魔王様の衣装攻略される!
ワタシが着ていた、勇者を迎えるためだけに用意されていた正装は、もといた世界で一番人気のデザイナーにデザインさせた衣装だ。
勇者世界のステージ衣装を研究し、ものすごく……金と時間をかけた逸品である。
本来であれば、デザイナーが用意した着つけの手引書なるものを読みつつ、数人がかりで着つけるものだった。
脱ぐときも、着るとき以上に難しい説明書が納品時についていた。
小さな少年ひとり、と、身の回りの世話はすべて他人任せな、戦力外なワタシとのふたりでは、さぞかし大変な作業になる。
……かと思ったのだが、リニー少年は初見にもかかわらず、手際よく、衣類をひっぺはがしていく。
力任せに剥ぎ取っていくのではなく、服を傷つけることなく、ちゃんと脱がせてくれる。
この子、ものすごく優秀だ……。
本当に小姓なのか?
異世界の小姓レベルがすごすぎる。
「さすが、異世界の勇者様です。不思議なデザインのお召し物ですね。このような衣裳は今まで見たことがありません」
「そうだろうな」
勇者世界のものを参考にしたから、ワタシも実際に見たのは数時間前だったのだよ。
本当に形になるとは思ってもいなかったしね。
不思議がっているわりには、楽々と衣装を脱がせ、衣装の始末にも迷いがない。
「勇者様、手をあげていただきますか?」
(いや、ワタシは異世界の魔王様なんだけどね……)
魔王だと主張することはもうあきらめた。
どうせ、主張したところで、「いえ、あなた様は勇者召喚で召喚された勇者様です」と押し返されるだろう。
ここは、ワタシが大人になるべきところである。
……というか、正直、進歩のない押し問答が面倒くさくなっただけだ。
「こう……かな?」
「はい。ありがとうございます」
素直に手をあげると、着脱可能な袖が外される。
この着付けにはメイドたちも手間取ったのだが、リニー少年にはあっさりと攻略されてしまった。
「この生地、珍しい素材ですね」
「だろう? 希少な魔獣の毛皮を使っているんだ。ものすごく柔らかくて滑らかなのだが、そこらの鎧よりも頑丈だ。物理攻撃は無効化するし、魔法攻撃を弾き返す効果もある」
「毛皮なのですね!」
ワタシの説明に、リニー少年は興奮しているようだった。
片づける手を全く止めずに、珍しそうに素材に触れてみたり、魔法陣が組み込まれた装飾品を凝視している。
そういう反応をみていると、しっかりしているようで、まだまだ子どもだな、と思ってしまう。
可愛い反応に、ワタシの緊張していた心もほっこりとする。
「す、すごいです! 素晴らしい衣裳です。勇者様は、入浴後もこちらの衣装をお召になられますか?」
「いや……実は、堅苦しいものや、華美な衣装は苦手でな。できれば、くつろぎやすい部屋着などを用意してもらえたら助かるのだが……」
「わかりました! お任せください!」
そちらがこっちの都合も考えずに召喚したんだ。着替えくらいおねだりしても罰は当たらないだろう。
リニー少年も、頬を真っ赤にさせて、嬉しそうに返事をしてくれた。
「この命を賭けて、勇者様にふさわしい最高の部屋着をご用意いたします!」
リニー少年はぐっと拳を握りしめて、力強く返答してくる。すごくやる気に漲っている。
いや、さっき、言ったよね……。
華美な衣装はいらないって……。そんなにがんばって用意しなくていいから。
命も賭けなくていいから。ちょっと、肩の力と手を抜こうか?
リニー少年のやる気満々な姿に、ワタシは少しばかり不吉なものを感じていた。
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