ドキドキお食事タイム?
室内のテーブルが整えられ、数名のメイドが大きなワゴンを押しながら、次々と客室に入っては退出していく。
きっとあのワゴンの中には料理が入っているのだろう。
ワゴンの数の多さにドン引きする。
ほどなくしてエルドリア王太子がやってきた。
昼間見た豪華な衣装ではなく、シンプルなブラウスと、スラックスというやけにラフな格好である。
「…………」
「…………」
お互い無言で、互いの姿を確認しあう。
「おい。リニーくん、こういう服もちゃんとあるじゃないか。女性用がないのなら、アレでもいい」
ワタシの指摘に、リニー少年は可愛らしい舌をペロリとだす。
(やられた! リニー少年は天使ではなく、小悪魔だった!)
「マオ様……とてもお似合いです」
ほうっ……という溜息と一緒に、エルドリア王太子は、うっとりとした顔でそんなことを言ってくれる。
しかも、笑顔の輝きが増したのはどういうことだ!
リニー、グッジョブ。生きててよかった……とかいう、エルドリア王太子の呟きの声も、ワタシの地獄耳はばっちり拾っていたぞ。
ワタシはすぐさま、着替えをリニー少年にお願いする。
しかし……。
「せっかく用意した食事が冷めるのもよくありませんから、このままでよいのではありませんか」
という、エルドリア王太子の押しの一言で、ワタシはこの恥ずかしい格好で食事をするという、まるで罰ゲームのような状態になってしまったのである。
「エルドリア王太子殿下……」
「マオ様、ドリアとお呼びください」
ワタシの言葉は遮られ、愛称呼びを命令される。なんか、どことなく、美味しそうな響きがする愛称だ。
エルドリア王太子が、憮然としているワタシの腰に手を添え、当たり前のように席までエスコートする。
強引なんだが、所作そのものは美しく、エスコートされる側からすれば、安心して身をゆだねることができる。
布が薄すぎて、王太子の手の感触や息遣いが、ダイレクトに伝わってくるのがなんだかムズムズする。
ワタシたちは向かい合わせで席についた。
応接間での密着ソファも恥ずかしかったが、こうして、向かい合わせに座って、真正面から見つめ合うという状態も落ち着かない。
特に、この薄着では、落ち着けるはずがない。
赤面しているワタシと、うっとり顔のエルドリア王太子に、給仕役のリニー少年の三人だけがこの部屋にいる。
とても静かだった。
リニー少年が、慣れた手つきで、グラスに食前酒を注いでいく。
ホント、びっくりするくらい優秀で、よくできた子どもだ。
「こちらの世界では、食事前に乾杯などするのだろうか?」
「ええ。マオ様、このように」
そう言いながら、エルドリア王太子はグラスを目の前に掲げ上げる。
「このひと時に乾杯」
「……このひと時に乾杯」
ワタシも同じ言葉を繰り返し言ってみる。
エルドリア王太子はにっこりと微笑むと、グラスに軽く口をつけた。
さすがは王太子。所作がとても美しい。
ワタシとエルドリア王太子は軽く談笑しながら、豪華な食事をとる。
味も盛り付けも悪くない。
食前酒として用意されたワインも芳醇で豊かな味わいだった。
しかし、カトラリーの種類が、ワタシのいた世界の倍くらいあるのには驚いた。
一回の食事に、これを全部使うのかとおもうと、少しばかりげんなりする。
ワタシはエルドリア王太子の作法を観察しながら、それを真似るようにして、カトラリーを選んでいき、食事をつづける。
元の世界では、上流階級の作法として、皿を空にするのは浅ましく恥ずかしいとされていた。一口、二口分くらい残すというのがマナーとなっている。
その残りを下男、下女が頂くという、富めるものが、貧しい者に分け与えるというのが、もともとの発端だったとか。
こちらの世界では、そういうものはないらしい。
エルドリア王太子は皿を空にしている。
残してしまったらシェフの首がどうかなりそうなので、使い慣れないカトラリーを使って、ワタシはがんばって完食をめざす。
やはり、異世界というだけあって、若干、元いた世界と礼儀作法に違いがある。
エルドリア王太子の行動を観察してから、ワタシはそれを真似るようにして食事をすすめる。
しばらくすると、エルドリア王太子がワタシの意図を察したのか、途中からさらにゆっくりとした仕草とペースで食事をするようになった。
この調子だと、あと二、三回、エルドリア王太子の所作をコピーすれば、会食のマナーはマスターするだろう。
晩餐には問題なく出席できるようになるはずだ。
もちろん、招待されれば、の話ではあったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます