食後のひととき
ひととおりの皿が空になると、デザートと紅茶が用意された。
「ところで、ドリア殿下……」
「マオ様、ドリアでいいと言いましたよね? ドリアとお呼びください」
愛称だけではなく、敬称抜きまで指定される。
初日からぐいぐい距離をつめてくる王太子だ。
「わかった。では、ワタシのことも、マオでいい。王太子なんだから、言葉遣いも気をつかわなくていいだろう? 普通でいい」
逆らったところで無駄、というのを既に学習したワタシは、エルドリア王太子の命令を素直に受け入れる。
エルドリア王太子もワタシの申し出に同意してくれたようだ。
現地人と友好関係を築くというのは、異世界生活では必要だろう。
「で、質問なんだが、コレって、ホントウに室内着なのか?」
薄っぺらい生地を指でつまみ上げながら、ワタシはドリアに質問する。
「室内着だ」
「ドリアが今、着ているものは?」
「室内着だな」
(……室内着の定義がよくわからない)
こういうときは、質問を変えてみようか。
「ち、ちなみに、ワタシの着ているものは、誰が、なんのために着る室内着なんだ?」
「え……っと」
今まで、こちらがたじろくぐらい真っ直ぐだったエルドリア王太子の視線が、きょろきょろと落ち着かなく彷徨っている。
顔も赤くなっている?
この間はなんだ? なぜ、返答に詰まっているんだ?
「は、花嫁が、初夜に着るものだ。よく似合っている」
「…………」
異世界って、怖いよ……。
エルドリア王太子によって衝撃的な事実が暴露されたが、デザートもなんとか無事に終了する。
これでハイサヨウナラ! また明日!
……と、簡単に一日は終わってくれなかった。
エルドリア王太子はワタシの手をとると、「この部屋にある温室を案内したい」と言って、ワタシの返事を確認することなく、ぐいぐいと引っ張っていく。
正直、この格好で連れ回されるのは、嫌なのだが、エルドリア王太子の嬉しそ――なキラキラ顔を見ていると、断るのもはばかられた。
エルドリア王太子って、こうやって、なんでもぐいぐいと押し進めていくヒトなんだろう。
ワタシの周りにはいなかったタイプだ。
こういう風に、遠慮なくワタシに近づき、強引に扱われるのも面白いかもしれない。
仕方がない、付き合ってやるか……というノリで、ワタシは温室へと向かった。
温室に足を踏み入れた瞬間――。
「うわあ……」
素直に驚きの声がでた。
浴室から見ていたときも、綺麗な花がたくさん咲いているんだろうな、とは思っていた。
実際にこの場に立つと、あらためて、その素晴らしさに感動する。
「とっても……綺麗だ」
ワタシはうっとりとした顔で、咲き誇る花々をぐるりと眺めた。大きく深呼吸をして、花の甘い香りを存分に堪能する。
「すごく綺麗だ!」
綺麗を連発するワタシを、王太子は笑って眺めている。
「マオがこんなに喜んでくれて、とても嬉しいぞ。ホラ、こちらのエリアもすごいんだ……」
ワタシの喜ぶ姿を満足そうに眺めながら、ワタシの手をとり、王太子は温室の奥へと連れて行く。
これが、勇者の世界でいうところの『温室効果』というものだろうか?
見事に咲き誇る花々に包まれているうちに、ワタシの心もほぐれていき、王太子に対する警戒心も徐々に薄れていく。
慣れというものは本当に怖いもので、王太子のエスコートと、お互いの密着した距離感が、驚異的なスピードでしっくりとワタシの中で馴染んでくる。
この見事な花園の中にいると、今、ワタシがどんなものを着ていて、どんな下着を身につけてているかということも、うっかり忘れてしまいそうになる……。
「マオ、気に入ったか?」
ドリアの質問に、ワタシは大きく頷く。
花でこんなに感動するなんて、信じられなかった。
花って素晴らしい!
「花って、たくさん咲くと、こんなに綺麗で、すごくいい匂いがするんだな」
「マオの世界の花は違うのか?」
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