セキュリティ?

 巨大な花はくねくねと茎をくねらせながら、驚きに硬直しているワタシへと襲いかかってきた。


「ギュルルルゥッ!」


(いや! ちょっと待って! ワタシは異世界で、花に喰われて死ぬの?)


 いきなり現れた凶悪なフォルムの花が怖いというよりも、自分の死因が『花に喰われた』になることの恐怖と恥ずかしさに、ワタシはガクガクと震えた。


(勇者レイナ! 不甲斐ない魔王でゴメン! 許して!)


 魔王を倒しそこなって、呆然としているであろう、三十六番目の勇者に、心の中で詫びを入れる。


 ミスッターナが、ちゃんと三十六番目の勇者のフォローをしてくれるのか……若干の不安は残るが、全ての事後処理は神様に託すしかない。 


 いや、やっぱり……ものすごく不安だ。

 あの神様に事後処理を託すことなんてできない!

 ワタシがしっかりとフォローしないと、世界の運営が滞ってしまう。


 ポンコツ神様ミスッターナだけに、三十六番目の勇者を任せるのは心配だ。

 ワタシの手厚いフォローなくして、勇者は元の世界に戻ることはできないだろう。


 このままでは、死ぬに死ねない。


(異世界で、花に食べられて死ぬなんて、嫌だ――!)


 迫りくる大きく開かれた、巨大花の口。

 口から流れ落ちてくるヨダレ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ! ウィンドシールド!」


 滴り落ちるヨダレから身を守りたくて、ワタシは反射的に防御魔法を発動させる。


 だが、不意打ちをくらい、恐怖で混乱していたワタシは、うっかり加減をまちがってしまった。


 つまり……異世界の花にびっくりしすぎて、自分が世界最強の魔王だったことを失念してしまったのだ。


 ギュイン!


 とかいう、 ウィンドシールドではありえない音と風圧が渦巻く。


 ブシュッ!


「ギャウッ!」


(え? ぶしゅっ? ぎゃうっ?)


 嫌な予感がして慌てて頭上を見上げると、花の部分を切断された巨大花が、くねくねと苦しそうにのたうちまわっていた。


 花の足元には、切り落とされた一輪の毒々しい花がぴくぴくと跳ねている。


(…………)


 どうやら、ウィンドシールドの勢いが強すぎて、勢いあまって巨大花の茎を切断してしまったようだ。


 ただ、花の部分を切り落とされても巨大花は元気だった。むしろ、元気になっている?


 いや、あの様子は……大事な頭部を切り落とされて激昂しているのだろう。


 巨大花が無茶苦茶に暴れはじめて、温室に植えられた花々が無残にも踏みつぶされていく。





 逆上している動く花(花は切り落とされているが)は、ワタシの眼前まで迫っていた。


 もう、いっそのこと灰すら残らないくらいにスッキリ燃やしてしまおうか。


「ステイ!」


 エルドリア王太子の鋭い声が、温室に響き渡った。

 その声に、巨大花の動きがピタリと止まる。

 動かなくなった。

 すごいぞ。


「マオ! 怪我はないか?」


 青い顔をした王太子が、ワタシの方に駆け寄ってくる。


「ああ、だいじょう……」

「よかった! 肉食花がマオを襲おうとしていたのには肝を冷やしたぞ」


 え? ちょっと待って?

 今、ワタシの耳には『にくしょくか』という単語が聞こえましたが?


 あの花は肉を喰うのですか?

 いや、そもそも、アレは花なのか?

 肉を喰って育つのか?

 肉食か?


(……怖すぎる)


 あんな鋭い歯だったら、肉でも骨ごとバリバリいくだろう。

 それこそ、ニンゲンも食料であるのなら、頭からバリバリいってそうだ。


「そうだ。肉食花だ。ここからもう少し先に進んだエリアでは、セキュリティのため……この部屋を利用する来賓を護るために、肉食花を栽培して、定期的に巡回させている」

「せっ、セキュリティ……だと?」


 エルドリア王太子の発言に、ワタシは目を見開く。


(あんな、凶悪なモノを栽培して、飼い慣らしているだとおおおおおおおっ!)


 異世界の採用基準が怖い……。


(しかも、温室内をうろついているだとおっっっっっっ!)


 異世界の温室が怖い……。


(来賓を護るためのセキュリティに、ワタシは喰われかけたんですがっ!)


 まじですか――!

 身体がガクガクと震えだす。

 冗談じゃない!


「怪我がなくてよかった」


 エルドリア王太子は安堵の表情を浮かべると、ワタシをギュッと抱きしめる。


(いやぁ――ぁ! この王太子はいきなりなにを――っ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る