったのである。


「資料を購入してくるから、瀬名川くんはここで待っていてね」

「え? 資料? ああ? それより、みんなは?」


 オレの返事を待たずして、市川は映画館のショップでパンフレットやなにやらグッズを購入しはじめた。


 リーダーというよりは、女王様のような市川は、たまに強引なところがある。

 そういう態度をとられても、周囲は反発することなく受け入れているのがすごい。

 美人だからこそ許されるのだろう。


 そういうオレも、素直に従っているひとりなのだが……。


 グッズ売り場は込み合っていたが、最初から購入するものを決めていたのか、市川は用事を済ませるとすぐにオレのところに戻ってきた。


 購入した商品を入れている袋は透明だったので、市川がなにを購入したのかがわかる。

 マオが観たがっていたアニメ映画のパンフレットだったので、少し驚いてしまった。


 市川はオレがおとなしく待っていたことに満足したような笑みを浮かべている。


「じゃあ入りましょう」

「え? 入るって?」


 手を握られ、強い力で引きずられる。

 市川は入場入り口で二枚のチケットを係員に見せると、人の流れにそってオレをシートへと案内する。


 上映開始ギリギリの時間だったようで、館内は暗く、巨大スクリーンには、上映中の注意喚起をアナウンスする映像が映っていた。


 席はほとんどが埋まっていた。


 市川に指示された席の両隣は生徒会役員ではなく、知らないひとたちが座っていた。館内が暗くてもそれくらいは見分けられる。


「おい、市川。これはどういうことだ?」


 後ろの人たちの迷惑を考えて、オレは仕方なく椅子に座ると、市川に小声で質問する。


「しっ! 映画がはじまるわよ」

「生徒会の活動で相談したいことがあったんだろ?」

「ええ。それは、この映画を観た後でね。ほら、この映画の主人公たちって、高校生でしょ。生徒の人気も高い作品だし、色々と参考になるんじゃないかしら」

「…………」


 なにが「参考になるんじゃないかしら」だ!


 オレは小さな頃から、オヤジに「女性は大切に」とか「人を傷つけるような行いはしてないけない」とか「紳士であるように」といったことを言われ続けていた。


 なので、オレは公衆の面前で市川を拒絶することができなかった。


 なにしろ、相手はとてもプライドが高い女性だ。下手に機嫌をそこねると報復が怖い。

 それに、まだ進級してひと月ちょっとだ。卒業はまだ先だ。

 生徒会の活動もまだ残っているので、変にギクシャクとした関係にはなりたくなかった。

 もめ事を嫌ったオレは、楽な方へと逃げてしまったのだ。

 毅然とした態度をとることができなかった。そんな弱い自分が情けない。


「後で瀬名川くんの意見をぜひ聞かせてね」


 席を立とうとしたのだが、オープニングが始まり、市川の卑怯なセリフに、オレの浮きかけた腰が椅子へと沈む。


 鮮やかな映像が、心に響く歌とともに観衆を映画の世界へと誘っていく。


 人気映画監督の作品だけあって、クオリティは高く、登場人物の描写も細かい。

 主人公の高校生が不思議な事件に巻き込まれていく。

 ただのファンタジーではなく、印象的な出会い、仲間との友情と、甘酸っぱい恋愛ドラマが織り込まれているのは今作も同じだ。


 館内は大勢の人で埋まっていたが、意外にも静かだった。みんな映画に集中している。


 隣の市川に視線を向けると、とても真剣な表情でスクリーンを睨んでいた。

 市川とアニメ映画……違和感があったが、それだけこの監督の作品は多くの人々に受け入れられているのだろう。


 オレの視線を感じたのか、市川の顔がこちらに動いたので、慌ててオレは視線をそらした。


 この映画は、マオが楽しみにしていた映画だ。

 この連休に一緒に観に行こうと約束していた映画だ。

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