いい湯だな〜
ひとり用にしては、若干、バスタブが大きいような気もしたが……。
こちらの世界のヒトたちは巨漢が多いのだろうか?
風呂の中には薔薇のオイルが垂らされ、ご丁寧にも花びらまで浮かべられていた。
「あ――づ。ぎもぢぃぃぃっっ」
いい香りのする湯につかり、ワタシは大きく伸びをする。
はりきりすぎている小姓に少しばかり不吉な影を感じ取っていたが、風呂に入ったとたん、そんなことはワタシの頭からすぱっと抜け落ちてしまった。
このままお湯の中に溶けてしまいそうなくらい、気持ちがよかった。
異世界の入浴剤すごすぎる……。
ワタシはゆっくりと湯に身をゆだねる。
勇者のために用意した盛装だが、この衣装がけっこう……堅苦しくて、重い。
装飾品まで含めると、なかなかの重さになる。
で、追い打ちをかけるように、見知らぬ異世界に召喚されてしまった。
思っていた以上に、ワタシは緊張して、疲れていたようである。
「ゔ――づっっ。ごくらくぅっっ」
ワタシの奇妙なうめき声に、小姓はクスクスと可愛らしい笑い声を漏らす。
愛くるしい少年に見守られながら、ワタシはのんびりと湯に浸かっていた。
これから先のことはよくわからないが、魔王討伐とかやらされる可能性は高い。
だって、ワタシのいた世界では、召喚された勇者が全員、ひとり残らず、ワタシを討伐したんだ。
あ、いや、三十六番目の勇者とは現在保留中であったことを思い出す。
(三十六番目の勇者は大丈夫だろうか?)
湯船に浮かぶ色とりどりの薔薇の花びらを手ですくいながら、ワタシは対峙した勇者の顔を思い出す。
勇者と魔王は対決する運命とはいえ、あそこまで敵意をむきだしにされると、経験者であっても、ちょっと傷つく。
たしか、名前はレイナだったか……。
たぶん、レイナは魔王城の謁見の間に取り残されたと思う。
チョロインたちは……若干一名、重症を負わせてしまったが、聖女が無事なら、なんとかなるだろう。
レイナはワタシのすぐそばにいた。その影響で、下手に召喚に巻き込まれ、変な場所に転移していなければよいのだが……。
こればっかりは、ワタシにもどうしようもない。
そのようなことを考えながら入浴を満喫する。
ワタシが統治する国では、このようなよい香りのする花は咲かない。
そもそも、花が咲くということすら稀だ。
「お湯加減はいかがですか?」
「うん。ばっちり。熱くもなく、温くもなく。めっちゃ、きもちいぃ――」
リラックスしきったワタシの返答に、小姓は「それはようございました」と述べる。
ワタシがくつろいでるのを、心から喜んでくれているのが伝わってくる。
「勇者様、それでは、御髪の方をお洗いいたしますね」
リニー少年は和やかに言いながら、小瓶からトロッとした液体を取り出し、小さな手でコショコショと泡立て始める。
湯船に垂らされた薔薇のオイルと混ざって、とてもいい香りがした。
(元の世界のことはいったん、忘れよう……)
しばらくすると、ワタシの頭はアワアワ状態になる。
リニー少年の小さくて柔らかな手による頭皮マッサージも気持ちいい。
魔王のワタシが人型だから、能力のある魔族はこぞって、人型になりたがった。
だが、見た目だけは、人型になれても、ヒトのプニプニ柔らかボディまで再現できたヤツは少ない。
だから、メイドにマッサージしてもらっても、ゴツゴツした手であったり、鱗とかの感触があったりとかで……心からリラックスすることはできなかったんだ。
メイドに罪はないから、黙って我慢してたんだけどね、あれは、けっこう、痛かったな……。
だが、リニー少年の手はとても滑らかで、プニプニしていて柔らかい。
このままずっとプニプニを満喫していたい……。
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