すでにホームシック!

「ワタシのいた世界にも花はある。だが、ワタシの国では、花は……育たない」

「花が育たない?」


 エルドリア王太子が驚いたような声をあげる。


 ワタシは魔族たちの長として君臨し、ニンゲンとは世界を半分に分け合い、ワタシは『夜の世界』と呼ばれる地域を担当していた。


 『夜の世界』は、夜だけの世界で、朝とか昼はなく、ず――っと夜だ。


 日中も夜だが、濃い夜闇色ではなく、ほんのりと空が明るかったりする。


 特に、日光を必要としない種族ばかりが集まってというか……生き残って、そいつらがいつしか魔族と云われるようになり、その中から、力が強く、王に必要なスキルをたまたま持っていたワタシが、魔王に選ばれたのだ。


 日光を必要としない種族が生き残ったように、植物もまた、日光を必要としないごく一部のモノが生き延び、環境に適応してきた。


 その過程で、花を咲かせる必要性がなくなったのだろうか。


 それとも、花を咲かせる必要がないという条件が、『夜の世界』で生息するには必要なことだったのか。


 その辺りの事情はよくわからないが、『夜の世界』で自生する植物は花をつけないものがほとんどだ。

 花をつけたとしても、鑑賞用として楽しめるほどのものではなかった。


 たまに『昼の世界』から花が持ち込まれたりするが、長くはもたなかった。


 切り花もそうだったが、鉢植えもすぐに枯れてしまう。


 『昼の世界』の苗や種を手に入れて栽培してみようともしたが、花が開く前に枯れてしまうのだ。


 ワタシのつまらない説明を、ドリアは黙って聞いてくれていた。


「ずっと夜の世界とは……不思議な場所だな」


 エルドリア王太子の正直な感想に、ワタシは思わず苦笑を浮かべた。


 ワタシはガラス張りの天井を見上げる。

 エルドリア王太子がワタシの視線の先を追うように、天井を見上げたのが気配で伝わってくる。


 空は濃い闇色に染まり、星がキラキラと光りを放っている。


 確か、ワタシが風呂に入っていたとき、空はもっと薄い色……青色だったはずだ。


 時間によって、空の色が変わる……。


 明日はもっと、しっかり空を見て、この世界の空の色を観察してみたい。


 ワタシの方にしてみれば、空の色が昼の色から夜の色に変わる、こっちの世界の方が不思議な場所だ。


 勇者たちがいた世界もまた、ここと同じで、昼夜の区別がはっきりとしているらしい。


 空を見上げながら『夜の世界』のことを考える。


 異世界に来てまだ半日しかたっていない。

 エルドリア王太子やリニー少年にはよくしてもらっているが、気持ちが落ち着けば落ち着くほど、元いた世界が恋しいと感じてしまう。


 ちょっとウザいけど、なにかと心配してくれるミスッターナや、三十六人目の勇者レイナが、ワタシが異世界に喚ばれてどうなったのか、とても気になる。


 ワタシは早くも『ホームシック』とかいうものにかかってしまったようだ。


 きっと、見上げた空の色が、ワタシの治めている国の色と同じ色になったからだろう。


「マオ?」


 急に黙り込んでしまったワタシを、エルドリア王太子は心配そうに覗き込んでくる。


 吸い込まれそうな翠の瞳に見つめられ、わけもわからず、ワタシの心臓が跳ね上がった。ものすごく甘くて優しい眼差しに、胸がドキドキして苦しい。


 くらくらするのは、花の香りのせいなのだろうか……。


 穴があくほどルドリア王太子に見つめられ、気恥ずかしいというか、いたたまれなくなる。

 ワタシは王太子の手を振りほどいて、温室の中をウロウロと歩き回った。


 室内着という名の『花嫁が初夜に着るもの』の裾が歩くたびに、ふわりと広がり、花のように広がる。


 それがなんとなく面白く、滑稽だった。

 アダルトな下着がチラチラと見えなければ、もっといい時間だっただろう。

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