ウィリアムはとっても大人しくて賢い子なのに!
「ぐっ、苦しいっ!」
「あ、すまない」
エルドリア王太子は慌ててワタシから離れると、直立不動の肉食花を見上げる。
「どういうことだ? なぜ、このような場所にまで肉食花が立ち入っているのだ! 庭師団長を呼べ!」
エルドリア王太子が温室の奥に向かって叫ぶ。
と、数名の作業着姿の男たちが、いきなり現れて王太子の前に膝まづいた。
このヒトたち、どこからでてきた?
手品か?
畏まっている作業着姿の男たちが庭師……なのだろうか?
力仕事をしているからか、みんなすごくガタイがいい。
「お呼びでしょうか? 王太子殿下」
「お呼びでしょうか、ではない! 庭師団長! これは、一体、どういうことだ! 説明しろ!」
「はい?」
庭師団長と呼ばれた男が顔をあげ、温室内を見回す。
「あああっ! なんということだ!」
庭師さんの嘆きもわかるよ。
あの美しかった温室が、今や見るも無残な姿に変わり果てている。
嵐でもここまで酷くはならないだろう。
「ウィリアム! 非番のおまえがどうしてこんなところにいるんだ! しかも、頭ががない!」
直立不動の肉食花に向かって、悲痛な叫び声をあげる庭師団長。
「うわっ! ウィリアムの頭部がこんなところに転がっているぞ!」
ウィリアム?
非番?
ウィリアムって、もしかして、肉食花のお名前?
「どういうことだ? 庭師団長、非番のウィリアムがどうして、温室にまでやってきたのだ!」
「自ら歩いてきたのでしょうか?」
「そのようなことを聞いているのではない!」
エルドリア王太子はダンダン! と足を踏み鳴らす。
「もう少しでマオ……賓客が襲われるところだったんだぞ! 賓客になにかあったらどうするのだ!」
「ええっ! ウィリアムはとっても大人しくて賢い子なのに! 賓客を襲うなど、なにかの間違いでは?」
「間違いではない! わたしはこの目ではっきりと、ウィリアムが賓客を襲おうとしている瞬間を見たぞ!」
「そんな……ウィリアムは群れの中でも一番、冷静で賢くて、物静かな子なのに……」
(あれで、冷静で物静かなのですか! インテリジェンスが高いのですか? だったら、他の肉食花はどれだけ狂暴なんだよ!)
というか、ワタシはもしかしたら、ウィリアムという王家のセキュリティを破損させてしまったことになるのだろうか?
「いやぁ。それにしても、この切り口、見事ですな」
(ま、まずい。器物損壊とかにならないよね? これって、正当防衛だよね?)
冷や汗とは違う汗がダラダラとでてくる。
「わたくしどもも定期的に花がら摘みを行っておりますが、このように、一撃で切り落とすことなどできません。ブレの全くない見事な切り口です。摘みを極められた方なのでしょう」
(いや、園芸は極めてないから)
「そろそろウィリアムの花がら摘みの時期がきておりましたので、手間が省けました。素晴らしい技量です。神業レベルです。わたくしどもも、この切り口に少しでも近づけるよう精進いたします」
あれ? もしかして、賞賛されている?
この反応だと器物損壊には該当しなさそうだ。よかった。
「マオは強いのだな」
エルドリア王太子が感心したように呟いている。
(いやいやいや。なにを言っているんだ! 強いヤツを喚んだのはおまえたちなのに、強くなくてどうするんだ!)
「賓客が温室を非常に気に入られている。温室の補修は急いでやってくれ。それから、肉食花の管理を徹底しろ。肉食花が勝手に抜け出すなど、あってはならないことだ」
「はっ」
「非番の肉食花がゲージを抜け出し、巡回コースを無視し、立ち入り禁止部分にまで踏み込み、賓客を襲った」
エルドリア王太子の指摘に、庭師団長は大きな体を小さくして平伏する。
「も、申し訳ございません。我らの植物愛が足りなかったようです」
(植物愛?)
「賓客に対しての無礼行為。うやむやにするわけにはならない。再発防止を徹底すると共に、この件は調査して報告するように」
「承知いたしました」
庭師たちが一斉に頭を下げる。
「ハウス!」
再び、エルドリア王太子の凛とした声が、温室内に響く。
その言葉を理解した肉食花はよたよたしながらも回れ右をし、ワタシに後ろをみせる。
そのままうねうねと茎を左右に揺らし、葉をゆらゆらとさせながら、ずりずりと奥の方へと戻っていった。
切断された花部分を庭師ふたりがかりで持ち去っていく。
切り落とされた花は、ジタバタと暴れている。
「これだけ活きがよくて、美しい切り口だと、挿し木できるんじゃないか?」
「そうだな。試してみようか?」
庭師たちのウキウキした声が聞こえた。
異世界の庭師……怖い。
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